愛情たっぷりだからね
綾子と恋人になって、一週間が経過した。綾子はいつでも元気で、だけど奥ゆかしくて特に二人きりだととても恥ずかしがり屋で、意地っ張りになるところもあるけど、そこがまたとてつもなく可愛い。
もう、世の中にこんなに可愛い人がいたなんて、それだけで幸せなくらいだ。なのにそんな綾子が私の彼女で、私だけのもので、私だけにその可愛い顔を、声を、しぐさを見せてくれているのだと思うと、もう世の中全てが素敵なものでできた幸福の世界のように思えてしまう。
今まで名前で悩んでいたりしたことが、本当にくだらないと思う。『しーくん』ととけそうなちょっとしたったらずな甘い声で呼ばれると、もう茂子と名付けられたのは綾子にこうして呼ばれるためじゃないかとすら思う。親と喧嘩したのが本当に申し訳ない。
むしろ茂子だったおかげで、綾子とこうして仲良くなるきっかけとなったのだから、茂子に生まれてよかった! と言ってもよいくらいだ。いやまあ、茂子と言う名前が可愛いよい名前とはいまだに思ってないけど、とにかくそのくらいには気持ちが前向きになった。
「しーいーくーん」
「なに? 綾子」
今もまた、綾子が私の名前を呼ぶだけで、何だかにやけそうなくらい嬉しい。綾子が私のことを見て私を思って心を込めて甘く呼ぶ。それだけでとても幸せな気持ちになる。名前ってとても大切だなと、綾子のおかげで毎日実感できる。名前を呼ばれたいと思うのはいつも、綾子だけだ。
「もう、なにじゃなーい。今日のお昼は、んふふ。約束してた愛妻弁当なんだから。ちゃんとおなか減らしてきたよね?」
「もちろん。もう三日も何も食べてないよ」
「もー。嘘ばっかり。でもそんなところも好き」
「ごめんごめん。楽しみすぎて、ついそんな気持ちになっちゃたよ」
綾子はとても可愛い。可愛すぎてたまらない。本当はもっと抱きしめて口づけたり、直接的に触れ合いたいとすら思ったりもするのだけど、綾子が可愛すぎて、時々手をつないだり頬にキスしたりするのが限界だ。
綾子は二人の関係を隠そうとはしないから、歩く時だって手をつないだりもしたいけど、恥ずかしがり屋の綾子はけして人前で触れようとしない。物足りなく感じなくはない。だって付き合う前は当たり前に触れてたりしたから。
だけどそれが綾子の恋人への態度だというなら受け入れる。綾子が私に頬を染めていっぱいいっぱいになってるのがわかるから、私はちゃんと待つつもりだ。そんな綾子が可愛いから、出会ってからずっと我慢していたのだから、未来あるこれからを楽しみに少しずつ進めていくためなら、待つくらいなんてことはない。
なにせ綾子はとてもいじらしく、こうして恋人らしくなろうと頑張ってくれているのだから。それ以上に綾子に求めることなんてない。むしろ、目まぐるしいほどで綾子のスピードについていくだけで、毎日楽しくて仕方ない。待ってるなんて意識すらしない。日々楽しい。こんな日々が、ずっと続けばいい。
「しーくん、美味しい? 美味しいよね? あたしの愛情たっぷりだもん」
「もちろん、美味しいよ」
「あんた、その問いかけで美味しくないって言えるわけないでしょ。しーくんもたまには一言物申したほうがいいわよ。綾子、どんどん調子に乗るから」
「んー。確かにひまもぉ、どんびきー」
「ちょっと外野うるさい」
「何なの? うるさいとか言うなら余所でしてくれる?」
「何よぅ。あたしらいなくなったら寂しいだろうから、友情に厚いあたしは一緒に食べてあげてるって言ってるのに」
お昼、教室で今まで通りの四人で一緒に席をくっつけて食べている。2人きりで、と言う気持ちがないとは言わないけど、佳乃子とひまのことだって大事な友達には変わりない。放課後はデートする分、学校ではおしゃべりしたい気持ちもある。あと、友情に厚い綾子も好き。なので今まで通りで構わない。
