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頼んでないから

「茂子さん」

「……何?」


 久しぶりに呼ばれた呼び名に、反応が遅れてしまった。心から嫌だ、とは思わないけど、やっぱこの名前、好きにはなれないなぁ。

 ともかく呼ばれて振り向くと、そこには見覚えがあるようなないような二人の女子生徒がいた。はて? 上靴の色から同学年だろうけど、同じクラスではない。転校生と言ってもさすがにもうクラスメイトは覚えた。誰だろう。と言うか、何の用だろうか?他クラスの人と交流を持つほど、私の日常は暇ではなかった。


「ごめんなさい、急に。私たち、少し用事があって。少し、いいかな?」


 今は最後の授業が終わって、トイレに行った帰りだ。これからクラスに戻って、綾子とデートをする予定だけど。でも特に急ぐわけじゃない。昨日もしているし、少しと言われた話を断るほどではない。意味もなく角をたてるほどではないので頷いてついていくことにした。

 すぐ近くの空き教室に入って、二人は私に向かって、どこか緊張した面持ちで、躊躇うようですぐには要件を口にしない。


「あの、何かな?」

「その……私たち、茂子さんの味方をしようと思って」

「……味方?」


 え? いったい何のことだろう? 普通に意味が分からない。どういうこと? 味方って。唐突すぎる。別に私は悪の組織と戦ったりしてないけど? とでも突っ込めばいいの?

 きょとんとする私に、二人は勢いづいたように一歩私に近づいて、声を潜めつつも力むという器用な声で、文章にするのもバカバカしい以下のことを話してくれた。


 彼女たちいわく、私はいじめられていてとても可哀想らしい。

 転校早々、名前がダサいと言われてからかわれ、それからも君付けして男扱い。こんなにも格好いい凛々しいお姉さまみたいなのに、馬鹿みたいな呼び方で下に見ている。ついには優しいのをいいことに恋人とか、完全に玩具として扱っている。あまりにも可哀想だ。だいたい茂子っていい名前だし、文句を一緒に言ってあげる。もうあんな子たちとは離れたほうがいい。私たちの仲間にいれてあげる。そもそもあの子たちは元々ちょっと変わり者だった。とかなんとか。


 なんなの、それ誰のこと? と言いたいくらいだ。いったいどこの平行世界の話なのか。


 からかわれてないし、自分でもしーくん呼び気に入ってるし、普通に私から好きになった。それにダサいとまで言われてない。一応否定されたわけだし。別にいい名前と言われても嬉しくないし、むしろじゃああなたが茂子と名乗れば? と言いたくなるくらいイラッとする。そんな慰めを言われて、例え本心で言ってるとしても自分で嫌いな名前を褒められても嬉しくないものは嬉しくない。


「あの、私のこと気遣ってくれているのはわかったけど、私は別に困ってないし、普通に仲がいいだけだから」


 イラッとはしたけど、一応私のことを気遣って言ってくれているのだろうし、やんわりとお断りする。そう言う味方は全くいらない。


「かばう必要なんかないんだよ」

「そうだよ。あの子たち声が大きいし大騒ぎして下品だし、ほんと見てられない」

「茂子さんみたいな綺麗な人が、絡まれているの見てられないよ」


 ……めっちゃくちゃイライラする。こう言う奴らが一番嫌いだ。何も知らないまま、自分の考えが一番正しいと思ってる。思うのは勝手だけど、それを人に押し付けないでほしい。


