始
必要ないかもしれませんが、非常に似た点が多く、混乱される可能性があると思ったので警告させていただきます。
今作品は「壷中天」「胡蝶の夢」とはつながっていません。
作中に出てくる喫茶店は上記二作に登場する店とは違います。
我ながら、つまらない大人になったものだと、居酒屋の片隅で思う。個人経営なのだろうそこは、客は少ないとまではいかないが、多いといえるほどもいない。数個離れた隣席では、自分と同じような―――――しかし幾分か自分よりは若い―――――背広姿の男が三人ほど並んで飲んでいる。大方、上司や会社への不満を愚痴りあっているのだろう。自分も彼らぐらいのときにはよく同僚と愚痴っていたものだ。いまでは不満よりも諦念が先に立って、愚痴る気力さえもない。
これでも、昔はそれなりに夢でも持っていた。学生時代は小説家になりたくて、本ばかり読み耽っていたと思う。しかし、それはしょせん子供の憧れに過ぎないような代物でしかなく、親の反対だの、将来性だのといった現実を前にして、結局無難に会社員、に落ち着いた。当時は今とは異なり、就職難どころか、どこも人手が足りなかったこともあり、すんなりと今の会社に就職できた。
それから三十年と少し。その間に結婚して、娘―――――もう中学生になる―――――も生まれた。結婚は少々遅かったかもしれないが、平均的な人生だと思う。……抱える問題が平均的かどうかは知らないが。手っ取り早く言うなら家庭内別居状態だ。妻とも娘とも、ここ最近ほとんど口を利いていない。そもそも顔を合わせること自体があまりない。それでも、妻とはまだまし―――――だと思う。とりあえず、何か必要なことがあれば、非常に事務的な感が否めないとはいえ、会話はする。娘に至っては、最後に話をしたのがいつだったのか、思い出せない有様だ。しかし、それも仕方がないのかもしれない。男の子であるならまだしも、あの年頃の女の子と話そうにも、何を話題にしたら良いのかさっぱりわからない。学生時代に読み耽った本からの知識は、こういったところでは全く役に立たないらしい。それに、ここのところは顔を合わせてもすぐに目をそらされてしまう。
子はかすがいとはよく言ったもので、夫婦仲が冷めてきていたのを、娘を間に挟むことで、自分たちは家庭を保ってきた。しかし、自分が娘との間に気まずさを覚えて距離を測りかねている間に、家庭での自分の位置をすっかり見失ってしまった。今や家にいても落ち着かない。おかげでここのところ、なんだかんだと理由をつけては残業をして、妻と娘が寝るころを見計らって帰る、といった日々が続いている。
だが残業しようにも、肝心の仕事がない時もある。今日のように。流石に仕事もないのに会社に居続けるのは気が引けるが、さりとて、妻も娘もまだ起きているであろうこの時間―――――まだ八時にもなっていない―――――に家に帰りたくもない。仕方なく、こうやって居酒屋で時間をつぶしている。どうせ酒を飲むのならば、気持ち良く酔って、ほんの僅かな時間でも憂いを忘れたいものだが、あいにくと自分はざるだ。酔いたくても酔えない。
ちびちびと一人で飲みながら、つらつらと物思いにふける。何かを考え始めると、自分の殻に閉じこもってしまうのは昔からの癖だ。どれくらいそのままでいたのか、隣に人が座る気配で我に返った。気付けば、人が増えている。時間つぶしのために、適当に入った店だったのだが、自分が当初感じた、寂れた雰囲気とは裏腹に、以外と客が多いらしい。狭い店内はほぼ満席だ。このご時世に結構なことだが、今の自分には都合が悪い。人がいるのはいるでかまわないが、人でごった返す店内は多分に騒がしい。今の自分は、このような騒がしい中に身を置いておきたいような気分ではなかった。
店を出ると、特に目的もなく歩き始めた。これからどうするか。まだ家には帰りたくない。またどこか別の店に入ろうかとも思うが、どの店に入っても、騒がしいのは同じなのではないか、という気がした。ここはよくある飲み屋街なのだが、看板の明かりやネオンがどうにもうっとおしい。どうやら今の自分は、この場所自体が気に入らないようだった。他の場所に行ったほうがいいのだろうが、その“他の場所”が思いつかない。
ふと、この場所からでは少々距離があるが、割と大きめな公園があるのを思い出した。あそこならば、もう完全に日も暮れたこの時間帯には誰もいないだろう。夜、外に一人でいるのはこの時期、少々冷えるだろうが、途中適当に酒を見繕って、ちびちびやっていれば多少は体も温まるだろう。酒などコンビニでも売っている。そう考え、その公園の方角へと足を向けた。
今作品の主人公は五十代男性(家庭持ち)ですが、作者は現在二十代の大学生なため、いろいろと不自然なところが多々あると思います。今後の参考のため、気づかれたこと等ありましたらご指摘頂けると助かります。