言うのも恥ずかしい
「はぁ!? なにそれ! どっからどう見てもラブラブなあたしたちなのに、どーやったらそんな勘違いするわけ!?」
学校から出て帰宅しながら一連の流れを説明すると、案の定綾子は激おこになった。怒ってても可愛い、と思えるのはその内容からだろうけど、本当にぷりぷりしてるのも可愛い。
私はそんな可愛い綾子にどうどうと微笑みながら落ち着かせる。
「まあまあ、私からもキツく言っておいたから」
「えー、しーくん優しいからなぁ」
「そんなことないよ。綾子のことは好きだから優しいだけ」
「えへへ。あたしもしーくん好き。じゃなくて、でもしーくん佳之子にもひまにも優しいじゃん」
「二人は友達だから。まあとにかく、もう関わらないし、名前も知らないから、忘れようよ」
「うー。しーくんがそういうならわかった。でも、もしまた同じことあったら絶対呼んでよ? すぐ行くから」
ぐっと両手を握って力こぶをアピールして言う綾子に、思わず笑ってしまう。本当に、なんて頼もしい。こんなことを言われたら、むしろもう一回くらい本当に来ないかなと思ってしまう。
「でも、なんか、やっぱりショックだな。あたしたちって周りから見て、そんな感じなんだ」
「そんなことないよ。あの二人が特別悪意を持ってただけだって。クラスとか、みんな普通でしょ」
「普通だし気にしてなかったけど、気を使わせてたのかも。てか、しーくんも、男の子扱いして、嫌なら言ってよ? あたしは別に本気で男の子としてしーくんのこと好きなわけじゃないんだから」
眉尻をさげてしょんぼりした顔で、綾子は顎を引いて上目使いに私の様子を伺ってくる。わざとかと言いたいくらい可愛い。
「嫌じゃないよ」
これは本当だ。何も可愛いからいいって言ってるわけじゃない。
私だって女の子として生まれ、茂子何て名前を付けられて、必要以上に女の子になろう、としたことがないわけじゃない。小学生の頃は茂子の自分には似合わないと思って、意図的に男の子みたいに短い髪とズボンにしていたけど、中学入学を機に変わろうとしたことがある。
だけど制服を着て初めてスカートをはき、その頼りなさに、お行儀の良さを求められる息苦しさに嫌になった。髪の毛は伸ばし始めて、女の子らしくなってきたと思う長さになるころに、自分がくせ毛で手入れにとても時間がかかることに気づいた。
いや、くせ毛なこと自体は知っていたけれど。短い時は髪の流れに沿わせば頭の形はそれらしくて何も問題はなかった。だけど半端に長いと、耳の下から伸びている毛が右へ行ったり左へ行ったりして、どうしても整わない。右も左も同じ方向をむくので、右は内向き左は外向きとなってしまう。そんな左右非対称な髪形は嫌だ。時間をかければ直っただろうけど、朝の忙しい時間にそうするほど髪の毛に情熱を持てなかった。
そんなわけで、私は髪を伸ばすのをやめたし、スカートも好んではくほどではない。友達もできて受け入れられていることもあり、もうそのままの自分で行くことにした。男の子みたい、と言われることもあったけど、それは自分で選んだ格好によるものなので、それほど気にならない。むしろカッコイイと褒められるようになると茂子と馬鹿にしてくる人は少し減ったので、カッコイイと言われるのは嫌いではない。
そう言う私の心情を、何とか説明すると、綾子はふーん? とよくわかっていなさそうな顔で頷いた。
「あたしは髪の毛に全然癖がないし、カールとかつけるの結構大変だからくせ毛ってうらやましいなと思ってたけど、そんな苦労もあるのね」
「へぇ? まっすぐな髪質でうらやましいと思ってたけど、そっちも悩みはあるんだね」
「ないものねだりってやつだね」
確かに、そう言うものだろう。私も茂子に文句ばかり言っていたけど、案外ほかの名前でも100%満足するということはなかったのかも知れない。まあ、茂子ほどではないだろうけど。
「でも、じゃあ、これからもしーくんのことカッコイイと思っていいんだ?」
「言ってくれてもいいよ?」
「しーくんカッコイイ! 素敵! イケメン!」
「……ごめん、さすがに往来で連呼は恥ずかしい」
「あたしのことは往来で連呼してもいいよ?」
「……可愛い! ……ごめん、言うのも恥ずかしい」
だって大きい声出すと、結構周りから見られるし。ヘタレでごめん。
綾子はいつでも堂々としているのに申し訳ないな、と思う私とは裏腹に、綾子はにぃと笑って私の肘を自分の肘でつついてきた。
「もー、しーくん可愛い」
「……カッコイイは言われなれてるけど、可愛いって言われると、少し照れる。だからあんまりからかわないでほしいんだけど」
前からたまに綾子は私に可愛いと言ってくるし、女の子はすぐ何でも可愛いって言うし、可愛いって言う綾子は可愛いから全然いいんだけど。でも私に可愛い要素はないよね?
だからそう言ったんだけど、綾子はきょとんとして、それからまた悪戯っぽい笑顔でつんつんと肘で私の脇腹をつついてくる。
「もー。自覚ないのも可愛い。しーくんは確かにカッコイイイケメンだけど、女の子なんだから可愛いとこもいっぱいあるんだから」
「う」
本気で言ってくれてることがわかるだけに、気恥ずかしい。綾子みたいな女の子こそ、本当に可愛いと言うと思うんだけどなぁ。とは言え、別に私も本気で自分を男だと思ってるわけではない。だから嬉しくないこともないんだけど、うーん。反応に困る。頭をかく私に、綾子はむふふと笑う。
「しーくんのこと知って、なんだか前よりしーくんのこと好きになっちゃったな」
「本当に? 何というか、どちらかと言うと情けない話だったはずだけど」
「うん。しーくんが意外とズボラだって話だったね」
……まあ。確かに。要はオシャレに手間をかけるのが面倒だからやめたって話だしね。でもその割ににししと笑う綾子は、私の話に全く悪印象がないようだ。まあ、あったら綾子ならそのものずばりで言うだろうし、好きになったの言葉を疑わないけど。
「完璧な王子様みたいに素敵なしーくんにも、あたしと似たところがあるんだなって、親近感感じるよ」
「綾子はいつでも前向きだね」
「そう? 普通だよ」
「そういうところ、好きだよ」
「ふふっ。しーくんって本当に可愛い」
「え? えっと、今の会話でそう思うところあった?」
「うん。だって、褒め言葉の連呼は恥ずかしくてできないのに、好きって気持ちは言っちゃうところ、とっても可愛いよ」
「……恥ずかしいよ」
「恥ずかしがるところも可愛い。しーくん大好き」
……まったく。綾子は。本当にまっすぐで、大好きだ。こんな人と出会えて、こんなにお互いを思いあうことができて、私はとても幸せだな。
しみじみと、そう思った。
「じゃあ、気持ち切り替えて今日もデートしよっか。どこ行く?」
「私の家は?」
「……いいけど、えっちなこと考えてる?」
「そんなことないよ。ただ、また手を握りたいなって思っただけだよ」
「それだよ。まあ……あたしも嫌じゃないけど」
まったく綾子は、可愛すぎる。いつか、往来で愛を叫ぶだけじゃなくて、往来で手を繋げるようになったら嬉しいなぁ。




