どこが好きなの?
「んー、終わったー」
しーくんを見るとやっぱりちょっと意識しちゃうけど、でも学校で人いっぱいいて、ひまも佳之子もいて二人きりでもないから、普通に今まで通り友達と接することができた。
さすがあたし。てかまあ? 別にそんな終始動揺するほど、あたし動揺してたわけでもないし? 普通に、みたいな?
ま、とにかく今日一日で恋人仮モードにも慣れたし、つまんない勉強も終わったし、今日も放課後楽しむぜっ! んー、なんか甘いもの食べたいかも。クレープとか食べたい。
「ひま、今日はクレープ食べに行かない? あの駅向こうの」
「いいねぇ、って言いたいけどぉ。ごめーん。今日はパスぅ。予約してたDVD買ってー、ふふふ、最低3回は見るのぉ」
「わー、連続3回はひくわぁ。いいよ。じゃあまた明日ね」
「うん。また誘ってねぇ」
「はいよ」
ひまは話しながら鞄に勢いよく教科書と筆記具をつっこんで、鼻唄でも歌いそうなほど機嫌よく、足早に教室を出ていった。それと入れ替わりに鞄をもったしーくんが前から来る。
「あれ、ひまは?」
「帰ったー。今日は三人ね。おーい、佳之子ー。今日はクレープねー」
あたしも立ち上がって鞄を持ち、大きめの声で声をかけつつ佳之子に近寄る。佳之子はまだ教科書出しっぱのまま携帯電話をいじっていた。
「かーのーこ? スルーですかぁ?」
「うるさい。これからデートだからパスね。あんたら二人でデートしたら?」
「は、はぁ?」
思わぬ単語に声が出てしまったけど、変に表情が変わらないようわざと眉をしかめてみせる。そんなあたしに佳乃子まで不快そうに眉をよせる。
「なにそんな驚いてんの? いいでしょ、あんた、しーくんでもいいんでしょ? ふはっ、んじゃねー」
あたしの昨日の発言を馬鹿にしたように鼻で笑うと、佳之子は机の中に教科書をつっこみ、脳ミソと同じくらい空っぽの鞄を持って軽やかに出ていった。
「……」
「……じゃ、デートしよっか?」
「は?」
しーくんまでそんな単語だしてくると思わなくて、反射的に威圧するような声をだして、隣のしーくんを睨んでしまった。しーくんは少し照れたように眉尻を下げて、でも視線はそらさずに微笑んでみせる。
「いや?」
「……いいけど。クレープね」
「らじゃ」
別に、しーくんと二人きりとか割りとよくあるけど。でもなんか、恋人だし、デートとか言われると、意識するし、照れる。あーもう、佳之子の馬鹿。
そりゃ、デートと定義しても嫌じゃないし、デートだとしても行くけど。
「クレープって前に言った反対側の路線にあるとこ?」
「ん。そう。いいよね」
「もちろん。クリームたっぷりでよかったよね。今日座学ばっかりだったし」
「うん」
う、うう。なんだ、あたし。仮にでもしーくんのこと恋人って決めたのはあたしなのに、なんていうか、そっけないよね? 告られたからって、そんなあたしが大上段になるってもんでもないし、普通に恋人にしたかったみたいに接したりしたいのに。
なんでこんな、こっぱずかしいの!? これって相手が女の子だから!? それとも友達のしーくんだから!? うー。デートだと思うと顔ちゃんと見れないし、なんか、うまく話せない。
二人で移動している最中、しーくんはずっと気にせずいつもみたいに話しかけてくれたけど、あたしはずっと上の空、は言い過ぎだけど、そっけない感じになってしまった。
だっていうのに、ちらってしーくんの顔を見るたびに、にこにこして嬉しそうで、ほんとにあたしとデートってことで喜んでくれてるって感じの可愛い顔してる。はぁ。惚れそう。
「綾子どれ食べたいの?」
「んー、と。やっぱ期間限定がいいよね。キャラメルマキアート生クリームぅ……いやクリームチーズストロベリー生クリームかなぁ……あー、やっぱり」
「綾子、二つ選んでくれていいからね。半分こしよう」
「う、うん……ありがと」
う、優しいしーくんがそう言ってくれるのは割りといつものことなのに、恋人だ、デートだって思ってる状況だと、ドキッとするなあ。
とりあえずときめきは抑えつつ、ひとまず注文する。
「あ、今日は私に払わせてね」
「え? なんで」
「だって」
しーくんはあたしにそっと顔を寄せて店員に聞こえないように囁く。
「初めてのデートくらい、カッコつけさせてよ、ね?」
「っ……じゃあ、お願いします」
「うん。任せて」
ぐ、ううぅ。かっ、こいいぃぃ。うわぁ、もう、その辺の男子よりよっぽどいい! 過去に合コンであった男子と何人かはデートしたけどみんな一回目から全然さわやか王子様素振り一切なくって、二回目ないなって人しかいなかったのに。しーくんとなら何回でもデートしちゃう!
