天使かな
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
恐る恐る綾子の家に入る。綾子の家にお邪魔するのは初めてではないけど、やっぱりご家族がいてとなると緊張する。
気楽な綾子はこっちこっちーと、いつもは素通りするリビングに私を誘導する。中に入ると、すぐにでも夕食の時間になるらしく、綾子の母親らしき人と姉らしき人がいた。
「おかえりなさい。すぐご飯だから、二人とも荷物置いて着替えてきなさい」
「おかえりーって。なに、誰か泊まるの?」
台所に立っていたお母さんがそう声をかけてくれて、ダイニングテーブルについていたお姉さんが振り向いた。全員美人だなぁ。
振り向いたお姉さんは私を見るなり、ぽかんと大きく口をあけた。え。なにか、おかしかっただろうか? 綾子にも聞いて、失礼でない服装を選んできたのに。
「なっ、いっ、イケメン! ちょーイケメンきたー!」
「わっ」
お姉さんが勢いよく立ち上がって飛びつくほどの勢いで私の前にきて、思わず一歩引いて声をあげてしまう。戸惑う私をかばう様に綾子が前に出て、お姉さんの肩をつかむ。
「はいはい! これあたしのイケメンだから手ぇ触れないでよ!」
「ん? あんたの? てことは女か。なーんだ。じゃあいいや」
綾子の言葉に、途端にお姉さんは興味を失ったように頭をかく。その隙にと、何とか私は挨拶をするために口を開く。
「あの、初めまして、お姉さん。私は」
「しーくんでしょ? 綾子の恋人の。知ってる知ってる。耳タコだから。泊まるのはいいけど夜中騒がないでね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「よろしく。んじゃ、ご飯食べるから、早くしてね」
席についたお姉さんに、せかされるけど、お母さんを無視するわけにもいかない。こちらを微笑ましそうに見ていたお母さんにも会釈して声を挨拶をする。
「あ、はい。えっと、お母さんも、初めまして」
「はいはーい。登代子です。よろしくね、しーくん。挨拶するのはいいことだけど、料理が冷めるから早くしてね?」
「わかったって。しーくん急いで」
「あ、うん」
綾子に背中を押されて、綾子の部屋に行き荷物をおろす。制服のままの綾子が着替えるので、背中を向けつつ尋ねる。
「あの、綾子。もしかしてなんだけど」
「なにー?」
「私と言う女の子の恋人がいること、家族に話してるの?」
「そりゃもちろん。ていうか、話してなかったらお姉ちゃんがあんな反応するわけないじゃん?」
「……そうだよねー」
「? なに? 何かまずかった? 自分で言いたかったとか?」
「いや……恥ずかしいだけ」
「しーくんたら、ほんと恥かしがりやだよねぇ。可愛い。よし、じゃあ着替えたし行くよ。今日のご飯はあたしの大好きなシチューでーす」
綾子に促されていくけど。えーと。ごめん。頭がついていかなくてシチューで喜べない。
マジか。そういう事話してるんだ。ていうかそれでお泊り許可でてるってことは、完全に家族公認ってことだよね。お姉さんの騒がないでって言うのも、そういう意味込みで? いや、もちろんそんな展開はないけど。でも綾子以外の意識ではそうなってるよね?
マジで? 死ぬほど恥ずかしいんだけど。
夕ご飯をご馳走になり、その間も無難に会話をこなした。つもりだけど、自信はない。だって、普通に家族の前でも綾子が普通に学校みたいにいちゃつこうとしてくるんだもん。
なに、なにこの拷問。なんで家族じゃない私のほうが気まずくなってるの? お姉さんも最初にはぁ? って顔したけど普通に流してるし、この家はいったいどうなってるんだ! ってそれにこたえてあーんしちゃった私にも問題はあると思うけど! だって綾子が可愛いんだから仕方ない!
