勝敗未確定戦争
ダラダラとした会話文です。
『今日は帰りが遅くなるから、マサくんの家でご飯食べて』
珍しくもない母からの連絡。
もう中学生なのだし、1人で留守番も、夕飯くらいも済ませられると思うのだが、わざわざ作ってくれる人がいるのに断る理由もない。
居心地良過ぎてもはや実家な幼なじみの家に上がり込む。互いに合鍵を持つ仲だ。
「お邪魔するぜよ」
「侍かなんかなんか?」
呆れたように部屋の中央で漫画を読む、二つ上の幼なじみ。インターホンも鳴ってないのに驚く気配もない。特に返事するでもなく本棚から漫画を取る。
「あ、それ来週新刊出る」
「え、まじか。早くない?」
「いや前が休載挟んだから遅くなってた」
「そうなんだ。いつも続き気になるし助かる」
「どうせ次の巻でも引き延ばす終わりかたするだろ」
「まぁそうだけど。早く終わって欲しいけど、一生続いてほしいな」
「そんな好きなら自分で買えよ」
「マサにぃが見せてくれるんだからいいでしょ」
そんなこと言いながらペラペラページをめくり出す。
しばらくページをめくる音だけが部屋を埋めた。
15分くらい?1巻読み終えてもいなかったころ、手元の携帯がピコンっと音を立てた。
私の携帯だ、もちろん私の手元にある。
これは毎回の恒例なのだが、なんの合図なのか、ここから日々謎の攻防戦が始まる。
完全に気を抜いていた2人は、ほぼ反射的に手を伸ばした。
「うぇーーーい!!!取ったー!!!」
「なんなんだよもーーーー!!!!!!返せ!!!!!」
一瞬であがる沸点。ボルテージは最高潮。テンションの高さには定評がある。
精一杯の背伸びもまるで無意味。20cmも身長差があっては何が起きても届かない。
わかっちゃいるが抵抗しなければならない。
「あははは!!!チビめ!!!ジャンプしたってとどくわけねーよ!」
片手を背に回し、長い手を手を伸ばして、まるでパン食い競争のようにぶら下がる携帯。
いくら飛びついてもふらつきもしない、どんな体幹してんだ、いや体格差か。くそういつだって勝てない。
ピコンと着信の音がする。
「はーーーーー!!小っちゃくないし!!ライン来てんだろーが!!返事させろ!」
「おーぴこぴこ鳴ってんな、だれ?クラスメイト?」
手の中の携帯画面を覗き込む。明るい画面には何かメッセージを受信している。が、この位置からは読み取れるはずもない。
「知らんがな!!!見せて!!」
「あ、この名前知ってるわ」
「え、なんで?」
意外、他クラスの先輩のこと知ってるとは。興味のない人間のことを覚えてると思わなかった。
いや、興味のある人間だったのかもしれない。いくら幼なじみでもなんでもわかるわけじゃないし。
「え、それよりなんでこれと知り合い」
これとは失礼な。
「もののように扱うな、部活の先輩だ。それよりなんで知ってんのそっちの方が重要」
「いやこっちの方が重要だったよ。こいつなかなか女子に人気あるみたい。かっこいいとか聞かされる」
飛びつくのをやめて20cm近く上にある顔を覗き込む。向こうも携帯を吊り上げるより重要な内容なのか、手を下ろして元の位置に座り込んだ。
「彼女に?」
この攻防は終了のため、阿吽の呼吸よろしくこちらも座る。
当たり前のように携帯は私の手元に返される。
当たり前も何もそもそも私のだ。なぜ毎回連絡先チェックを挟むんだ。
「なにその堂々とした浮気案件、そもそも彼女いない」
おかしなことを言う。完全な男子中学生が彼女の1人もいないとは。なんだかブーメランだなこれ。
「え、前歩いてたじゃん帰りに」
この家の近くを、黒髪ウェーブに膝上スカートの、やたらと肩を叩かれていたじゃないか。
「いつの?結構帰り道は複数人と歩いてるぞ?」
訝しげに、少し食い気味に聞かれる。
いつって、そっちの方が覚えてるべきなのでは。
「んー、いつかな…今週。家近くのガソリンスタンド…」
「あーおっけー思い出せた。家の近くまで来るやつそうそういないな。あれは家にある資料取りに来た」
わざわざ家まで、放課後に。
「実行委員の?」
「そうそう、先輩から引き継いでさ。まじめな子でさ、家で見たいっていうから」
「という口実!」
「なんのだよ、普通に渡して駅まで送ったわ」
「なんだおうちデートへのこじつけじゃないんだ」
期待外れである。
「なにを期待してんだよ」
呆れたように、乗り出し気味だった体勢を戻す。
「幼馴染のおにーちゃんの恋愛の進展だよ」
「お前に心配されるほど枯れてねーし」
「いやいうて彼女全然いないじゃん知ってんだからな」
