ネクロファンタジア──リア充のイチャイチャを見てヒトに絶望した俺はネクロマンサーとして転生! 3
まるで狼か狂犬のようだった。
ビリビリ!グチャ!バリバリ! そんな音が部屋中に響き渡った。音を発生させているのは贄の処女と呼ばれていた少女だ。口から血が滴り落ち、全身が赤く染まっていく。
「ペリフェ!お前だけは殺す!」
少女は男たちの首元に次々と噛みつく、もしくは腕で彼らの手足をもぎ取っていく。時には目潰し、指の噛みちぎりを行いながら徐々にペリフェを追い込んでいく。
「これが死霊術だというのか!まるでケダモノではないか!汚らわしい!やはりネクロマンサーなどに頼るものではなかったわ!」
「!! お前だけにはケダモノと言われたくない!幼い私を凌辱し、父を裏切り、母をこの祭壇で殺したお前には!」
少女は激昂し、男たちを手にかける速度を上げる。少女に果敢に立ち向かっていく者も数人は居たが、すぐに屍と化していった。少女は幾度か魔法と武器による切り付け、刺突を受けていたが焼け焦げた皮膚は瞬く間に再生し、切り付けられて落ちた指先からは植物の枝葉の如く新しい指が生え、深い突き傷も瞬く間に埋まっていく。
彼女は人間を辞めていた。その眼が灯に照らされて光る。絶望する生者達の中で唯一死者であるはずの彼女だけが生気に満ちていた。
ここまで状況を呆然と見つめていただけの俺だったが、俺はもしかしたら、本当にあいつらが言う通りのネクロマンサーになったのではないかと思い始めた。少なくともこの少女を生き返らせ超人にしたのは俺らしいのだから。
そうした考えが思い立つと急激に思考が冴えてきた。なんにせよこの悪趣味な地下室からは出なくてはならないし、ペリフェ達は殺すべきだと結論付けた。
俺は少女が殺し、屍と化した男の一人に念を送る。ゾンビ映画のゾンビが人を襲っているさまをまず思い浮かべ、人をペリフェ達のイメージに移し替えた。
「……グガァッ……」
よくわからないうめき声を男が上げ、ペリフェ達に襲い掛かった。
「クソッ!私は上に上がる!皆私を護衛せよ!」
魔法を少女に放っていたペリフェが逃走を試みる。彼の取り巻きは5人に数を減らしていた。しかし、彼らは精鋭なのか彼の狂信者なのか冷静に即座に命令に従い、円陣を組んでこの場を潜り抜けようとする。
(マズイ!)
俺は一か八かイメージをこの部屋全体に送る。地面に這いつくばっている死者たちが一斉に生者に襲い掛かるイメージだ。
「「「……フガァ……」」」
逃走を図るペリフェ達を死者が取り囲む。そうこうしているうちに少女がペリフェの取り巻きを一人葬った。
「ペリフェ様!お逃げ下さい!」
大柄な壮年の男が少女にタックルをかます。他の取り巻きの4人は死を覚悟したのか、ある者は武器を大きく振りかぶり死者に向かっていき、またある者は魔法を両手に発生させ魔力弾の乱れ打ちをして死者を押しとどめようとしている。
「皆、恩に着る!」
ペリフェが包囲を脱して、出入り口であろう階段に足をつけた。
──逃げられる。そう思った瞬間、階段付近の地面から白骨と化した腕がペリフェの足首を掴んだ。
「ッ!イザベラ!?」
ペリフェは驚愕の表情を浮かべ、固まった。
最後の取り巻きの一人が死者にかじり殺された。ペリフェはハッとすると脚を振り払い白骨の腕は粉々なって四散した。その骨片の一部がこちらに転がってきた。恐らく薬指の第三関節だろう。そこにはきらりと光る金の指輪があった。
その時のペリフェの謎の固まりが彼にとって仇となった。
ペリフェは少女になぎ倒された。これから凄惨な復讐が行われるのだろう。
こうなれば、他の死者達にペリフェを殺させるのは必要がないし無粋だと俺は思った。その瞬間、操っていた死者が元の屍と化した。