とにかくそんな時間も終わり、何とか綾子の部屋に戻った。
「はぁー、き、緊張した」
「え? 何の緊張?」
「……いいです。綾子はそのままでいいです」
「? とりあえず、お風呂の順番は最後だけどいいよね?」
「それはもちろん。……やっと二人きりだね」
隣に座ってそう言うと、綾子はぽっと頬を染めた。いけいけの綾子ももちろんいいけど、恥じらっておとなしい綾子ももちろん可愛い。
「ふふ。しーくんたら、えっちなんだから」
「えー? 二人きりって言っただけなのに? 何を想像したのかな?」
「……意地悪。ねぇ、もっと、近くで座ってもいいんだけど?」
「綾子、私の膝……空いてるよ?」
「え? 膝って……こ、こう?」
綾子がもっと近づいて触れあいたいよぅとおねだりしてくるのが可愛くて、私は思い付いたことを言ってみる。綾子は一瞬え? って顔をしたけど、私の膝と顔をそれぞれ二度見してから、おずおずと体を寄せてそっとお尻をあげて私の左膝にのせた。
とても遠慮がちで、全然体重をかけていないので、私は綾子の腰に手を回してお腹の前で手を組むようにして引き寄せる。お腹と背中が密着するように抱き締める。
「こう、だよ」
さすがに少し重いけど、綾子の重みだと思うと全然苦ではない。むしろ、もっと押し潰してほしい。
「し、しーくん。その、重くない?」
「羽根みたいに軽い。綾子って、天使かな?」
「もぅ。大好き」
固くなっていた綾子が、笑いながら息をついて私の体にもたれ掛かってくる。頭も後ろにして、私の頬にあててくる。
「綾子、髪からいい匂いするね」
「そうでしょ? ふふふ。けっこーいいやつ使ってるもん。明日はおんなじ匂いだよ」
「いやぁ、綾子だからいい匂いなんだよ。はぁ」
「んっ。くすぐったいよぅ」
わざとらしく綾子の頭に頬擦りして呼吸すると、耳に息があたったみたいで綾子の体が震えた。可愛いし、ちょっと興奮する。むくむくと悪戯心がわいてきて、綾子の耳元に顔を寄せる。
「ふー」
「あははっ! も、もう! しーくんやめて!」
「あはは、ごめんごめん」
「もー。しーくんて、ほんとに、可愛いんだから」
可愛いのは綾子の方だ。だけど、悪戯をしてもそんな風に笑って許してくれる綾子が、本当に愛おしくて、たまらなくなって、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめる。
暖かくて柔らかくて、だけどしっかり存在している綾子が、今一番私の傍にいて、誰より私の近くにいて、私だけのものなんだと思うと、幸せだと実感する。本当に、好きだ。好きでたまらない。こんな感情があることは今まで想像したこともなかった。
「はぁ……綾子、好きだよ。大好きだ」
「うん。あたしも好きだよ。だーい好き」
「綾子は声まで可愛いね」
「えー? 何それ。じゃあ、しーくんは、声まで格好いいね。イケメン」
「じゃあ、なんだ?」
「えー、いわんや、とか?」
「ははっ。もー、綾子って、ほんとにすごいね」
「え? ふふふ、それほどでもあるけど?」
そこで意味もわからないのにそのチョイスしちゃって、どや顔ができる綾子が、見ていてほんわかするし、可愛くてたまらなくなる。
そのままイチャイチャしていると、ドアの外からお風呂に入るよう声がかけられた。綾子と一緒にいると、時間が過ぎるのが早いなぁ。
「さて、じゃあお風呂はいろっか」
「あ、うん」
お風呂場まで案内してくれるのかな? と思って着替えを持って二人で移動する。そして到着して、おもむろに綾子が服を脱ぎだした。
「えっ? あ、ごめんっ。綾子が先だったんだね」
「は? 普通に一緒に入るでしょ?」
慌てて踵を返そうとする私に、綾子は上着を脱いだ状態で私が開けようとするドアを押さえて開かないようにさせる。え? 一緒に? どういうこと? 混乱する私に、綾子は普通に首を傾げる。
「え?」
「いや、遠慮する意味が分かんないだけど? 私たち恋人だし、女同士なんだからお泊りの時は普通に一緒に入るでしょ」
「……そ、うだね」
「うん。着替えはこっちの籠にいれてね。洗濯物は洗濯機に」
「あ、はい」
いや、いやいやいや! えー……本当に? 恋人だから一緒にお風呂と、女同士だから一緒にお風呂は全然別の意味なんだけど!? 恋人としてならあれこれ許されるって思うけど、女同士なら健全マックスになるよね!?
もちろん綾子だし、恥じらいも見えないから健全な気持ちなんだろうけど! でも、えぇ? 私はどうしたって恋人って思うし、そんな。
と思うけど、やっぱりこのチャンスを逃す手もないわけで、そもそも断って綾子を意識させるのもどうかと思うわけで。私は唾を呑み込み、平静を装いながら脱ぎだす。
今まで体育の着替えの時とかも当然一緒だけど、可能な限り我慢して目をそらしていた。だけど、今日は本人が言ったのだ。恋人として一緒で当たり前でしょ? って。なら見てもいいよね? 見るくらいいいよね?
「しーくん、しーくん」
「んっ? な、なに?」
「あたしの胸見てるでしょ? ばればれだよ?」
「んっ!? そ、それはその」
「人に見られるの慣れてるけど、恋人だしいやらしい気がするから、あんまりじっと見ないでよ? なんか恥ずかしいし」
「わ、わかった」
綾子は胸が大きいからか、今まで友達と一緒に入った時にも見られるようで、見ていてもそれほど気にされてなかった。よかった。セーフ。
と言うか、胸を見られたらわかるのって本当なんだ。今まで一切見られた意識なかったということは、私、自分で自覚してなかったけど、貧乳だったのか。
若干ショックをうけつつ、とにかく二人とも裸になったので中に入る。




