あたしだって、勝手なこと言うんだから
「ねぇ、綾子」
次の日曜は三人で遊ぶ約束をした帰り道、佳乃子は彼氏に会いに行くということで別れ、ひまは逆方向なので駅ので別れた。電車に乗り込んでガラガラに空いた車内にご機嫌でボックス席を二人占めしたところで、なにやらしーくんがまじめな顔で話しかけてきた。
しーくんは、がちで好みのイケメンなので、こんな風に正面から見つめられると、頭でしーくんだって分かっていてもドキッとしてしまった。いや女子だから。女子だから。こんなにカッコイイ人が男の子なわけがない、なんちて。ひまの影響受けすぎかも。
「ん? なに、しーくん?」
「さっきの話のことなんだけど、さ」
「さっきの? もしかして日曜、ほんとは他に用事あったとか?」
「ううん。そうじゃなくて……その、わかってるんだよ? 綾子が冗談で言ってるって、そんなことはさ」
「? 何? なんで倒置法で今言った? てか冗談って?」
なんだろ、この歯切れの悪さ。いつもしーくんは穏やかな感じで、微笑み以外あんまり見ないし多弁でもないけど、だからって言いたいことを言わないわけじゃない。たまにずばっと突っ込んだりするし、まだ半年もたっていない間柄といえど、遠慮しあうような関係じゃない。
何? なにか、よほど言いにくいことがあるのだろうか? 少しばかり緊張しながら促すあたしに、しーくんは視線をそらしながら頷く。
「うん、その……さっき、『しーくんでもいいんだよ』って、言ったよね?」
「へ? あー、うん、言ったけど。え? 何? もしかして気に障った? ごめん、別にしーくんのこと本気で男扱いしたわけじゃないんだよ? 馬鹿にしたとかでもなくて、いや、ちょっとはふざけて軽んじた感はあるけども、その、友達としての戯れって言うか」
「あぁ、別に怒っているとか、そういうんじゃないよ。ただ、どこまで本気で言ってくれてたのかなって、気になって」
「どこまで?」
「うん……」
しーくんは可愛らしく頬を赤く染めて、右手で自分の首筋をなでながらちらりとあたしを見てはまた視線をそらす。
何をそんなに恥ずかしがって? と思ったけどピンと来た。もしかしてしーくんも、ああは言ったけどほんとは恋人が欲しいんじゃないかな? だってあたしたち、花のJKだもん。
しーくんがいかにイケメンで中身までまじ王子様だとしても、こうしてやっぱり乙女なわけで、ひまみたいに別次元に恋してるとかは置いといて、恋愛に興味0なんてありえないよね。
それで、他でもない優しくて頼りになる恋する乙女であるあたしに、こうして自分の魅力について確認してるんだな。なるほどなるほど。謎はすべて解けた!
「そんなの、もう100%本気に決まってるじゃん!」
だったら答えは一つしかない。親友として、しーくんのこと励まして自信をもってもらおう! だってほんとに、しーくんのことイケメンイケメン言ってるけど、普通に顔がキレイで性格がいいってことなんだから、男の子から女の子として見たって魅力的に決まってる。
しーくんまで彼氏探しとなると合コンのライバルってなっちゃうけど、それは仕方ない。だって友達だもんね。勇気が出ないときは背中を押してあげるのが友達というものだ。
「しーくんはほんとに魅力的だよ。あたしだってしーくんのこと恋人にできるならしたいくらいだよ」
「ほっ、ほんとに!?」
「うん。だから自信もってよ。しーくんに好かれて、嫌な気持ちになるひとなんて、いないよ」
あたしの言葉に、しーくんは大げさなくらい感激してくれたらしい。さらに赤くなって、ショートヘアの隙間から見える耳まで赤くして、嬉しくてたまらないみたいなとろけそうな笑顔で、ほんとにあたしが男ならマジでほっとかないわってくらい可愛い。
「じゃ、じゃあ……私を、綾子の恋人にしてください」
「……え?」
「私は、ずっと、綾子のことが好きなんだ。だから、ほんとに、嫌じゃないなら、ちょっとでもアリだって思ってるなら、恋人に、してください」
………はい? え? どゆこと? あたし今、告白されてる? え?
