ネクロファンタジア──リア充のイチャイチャを見てヒトに絶望した俺はネクロマンサーとして転生! 4
カタリードの村を出て三日経った。
俺は村で〈拝借〉した麻布で出来たリュックサックとズダ袋を片手に持っている。それぞれに寝具、食料等が入っている。……いや、食料に関しては入っていた。
贄の少女(結局名前を聞かなかった)が言うには森の小道を北に行けば、小さな町に至るそうだが、本当にたどり着くのだろうか。
保存の効きそうなメチャクチャ固いパンとやけに青みがかったリンゴをいくつか持ってきたがどちらも食べてしまった。……いや、またしても訂正しなくてはならないが、リンゴに関しては殆ど食べずに捨ててしまった。
パンも食えたものでは無かったが、この世界のリンゴ(もしかしたら他の果物もそうかも知れない)というのはみんなあのリンゴの様に色づく事なく青みがかっていて、味は渋酸っぱく甘みは皆無でパサパサと萎びているのが常なのだろうか。
「腹減ったなぁ」
誰にともなくそう呟く。ここに来るまでに自分も魔法とやらを使えるのではないかと試してみた。
その時に魔法の実験ついでに獲物を殺し、肉が食べたいと思い、森で見つけた鹿に向けて雷撃を放ったがあらぬ方向に飛んで行ってしまった。
しかし、通りかかった小川の近くで水を飲んでいた兎に水流撃を放ったら強烈なジェットが哀れな獲物の全身の骨を粉砕した。炎の魔法で調理した兎の肉はカチカチのパサパサだった。
どうやら、この世界では一定数の人間が修行を経る事によって魔法を習得しているらしい。少女から聞いた話だ。それに経験則で言うと日常でイメージのしやすい魔法や、イメージを掻き立てるものがそこにあると上手くいくようだ。
「そ、そこの若いの……見ない顔だな」
しわがれた、それでいて甲高く耳障りな声が森に木霊した。
俺が左側の森の方に顔を向けるとそこには非常に小柄な(それでいて異様にずんぐりしている)初老ぐらいに見える男がいた。手には斧が握られている。
「あちらの方には異端の連中が隠れ住んでいるという噂があったが……もしやお前もそうか!?」
何か、勝手に彼の中で話が出来つつあるようだ。俺は態度を図りかねる。
「だ、黙っているという事はそう言う事だな……。よ、よし! こ、この事を報告すればおいらの町での地位も上がる!……そ、そうすれば町に住みあの娘も──」
男の醜い顔が更に醜く歪んだ。俺は無視してもよかったが不愉快に感じ、いやそれ以上に様々な意味で痛々しい彼を見ていられなくなり反応した。
「ちょっといいですか。俺は別にあの異端の村──カタリードの人間じゃないですよ。ご考察の所申し訳ありませんが」
「う、嘘をつけ!お前は異端なのだ!そ、そうであるべきなのだ!」
男は声を荒げる。握られた斧が小刻みに震えている。今にも切りかかってきそうだ。
「落ち着いて下さい。いや、落ち着けよ。そういうことなら俺にも考えがあるぞ」
そう宣告すると手に炎の魔力を作り出す。
先程からの独りよがりの男の態度に俺はいらだっていた。
「!! な、な、ま、魔法使いだったのか! ど、どうか命だけは……お、お願いですからぁ」
先程の態度とは打って変わって恭しい態度をとる。地に脚をつけ頭を下げていた。男の背中が体躯のそれより酷く小さく見えた。
全く、ヒトってやつは。内心で毒づく。
結局のところ人間というのも獣の一種であり、生物的な力を意識する。俺はこの世界に来る前の教室での一件を思い出す。
あの雌は殺されそうになっても命乞いはしなかった。しかし、その行為は人間としての尊厳などからきたものでは決してない。ただ単に雌のメスであるが故の魅力の無いオスに対する生理的絶対の拒絶。それ以上でもそれ以下でもない。
そう考えると自己の生存の可能性を模索しているだけ獣としても、知性ある(本当にあるかは疑義があるが)人間としても幾分かはこの男の方が上等ではないだろうか。
俺はこの男を許した。
「別にいい……いいですよ。いきなりいちゃもんをつけて興奮するもんですからこちらもそれなりの態度で応じただけです。命なんか取りませんよ」
男は姿勢を正し、こちらに上目を送る。
「す、すまなかった。お、恩に着ます。あ、あっちの道から来る人間な、なんて十数年ぐらい前から殆ど居なかったもんでして」
吃りがあるのだろうか。先程から所々言葉が詰まっている所がある。
俺は何故だかこの男に親近感というには憚れる奇妙な想い──憐憫の情らしきものを抱かずにはおられなかった。
「……俺は言っても信じてもらえないかも知れないがこの世界の人間じゃない。あの村に異世界から召喚?されたんだ。まあ、それで当てもないから取り敢えず近くの町に行こうと思ったわけ」
正直な事情を言うかどうか迷ったが、やり取りをするうちにこの男は無害だと思えてきた俺はストレートに事情を説明する。流石に死霊術の類と村が壊滅したことは伝えなかったが。
「……? よ、よくわからねえですが、い、異端じゃないんですよね……。そ、それで町を目指してるって言うなら、あ、案内してもいいですが……」
「それじゃあ、おねが……」
グウ~ググッ!
腹なりの音が俺の腹から響き、森に木霊した。
「……ハハッ! あ、あっ、失礼しやした。そ、その魔法使いの兄ちゃんが迷惑でなけりゃあ簡単な食事ならち、近くにおいらの家があるから出せますがよ、ど、どうしますか」
「……お願いしてもいいですか」
ばつが悪い思いをしながらも答えた。実際、ろくなものを食っておらず腹は減っていた。
俺は男の家についていく事にした。