私が言えたことでもないが、こちらはまだ中一である。花のJC青春は今まさに目の前で門が開いたはずだ。
「そもそも隠してもねーしな。いないんじゃなくて作らないの」
確かに、私の周りですらマサにぃのことをカッコいいと言う女子が何人かいる。
私に紹介しろと言われても、家以外で会わんし…と断ってる。その度その子の態度が冷たくなるのは女子が面倒と言われる典型の状態だ。
「モテない人はみんなそういうんだよ」
「いま俺も言ってからそう思った」
「反射で話すからそういうことになるんだよ」
「お前に言われんのは心外」
貶されたらこちらも反撃だ。
なんの勝負かしらんが、この二個上には負けてはならないという気持ちが常に湧く。
「なんだと!馬鹿にするなよ!」
「俺がお前を馬鹿にしなかったことがあるか!」
「決め顔でクソ失礼なこと言うな!顔はかっこいいのにほんとどうしようもないな!」
一瞬ポカっとした間抜けづらになるマサにぃ。
その顔を見て自分の発言に何か不自然があったことに気づく。
「ありがとな」
「褒めてないだろ」
褒めたつもりではない。
「顔がいいはどうとらえても褒め言葉だろ。皮肉なんて高度な貶し方できるわけねーし」
言われてみれば確かに。なぜ私は顔が良いで貶せると思ったんだ。
「顔もどうしようもないな!」
「言い直すな」
すっかり言い合う気が失せたのか、伸びてきた手がぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
大きくて暖かくて、雑な癖に気持ち良く、まんざらでもないというやつだ。
認めたら負けな気がして払い除ける。
「頭をなでるな!」
「あれ?これ白髪?」
髪を手櫛で梳きながらある一点で指が止まる。
そんな位置で見かけたことはない。
「マジか、抜いちゃって」
「はいはい」
掻き分け、摘まれ、指が離された。
「あれ?抜けた?」
抜かれた感触は無い。
「ごめん見間違い」
「なんだ」
「いやキューティクルがすげえな、反射で白く見えた」
「そうだろう。私も日々かわいくなっているのだよ」
「何のために?」
やたら変なとこに食いつくな。
「テンションを高めるため」
少しホッとしたような顔でしょうがないと言わんばかりの顔で見られる。
なんだその物言いだがな顔は。
「そりゃ重要だ、けどあんまりかわいくなるのも困るな」
「なんでさ」
ブスよりマシだろがい
「そりゃこれ以上競争率あがっちゃさすがに対応できないから」
「なんの?白髪?」
「うそやん馬鹿なんか?いやこれに関しては俺が悪いわ」
「なんだよ貶したな?」
息ぴったりの掛け合いがなぜか噛み合わない。
なんだ?今日は何の日なんだ?
「いやなんつーか、おまえマジで俺が好きなこと気づいてないんだよな?」
こんなに会話が噛み合わないことは無かったはずだ。
今日はなんかおかしい。何かあっただろうか?何も思い出せない。
「何を?」
言いながら、何かが変わる気配がした。
言わなきゃ引き返せた気がする。
「お前のことだよ」
…?
私がなんだって?
「私が?なに?」
「いやだから好きだって」
はーっとため息をつきながら肩を落とす。
なになにイマイチ理解しきれない。頭が回らない。回らないっていうか、理解させる気がないなこの脳みそ?
「いや、俺が悪いわこれは…。囲ってたのはいいんだけど、下手に他に興味持たれちゃ困ると思ってたら…完全に扱いが身内だった…」
1人反省会を開きだすマサにぃ。
目の前にいる私が完全に置いてけぼりだ。
「マサにぃ、あの、私、どうする?」
「いや完全にショートしてんじゃん悪かったわ」
「なにもわからないがマサにぃが悪くないことはわかる」
「お前いいやつだな」
「ありがとう」
「いやでも俺が悪いわこれは…もう少し助走が必要だった。とりあえずたぶんそろそろ飯ができるから下降りるぞ」
「あ、うん、え?」
ついていけないまま立ち上がるマサにぃ。
「ほら、来い、電気消すから」
差し出される手に当たり前に掴み、引っ張ってもらう。
「うーん、まぁ、でも、これから意識したらいいよ。もうどうにもならない距離感だなとは思ってたし」
「どうにかなるの?」
びっくりした顔をして、困ったように笑う。
その顔は知らないぞ。
「お前次第だな、嫌がられたわけじゃないし、俺的にはトラブルだけど上々の結果」
無防備なのも困るが、俺も俺で距離感見失ってたしなぁー、なんて、先に階段を降りていくマサにぃ。
手を繋ぐなんて、5年ぶりな気がするし、5年前は手を繋ぐのなんて恥ずかしくなかったはずなのに。
何にかはわからないが、負け戦の気配を察した。