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箱の中 ―ある4人の場合―  作者: 河野章
2/10

ep2

「良い子ね」

 藤山美紗希はそう言われて育ってきた。

「大人しい良い子ね」「優しい子」「人の気持ちがわかる子」

 藤山美紗希はよくそう言われた。言われて当たり前だった。

 だって演じていたから。

 人に褒められるのは嬉しい。特に美紗希のように何も秀でたところのない子供は、褒められる機会が少ないから余計に。

 勉強は並。運動は苦手。特に趣味も習い事もしていなくて、友達の数も多くない。面白いことができるわけでも得意なこともなくて、オタクでも、ない。ないないづくしだ。

 自然、人の顔色をうかがうようになった。

 何もない美紗希がどうやったら人の目に止まるのか。褒められるのか。

 答えは簡単だ。良い子、優しい子になれば良い。

 これはストレスなく美紗希にも演じられた。

 ほんの少し活発な自分を抑えて、他人の表情を見て、規則を守る。

 そして何より、動物と年下の子に優しくすれば良い。

 学校では下級生の面倒をよく見て、お友達の年下の兄弟ともよく遊んで。動物の番組を見るたびに、喜んだり涙したりした。

 おっかなびっくり手を上げて、自ら飼育係にもなった。大人しいウサギの世話を1週間に1回するだけの係だ。ウサギを追い払いながら寝床の草を足で蹴散らして、新しい草を敷く。指でつまんだ水入れに新しい水をびちゃびちゃと入れる。どうにか美紗希にもこなせた。

 係をサボらない美紗希は熱心だとよく褒められた。

 だから今回も褒められたい。けど……。

「……どうしよう」

 美紗希は頭を悩ませていた。今朝の子猫のことだ。

 小さくて黒くて、毛が濡れていて……かわいそうな子猫。臭くて汚くて、……美紗希の大嫌いな猫。無視すればよかったのに、つい覗き込んでしまった。しかもそれを大人に見られて助けを求めてしまった。

「どうしよう……」

 猫だけじゃない。美紗希はそもそも動物は嫌いだ。何をしてくるのかわからなところが怖いし、目が、人間と違って何を考えているかわからない。顔色が読めない。

 けど、大人に見られたからにはどうにかしなければいけない。

 確か、美紗希に声をかけてくれた中野さんは1部屋飛ばしたお隣さんだ。美紗希が「助けて」と言ったら、仕事前だからすぐにはどうにもできなけど……と言いつつも、ラインを交換してくれた。猫を助けるために連絡するねということだ。

(連絡されても困る……)

 本音を隠して美紗希はありがとうと中野さんに弱々しく笑った。お母さんくらいの年齢かなと思った中野さんは近くで見ると綺麗で痩せていたけれどもっと年上のようだった。どこが……とはわからないけれど、もしかしたら美紗希のお婆ちゃんのほうが年齢が近いのかもしれないと思った。

 その日は授業に身が入らなかった。

 ボーっとしてしまって、先生に当てられた計算問題がどこをやっているかわからずにみんなに笑われた。はじめての経験だった。怒られはしなかったけれど、顔から火が出そうだった。

 家に帰ると中野さんからラインが来ていた。あのとき一緒にいた若い男の人が一日だけ、猫を預かってくれることになったらしい。管理人さんに内緒で。

 美紗希はほっと胸をなで下ろした。これで1日は美紗希は何もしなくて良い。「ありがとう」とスタンプで返して、素っ気なかったかなと後悔する。悩みに悩んだ末、「私も家族に相談してみます」と送った。そして家族に相談はしなかった。


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