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俺と少女は村外れの森の中。地面に突き刺さった錆びた剣の前に来ていた。途中、激しい雨が降り出し、俺をずぶ濡れにした。少女は血の付いた服を脱いで全裸になっていた。ここに来る頃にはシャワーの様に降りしきる雨が彼女に付着した血を洗い流していくれていた。
白磁の様な肌は水を弾き、それらは滝のように滴り落ちる。少し長めの黒髪がなだらかな双丘に張り付いている。
水は高きから低きに流れる。谷間を通ったそれは一直線に川を下り、途中に母との繋がりであったところの窪みを経由して、うっすらとした茂みの丘に到達しそこから2つの川に分かれ大地に注ぐ。
「……ここは父の墓なの」
少女は呟き、墓前に指輪を供える。驚くほどに無機質な声に驚かされた。思わず彼女の眼を見る。そこには生気のない人形の眼があった。
「……ここは異端の村カタリード。奴に目を付けられた父は教えに背いた裏切り者として処刑されたからこんなところに墓があるの」
「奴が父を殺した理由は私の母を奴が昔から好きだったから。でも、振り向いてもらえず、地下室で殺して埋めた……らしいわ。全て奴が私との最後のアレをする時に興奮して吐いた言葉だからよくわからないけど」
彼女は俺に振り向いた。
「ともかく、私は貴方に感謝はしているわ。復讐が果たせたから。でも、そうした今もう生きる意味はない……」
「……そうか。まあ俺もあいつらが勝手に期待して勝手に攻撃してきたもんだから死んでほしいと思ってたし助かったよ。それにこの世界について色々教えてくれたしな。……恐らく俺が念じれば身体は解放されると思う」
身体。そう言ったときにハッとして彼女の身体に欲望を覚えてしまう。俺は彼女の裸姿を見ることが急に忍びなくなり、眼を逸らした。
「……そうだ。でもお礼はしないといけないと思う。……私がお礼としてできる事はこれしかない。奴に指示されたお礼とお詫びの方法だけど……」
「な、何かな」
彼女が俺の眼をのぞき込む。頭半個分ぐらいしか身長が違わない為、ほぼ向き合って見つめあう格好になる。
「……無に戻る前にお礼はさせて。貴方は、いえネクロマンサー様は私の恩人だから」
少女は俺を押し倒す。
「ど、どうしたんだ」
「私が処女じゃないからネクロマンサー様に迷惑をかけた。でもその代わりこの〈お礼とお詫び〉に関しては色々と教え込まれたから」
禁忌に対する悪寒を感じると同時に彼女を穢した男の顔が浮かび、抵抗感が生じる。しかし、俺の〈生者〉としての部分は本来の役割を果たそうと既に躍起になっていた。
「……いいのか?」
「寧ろ、受け入れてほしいの……。これが私の最初で最後の自由意志なんだから」
彼女は西洋人形などではなかった。確かに技巧派だったが気色ばみ頬は赤く瞳は快活だった、これが本来のあるべき彼女だったのではないか。初めてのことで情けない声を上げる事しか出来ず、翻弄されたが、事は概ね成功しただろう。詳しく記憶にない。
ただ、彼女が一言、「悲しい人なのね、私よりも繋がりが無い」と言った事は覚えている。
憐れみを持ってして俺という人間と一時的繋がりを持った訳だ。彼女も彼女で孤独である訳の無い救いに手を伸ばしていた。俺は彼女の心の孤独の穴を一時だけ埋めたに過ぎないという訳だ。
まどろむ意識の中、自嘲の笑みを薄っすらと浮かべていた。
気づいたころには物言わぬ精巧な子──人形がいた。一般に西洋人形の肌は白の溶液がコーティングされている。
魔法を受けたからだろうか、俺の全身は所々が赤みがかっている。朝日を受けてこれまでにないほどのすっきりとした気持ちになる。今なら賢者の如く平穏でいられそうだ。
グウグウ!
腹が鳴る。
何はともあれ何か口に入れよう。
俺は〈無人〉となった村に戻った。