「私は下品とか、全然思わない。好きで友達をしてるし、あなたたちがしてるのは余計なお世話だ。構わないで」


 イライラを抑えながらなんとか優しく、でもって確実に否定できた。ここまで言えば勘違いのしようがないだろう。

 私の言葉に、二人はさっと顔色を変えた。同情していたあざけりから、腹立たし気な馬鹿にする顔へ。こう言う人、前の学校にもいた。正義感に強い、自分に酔ってる人だ。


「なんなの? 私たち親切心で言ってるんだけど」

「そうだよ。茂子さんのためを思って、仲間にしてあげるって言ってるのに」

「頼んでない。友達の悪口を言われて、喜ぶ人がいると思ってるの?」

「はぁ? あんな人たちと友達してたら、茂子さんまで、誰からも相手にされ」


 これ以上会話をしたくなくて、私は勢いよく真横にあった黒板に拳を叩きつけた。ばあんと派手な音がした。びくっとして一歩後ずさる二人を睨む。


「黙れ。勝手に名前で呼ばないでくれる? あと、もう私たちに関わるな。頼んでないから」


 返事を待たずに教室を出た。なんなんだ、あれは。

 まあ確かに、あのグループは若干ちぐはぐな感じで、この微妙なお嬢様学校のグループ内で異色な感じで浮き気味ではあったけど。でも別にクラスメイトは普通に挨拶したり話したりしているのを見たこともある。なのによくあそこまで言えるものだ。何を根拠に言っているのか。

 逆に、あんな人ばかりなら、相手になんかされなくて結構だ。こちらから願い下げだ。綾子は特別な存在だけど、それだけじゃなくて佳乃子もひまも、かけがえない友人だ。それを十把一絡げの変な人として馬鹿にするなんて、許せない。腸が煮えくり返りそうだ。


「あ、しーく……しーくん、何かあった?」


 教室に戻ると、待っていてくれた綾子が振り向き、神妙な顔をしてすぐ私に近づいてきてくれて、そっと私のひじ当たりの制服をつかんだ。

 すぐ気づいて心配してくれたのが嬉しくて、だけどこんな時でも健全で控えめな距離感なのが可愛くて、私は笑って綾子の手をとり握った。


「なんでもないよ」

「嘘。あたしには言えないこと? 恋人なんだから何でも言って。全部何とかしてあげるから」


 根拠のない頼もしい言葉に、おかしくなって笑ってしまう。さっきの彼女たちと同じように、根拠のない言葉なのに、どうしてこんなに違うのか。


「綾子は、いてくれるだけで全部何とかしてくれるんだから、凄いね」

「馬鹿にしてる? あたしは本気だよ」

「違う。怒らないで。本当に、綾子が心配してくれただけで何でもなくなったの」

「……だとしても、説明して。しーくんがあんな顔をするような何かがあったなら、知りたい。あたしも一緒に怒りたい。そう思うのはうっとうしいこと? うざい?」


 怒った顔からすぐに悲しいような寂しいような顔になる表情豊かな綾子。ああもう。そんな風に大好きな恋人に言われて、嫌だなんて言えようか。むしろ、そんな風に我がこととして扱おうとしてくれる恋人がいることを、誰彼構わず自慢したいくらいだ。


「ううん。嬉しい。じゃあ、帰りながら話そうか」

「うん。わかった」


 そうして綾子は頷いてから鞄を取ろうと反転しかけて、私に手を握られていることに気づいて真っ赤になって手を払い、そっと周りを見渡した。大丈夫。綾子が気づいてなかっただけで、みんな見ないようにしてくれてるから。

 案の定気づいていない綾子は、誰にも見られてないなとほっとした様子で席に戻って鞄を持った。


 このクラスで、確かに綾子のグループは浮き気味だけど、けして嫌われているわけじゃない。それは周りの目を見ればわかる。確かに綾子は破天荒なところがあるし、若干遠巻きにされているけど、けして悪い意味ではない。微笑ましいものを見るような目さえされている。嫌われて相手にされていないわけではないのだ。

 この学校に来て、私立のお嬢様学校に通う人と言うのは心に余裕があるから悪意とは程遠い人ばかりで、だから少し違う人にも鷹揚で好意的に受け止めるのだなと思っていた。少なくともクラスメイトはそんな感じだった。だけどやはりみんながみんなそうではないようで、ああいう人がいるのだな、私は久しぶりに人間をうっとうしく感じた。


「しーくん、そろそろ、話してくれる?」


 おっと。それじゃあ、簡単に説明しよう。もう終わったことだ。幸い余所のクラスの人だ。関わらなければいい。そんなことよりこの話を終わらせて、綾子と笑顔でデートしたい。

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