まあ、綾子はみんながいてもお構いなしに好き好き言ってくるので、少し気恥ずかしくもあるけど。でも全く隠さないその明け透けな行為は嬉しい。それにもともとその天真爛漫さにひかれたのだ。少しくらいは我慢して、綾子の好きなようにしてあげたい。
「頼んでないですー」
「んー、でもひまは嬉しいかなぁ」
「もう、ひまったらいい子ね。よしよし、ひまにもあたし特製のお弁当をわけてあげるわ」
綾子は自分用に作っていたお弁当から、卵焼きをひとつひまのところへ移動させた。む。愛情たっぷりって言ったのに。とは思うけど、器の小さなところを見せて幻滅されたくない。私は綾子にとってできるだけ理想の王子様でいてあげたいのだ。我慢我慢。
「ん。美味しー」
「そうでしょう。友情パワーたっぷりだからね」
「あはー。綾子ちゃんちょーテキトー」
「どれ、私も味見してあげるからよこしな」
「断る」
すげなく断る綾子だけど、佳乃子と綾子は付き合いが長くて、それだけ遠慮ない関係って感じで、正直ちょっと焼けなくもない。
綾子は佳乃子に向けたつんとした釣り目とは正反対の、目じりを落とした微笑みを私に向ける。これだけで優越感まで感じて嬉しくなる私は、きっと心が狭いんだろう。でも表に出すことはないから許してほしい。
「しーくん、どれが一番美味しい? また作るときの参考にするから教えて」
「ありがとう。作るの大変だろうし、無理しなくてもいいよ?」
「いーの。しーくんに作ってあげたいの」
「じゃあ、この卵焼きが、やっぱりおいしいよ。すごく好きだなぁ」
事前に卵焼きは甘いのとしょっぱいのどっちがいい? とかリサーチを受けていた。なので他のも好みだけど、卵焼きは見た目も綺麗に巻かれていて、ちょうどいい塩加減焼き加減で、かなり美味しい。
と言うか、綾子がお弁当を作ってくれると言ってきて、果たしてどうかと思ったけど、こんなにも料理上手だったとは。一度だけ調理実習があったけど、マフィンを作っただけだしお菓子と料理は違うから、少し不安はあったけど。本人が自信満々にもってくるだけある。まあ、綾子の場合、微妙なレベルでも自信満々かもしれないけど。そういうところが最高に可愛いんだよね。
「わかった。じゃあ卵焼きは毎回入れるね。もとからそのつもりだったけど」
「ねぇ、そんなに美味しいなら、ついでに私らのもつくってよ。ね? ひま」
「え? んー、それもいいかもー」
「ええ? なんで私が。ふざけんな」
「ふざけてない。散々人に合コンセッティングさせて、勝手に恋人作って、ちょっとくらいお礼してくれてもいいんじゃない?」
半目で責められ、綾子は先ほどまでの攻撃的な態度はどこへやら。途端に子犬のようにしゅんとして気まず気に視線を漂わせる。可愛い。
「うぐ。それは……まあ、悪いなーと、思ってはいるけど」
「ひまのことはぁ、無理しなくていいよー」
「むー。そんなこと言われたら仕方ないわね。しゃーない、明日は4人前作ってあげるわよ! あがめなさい愚民ども!」
「わーい」
「んじゃ下見ってことで。うっ。マジでうま。なんかむかつく」
「ちょっ、勝手に食べんなー」
「まあまあ。明日、楽しみにしてるわ」
佳乃子にお弁当のおかずを素早く横取りされて、自分のお弁当を抱きしめるようにする綾子だけど、佳乃子の言葉にはまんざらでもなさそうににやっと笑う。むむ。
「綾子。じゃあ明日も卵焼き、期待してるね」
「もちろん!」
こうしていちいち横やりをいれて、綾子の目を自分に向けてしまう。うう。まあ、綾子には気づかれてないから、いいよね?




