中編
サタ村はのんびりした村だ。
段々畑とかがあって、村で山羊と鶏を飼っている。
昔話に出てくるような、ザ農村。
俺は小さな一軒家に住んで、畑仕事とか山羊や鶏の世話を手伝っている。
これが大体午前の仕事。午後からは魚籠よりちょい大きな篭を腰に下げ短槍を背負って森に出かける。
森で、木の実をとったり茸をとったり薬草をとったり。
たまに出くわす兎をなんとか捕ったり、怪我した鹿に止めを刺したり、追っかけて来た猪がうっかり木に激突して気絶している間に棚からぼた餅的に仕留めたりしている。
鹿や猪を仕留めた時は、村総出で喜んでくれた。
捌いた肉を燻製にして分けた時は、一番美味い所を貰えて、俺としてもウハウハだった。
意外と農村で馴染んでるな、俺。
多分、村の人たちが優しいからだな。
有難い、有難い。
今日も、昼御飯を食べてから森に向かう。
婆ちゃんの話だと山ももが熟れてくる時期らしい。
ジャムを分けてもらったけど、甘酸っぱくて美味かった。沢山採れたら、またジャム作ってもらおう。
木が生えているところは大体だけど教えてもらったからその方向へ進む。
山ももの木はすぐに見つかった。
じゃあ、適当に実を落とすかな。
枝を見上げるのと、バチッと言う音がするのはほぼ同時だった。
見ると、頭上三十センチくらいのところ鈍く光るものが…
「針?」
小さな三角垂のような針、吹き矢の針だ。
「またかよ」
ため息をついて山ももの木を見上げる。
ちらりと動くものがあったので、巨大な畳一畳ほどの掌をイメージして叩きつける。
ぼとり。
落ちて来たのはカナヘビのような一メートルちょいのトカゲ人間。革鎧のようなものを身に纏っている。
魔族ってやつだ。
トカゲ人間はぴくりとも動かない。
さすがに死んだよね。
次に、巨大なスコップをイメージして、山ももの木から離れた地面を掘り起こす。
ひと掬いで二メートルほど掘れたら、その中にトカゲ人間を放り込んで掬い上げた土をそのままの状態で戻す。継ぎ目を均して、はい終わり。
やっぱり、トカゲ人間って間者枠なのかね。足音しないし、木や壁にぺったり張り付いて上れそうだもんな。
「ギ…貴様はなんダ?」
あれ、まだいた。
今度はトカゲ人間ではなく、リザードマン。鱗とか硬そうだ。
鎧も質が良さそうな辺り、上司ってやつ?
リザードマンは俺に向かって、斧を降り下ろした。
問答無用かあ。魔族って本当に血の気が多いな。
しかし斧が俺を真っ二つにすることはない。斧は俺の頭上三十センチくらいのところで止まる。さっきの吹き矢と大体同じ辺りだ。
「さっすが、パワーが違うね」
「ギギ、結界かっ!」
「結界、じゃねーよ」
今度イメージしたのはハンマーだ。よく10tとついてるあれね。
イメージしたハンマーをリザードマンに降りおろす。いくらパワー系で鱗が硬くても10tの衝撃を耐えることはできない。
リザードマンはぺっちゃんこになった。
再び穴を掘って、リザードマンを放り込む。
「魔族二匹か、今日は多いな」
この辺り、もしかしたら警戒されてるのか?
そんなことを考えながら、幾つもの手をイメージして山ももをもいでいく。
さて。
そろそろわかったかと思うが、これが俺の力だ。
魔法ではない。超能力ってやつ。念動力、テレキネシスとかいうやつだ。
スキルとか属性とか加護とか付かない筈だよね。
俺、最初から超能力持ってるもん。
何しろうちが超能力一家だ。つか、超能力一族。従兄弟はテレパシー系で日々心に耳栓をして頑張っている。他人の思考がダダ漏れとか、相当煩いらしい。
うちはテレキネシス。多分俺は両親より力が強い。物心付かないうちから、ひたすら力の制御を叩き込まれたよ。異世界転移くらいじゃ暴走しない程度には。
後だしになるけど、ステータスプレートに表示された気力は数字の色が若干違っていた。他の色より濃かったのは、自分で力をセーブしていたからだろう。
今、プレート見たら桁くらいは違ってんじゃないのかな。それがひと桁なのかふた桁なのかはわからない。
ま、確かめる気はないけど。
テレキネシスは繊細な扱い方を会得すると実はかなりかなり使い勝手がいい。
特に俺はイメージ先行型で、このやり方を覚えてからは制御もやり易くなった。
セーブは頑丈な箱に力の塊をし舞い込むイメージ。
シールドは周囲に硬質ガラスのようなものを張り巡らせるイメージ。
物を動かすのは、対象に併せた手を使う。攻撃は10tハンマーみたいなものを頭の中に思い描く。10tが本当に10tなのかは判らない。とりあえず、前に訓練で土砂一杯のダンプを動かすことはできた。今でもそれくらいは出来ているだろうと言う見込みだ。
まあ逆にイメージできないものは応用できないのが、欠点なんだけどね。
それでも大体どうにかなる。っていうか、なってきた。
だから、怪我したように見せて鹿を狩ることもできたし、暴走猪を近くの木にぶつけることもできた。
今日みたいに、魔族を倒すこともできる。
ちなみに、この森と言うか山には他にも魔族が埋まっている。
誰も知らないし、知らせるつもりもない。
俺はサタ村が守れればそれでいい。
村に戻ると、家の前に人影が二つ。
「サッサ!」
俺を見つけて手を振るの浜崎だ。隣には魔術師の兄ちゃん、タタルもいる。
タタル、顔色ちょっとよくなったような気がする。
「タタル、浜崎。久しぶり」
「久しぶり」
「サッサ、元気だった?」
「まあ、のんびりやってるよ」
軽い挨拶を交わして家の戸を開ける。
二人は中に入ると、粗末な椅子に腰掛けた。
とりあえず、お茶の準備をして、俺は莓くらいの石のついたペンダントをタタルに渡した。
「いつも悪いな」
「これくらい、どうってことないよ」
タタルは笑って石に魔力を込める。
ペンダントは魔力を封じ込めた魔法具だ。魔力が少ない人間はこの封じ込めたられた魔力を使って、その他の魔法具を使用する。
例えば、竈の着火とか明かりとかその辺。
王都だと、自動ドアみたいなものとか、ドアの鍵とか。冷蔵庫みたいなものとか?