「席いっぱいだし、途中の公園まで戻って食べよっか」
「うん。そだね」
頷いて歩き出して、それからふと気づく。今までしーくんがいっつもさりげなくしてるから全然気づいてなかったけど、しーくんって普通にあたしのも持ってくれてるし、車道側歩いてくれてる!?
って、は!! ……こんなしーくんを、しーくん『でも』いいんだよとか、めっちゃ上から目線してたのか、あたし。そりゃ、佳乃子から蹴られるわ。はあ、見る目なくてごめんね。
「あ、綾子。ちょっと悪いけど、一回クレープ持ってくれる?」
「ん? うん」
公園についていざベンチにつこう、と言うところで座る前に言われた。なんだろ? と思いながら受け取るとしーくんはどこは恥ずかしそうにはにかみながら、肩にかけてるカバンからハンカチをだして、ベンチにハンカチを広げておいた。
「さ、どうぞ。なんて。綾子、こう言うの気に入ってくれるかな、と。前からしたかったんだ」
「っっーー!! かっ」
「え?」
「かっ……こ、カッコ、よすぎぃ」
「そ、えと。喜んでくれたなら、うれしいよ。座って食べよっか」
もはや言葉が出なくて、黙って頷いて座るあたし。とりあえずしーくんにキャラメルの方を渡して、ストロベリーの方を一口食べる。
「美味しい?」
「……わかんない。なんか、しんどい」
「え? なに? なんかおかしかった? 体調悪いとか?」
「違くて、どきどきしすぎて、なんか、苦しい。味わかんないし」
「……そ、そか」
「うん」
もう、ほんとに。なんであたし、こんなに固まっちゃうの? すっごいどきどきして心臓飛び出そうで、なんかいまこれが現実に起きてることなのかわかんなくなってきた。
もっと恋人みたいにイチャイチャとか、したいなっていつも思ってたのに。友達よりむしろ距離あるめっちゃぎこちない感じしかできないのなんでなの?
こんなんじゃ、しーくんはあたしに認められるみたいな言い方してたけど、全然だめで、あたしこそ、しーくんに呆れられてしまう。全然いつも通りにしーくんに接したりできてない。いつも通りがいいって言ってくれてたのに。
「しーくん……あのさ、聞いていい?」
「ん、な、なにかな?」
「その……こう言うこと聞くのなんかめっちゃ恥ずかしいんだけど。その、笑わずに答えて欲しいんだけど」
「うん。綾子が真剣に聞いてくること、笑ったりしないよ。約束する。なに?」
「うんと、その、あたしのこと……どこが好きなの?」
なんか、全然自信なくなってきた。いつものあたしってどんなのなの? いつもの、どんなとこがいいっての? あたしが、しーくんみたいにカッコイイ人に好かれてるとか、信じらんないんだけど。
昨日まで自信満々に、あたしには王子様が相応しいって思ってたのに、今は、しーくんがあまりに完璧な王子様なことが今更気づいちゃって、自信喪失してしまう。そもそもあたしに、魅力なんてあるのだろうか。