「…ほ、本気で、言ってる、よね」
本気で言ってる? と聞こうとして、だけど馬鹿げた質問だと語尾を変える。しーくんがこんな質の悪い冗談を言うわけがないし、何より、こんなに真剣にまっすぐ見つめて言われた言葉を疑うほど、あたしとしーくんは他人じゃない。
だけど、あたしもしーくんも女同士だ。しーくんでもいいんだよって、確かに言ったけど、それはしーくんレベルならって意味で、本気でしーくんを恋人にしたいと考えていたわけじゃない。
て言うかそんな可能性を少しでも考えていたなら、さすがにあんなことを軽々しく口から出せるわけがない。
「……あの、えと……気づかずに無神経なこと言ってごめんね」
「いや、気にしないでほしい。冗談でも嬉しかったし、こうして踏み出すことができたから。むしろ、ありがとうと言わせてほしいくらいだよ」
「……」
あたしを見つめてくるしーくんが眩しすぎて直視できない。あたしはそっと顔を伏せる。
これが全然知らない男子で全く恋愛対象として見れない相手に告白されたなら、とりあえず断る。それがしーくんだ。大事な友達だし、振るにしても関係が変わるのが怖いし、それに、なにより、本当に好みなのだ。言い返すのに困った時に思わず、いいんだよ、なんて反射的に言っちゃうくらいに、全てが好みなのだ。
女同士だから論外だっただけで、本当に男の子なら一目で恋に落ちてたくらいにあたしの好みど真ん中バッターストライクアウト! ってくらい好きだ。だから余計に、断ることを躊躇ってしまう。
いやほんとに、今までしーくんをそんな目で見てなかった。これは本当だ。でもしーくんからそんな目で見てましたって言われたら、めちゃくちゃ意識してしまうのは仕方ないじゃん!
うあーーー……ほんっとに、カッコイイぃ。ありがとうと言わせてほしいくらい? なんなのカッコよすぎ。あぁ……まじで、どうしよう。
「……」
「……ごめん、綾子。困らせたよね。うん、わかってる。綾子は優しいからね。ごめん。なかったことにして」
「ぇ」
静かなしーくんの声に、ぱっと顔を上げる。しーくんは赤みを消して、眉を少し下げて寂しげに、だけどあたしを気遣うように微笑んでいた。
「これからも、友達としてよろしくおねがいします。ずっと、友達でいいから、今まで通りでいさせてほしい。ごめんね、勝手ばかりいって」
な、なんで、そんな風に、簡単に言うの? 簡単になかったことにしちゃうの? あたしはこんなに動揺して、心臓ばくばくして悩んでるのに、なかったことにとかいうの? 今更、ここからさっきまでと同じ友達になんて、なれるわけないじゃん!
「無理だよ……だって、意識しちゃうに決まってるじゃん。しーくんみたら、今まで以上にドキドキしちゃうに決まってるじゃん。なかったことになんか、できないよっ」
「えっ、ど、ドキドキ、してくれてるの?」
「当たり前じゃん……だから、なかったことにとか、言わないで。しーくんが勝手なこというなら、あたしだって、勝手なこと言うんだから」
「えと、なに? 綾子の言いたいことなら、聞きたいな」
うー……その言い方も、めっちゃ優しくてあたしの意思尊重してるっぽくて、いい。そういう目で見ると、やっぱしーくん、中身も好みだわ。
「その……今まで、しーくんのことそういう風に考えてなかったから、いきなり、恋人は無理。でも、だから、その、か、仮っ、仮の、恋人、とか。とりあえずそう言うのから、とか、どうでしょう?」
「綾子っ」
「っ!?」
自分から仮とは言え恋人関係を提案するのが気恥ずかしくて、目をそらして言ってから何とか最後にしーくんを見ると、目を合わせるのが早いかしーくんは立ち上がってあたしに抱き着いてきた。
う、うわぁっ! ちょっ、ダメ!!
「やっ!」
思わずしーくんを力の限り突き離す。しーくんは尻餅をつくようにして元の席に座った。あたしは自分の体を抱きしめるようにしながら、しーくんを警戒して半身になる。
な、なんてことをしてくれるのか! 仮だよ!? 仮なのにいきなりハグとか! いや本恋人でもダメだから! 付き合ってすぐそういう身体的接触みたいなのはダメ! 手をつなぐとこからに決まってんじゃん! しーくん変態!
「あ、綾子?」
戸惑ったようなしーくんを睨み付ける。全然ピンと来てないらしい。それどころかなぜ拒否された? みたいな顔をしている。もー! いくら王子様みたいだからって、思考まで男の子にならなくていいのに!
あたしは今更だけど、隣のボックスにも人はいないけど少し離れたところには人がいたことを思い出し、周りに聞こえないよう声をひそめて、そっとしーくんに伝える。
「付き合ってすぐだきつくとか、えっち。しーくんの馬鹿」
「っ、ご、ごめん。嬉しくて、つい。許してほしい。ほんと、ごめん」
「……今回だけだからね」
「うん。ありがとう。その、これから、よろしくおねがいします」
「……う、うん。こちらこそ、よろしくおねがいします」
こうしてあたしに、人生初の恋人ができた。仮だけど。女子だけど。マジで、どうなるんだろう。
あたしはとても嬉しそうにはにかむしーくんの容姿に見とれながら、途方に暮れた。