サタ村は田舎なので、そんな便利道具は普及していない。使用する魔力の量も半端ないらしいし。
王都ならすぐに魔法使いに補充して貰えるが、田舎ではそうはいかない。
何ヵ月に一度訪れる魔法使いに補充してもらうか、月に一度くらい来る行商人から買うかだ。どちらも高くつくらしい。送料手間賃込みと言われたら、その通りだし。
俺の場合はちょっと違う。
三重苦の俺に対して、相当の良心の呵責があるらしく、規格外の魔法具のペンダントをくれただけじゃなく、月に一度タタルだったりもう一人の姉ちゃんのミソラだったり、魔法使い系のクラスメートの誰かだったりが、魔力の補充に来てくれる。
そのついでに、村の魔法具の補充もちょいとお願いしてる。
俺って恵まれてるな。なんて思いつつも、もしかして人質枠? とか思ったりもしてるけど。
まあ、微々たるものではあるけど、優遇してもらってるので、文句はない。
ずっと見張られてる訳でもないし。
月一の生存確認くらい目を瞑るさ。
「サッサも王都に戻ってきたら?」
「別にいいよ。ここ、のんびりしてて、俺結構性に合ってるから」
何しろ、森に入れば、力の使いたい放題だからな。
力について、気を遣わなくても済むのが楽だよね。人が少ないからバレにくいし。
「そっかあ」
「ところで」
「ん?」
タタルがお茶を飲んだ後真面目な顔になった。
「最近、この辺りはどう?」
「どうって?」
「この山向こうのセリ村の村人が魔族らしきものを見たと言う話があるんだけど」
おう、魔族。やつら、山向こうまで徘徊してんのか。
「この辺りでは、そんなの見てないけど…気付いてないだけかも知れないけど、その辺ちょっと解らないな」
「村の人はなんか言ってた?」
「特に、聞いてないなあ。そんなの見たら、大騒ぎだぞ」
でも、そんな騒ぎは起きていない。
俺が、今の所は全部防いでいるから。
「そもそも、魔族なんか、こんな田舎に何の用があるんだ?」
「拠点を作り、背後から仕掛けようとしているんじゃないかと、お師匠様がおっしゃってた」
「敵の領地のど真ん中だぞ。えらい無茶なことすんな」
「あたしたちが結構頑張ってるからね。向こうも最近押し返されて焦り始めてるんじゃないかな。あ、これコバたんの話ね」
「小幡も元気か?」
委員長は相変わらず委員長で、ガンガンやってるみたいだけど。
「変わんないよー。なんか新しい魔法の研究とかしてる」
「コバタの思い付く概念が、新し過ぎて扱える者も少ないんだけどね」
「へえ」
魔法が使えない俺にはさっぱり解らない。
「まあ、みんなが元気でやってんならいいよ」
「あたしも、サッサが元気で安心した」
笑う浜崎は可愛いかった。
こういうところが、聖女なんだろうなあ。誰にでも明るく優しい。
眼福、眼福。
「何かあったら、連絡をよろしく」
「わかった」
タタルの念押しに頷く。
俺の手に負えなくなったら、伝言鳥の魔法具ですぐに知らせるさ。
まあ、そんなことにはならないと思うけど。
逆に、俺の手に負えない事態って、想像するだけでヤバいよね。
気を付けよう。
そんな世間話なやり取りの後、タタルと浜崎は、村で一番大きい村長の家に泊まると翌日王都に帰って行った。
超能力はSFに分類していいのか、ビミョーに疑問ではあるけど。