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 葬式の準備に忙しいはずの兄がわざわざ自分を迎えに来た。勘当された身としては行くことをためらわれたが、そこまでされてはおとなしく葬儀に出席する他なかった。


 元の時代では、自分が五十を過ぎても父はまだ健在だった。九十も目前だというのに矍鑠かくしゃくとしており、相変わらず寡黙で厳しかった。その父が、六十代で亡くなるとは思いもしなかった。寿命を縮めた原因に、すべてではなくとも、自分が関わっていることを本能にも近い部分で悟った。前の時代との最大の違いは自分だ。直接的な原因そのものではなくとも、巡り巡って、このような結果が現れたのだろう。


 葬儀が終わり、親戚のほとんどが帰っても、自分はまだ残っていた。兄と母に引き留められたのだ。やけに広く感じる家の居間で、兄が父の部屋にあった、と自分に差し出したのは一冊の本。それは、自分が初めて賞をとった時の作品だった。初めて商業出版されたものでもある。部屋にあったのはこれだけではなく、兄の知る限り、自分がこれまでに出した小説が全巻揃っていたという。


 自分が勘当された後、父は一見、以前となんら変わらないようであったが、兄の眼から見れば明らかに悄然としていたそうだ。父は寡黙に見えたが、実のところ、相当に激高しやすいたちで、それを強い自制心で抑えていたのだという。それが、あの時予想もしていなかった自分の言葉に自制が効かず、怒鳴り散らし、勢いで勘当を言い渡してしまったことを、父は後悔していたらしい。それを聞いてうつむく自分に、悪いことばかりでもなかった、と兄は言う。


 父は後悔をしていたが、同時に安堵もしていた、と。昔から、父に対して己の意見を言わず、大人しく言うことを聞くだけだった自分を、父は心配していた。この様子で、将来自立できるのか、と。そのため、やり方はともかくとして、自分が父の怒りにも意見を曲げなかったのは、父も兄も良い傾向だと思っていた。自分の行動に対して、どうやら父は怒っていなかったらしい。あの時の父の怒りは、心配から来たものだったそうだ。


 父がそう話していた訳ではないが、兄はたぶんそうだと言っていた。あの時の状況を聞き、自分がやりたいことと、大学を辞めてアパートもすでに引き払ったことしか説明しなかったことから、父には、自分が何の準備もせず、思い付きで行動をしたように見えたのだろうとも言った。


 ……何なのだろうか、それは。自分は昔から、父の言う通りにしなければ怒られるものだと思っていた。だからこそ、元の時代では何の反抗もすることなく就職をしたのだった。そして、父は何事も、自身の思い通りにしなければ気がすまないのだろうと思っていた。兄の語ることが事実ならば。自分は一体何を見てきたのか。


 父が苦手だった。怖い人だとしか思っていなかった。幼いころはそれでも、父を喜ばせようと努力した。しかし、怒られることの方が圧倒的に多く、次第に距離をとるようになった。それに対して、兄は父とうまくやっていた。自分には、父は兄にしか関心がないように見えた。兄とは仲が良く、肉親として当然好きではあったが、父のことに関しては、ずっと劣等感のようなものを抱えていた。しかし、兄には、父は弟である自分ばかり見ているようにしか映らなかったらしい。一時期、父の関心を全部持って行ってしまう自分が嫌いでしょうがなかった時期もある、となんでもないことのように言われ、思わず絶句した。


 ついこの間も思ったことだが、自分は何も知らない。兄にそう言えば、仕方ないと言われた。父も兄も、自分も、本当に肝心なことはお互いに何も話さなかった。もっと話をするべきだったのだろう、自分たちは。


 父がこんなにも早く亡くなってしまうことを知っていたなら、強引にでも和解させるべきだった、と言う兄の言葉を聞きながら、兄もまた後悔しているのだと知った。


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