第五夜/捜査
この日のために準備したものを確認する。
チェーンソー、レザーフェイス、服装もなるべく同じようなものを揃えた。
ここにいる私はもう、私などではなかった。
「すみません」
扉横にたっている警備員に呼び止められ足が止まった。
私のマスクを見て驚いたのか、鼻白む警備員。
「失礼ですが庁内への刃物の持ち込みは禁止されています。御用でしたらこちらへ預けてもらってからお願いします」
こんな姿の私にもちゃんと対応しようとするあたり素晴らしい人物だと思う。
そんな素晴らしい人物に向けて、私はチェーンソーを振り下ろす。
キュイイイイイイとチェーンソーが肉を断つ。
飛び散る血しぶき。
何人もの人がそこにいるにもかかわらず、やけに静かに、その惨状を皆が凝視している。
そして、あの素晴らしい警備員の首が床へと落ちた。
ゴトッ
「ヒッ」
「「「「キャアアアアアアアアアアアア!!!」」」」
先ほどまでの静寂を切り裂く劈く悲鳴が鼓膜を震わせる。
逃げ惑う人々をゆっくりと睥睨しながら静かに数を数える。
私が私じゃなくなるまで
あと四人。
/
『現在、本庁にてチェーンソーを持った不審人物が暴れております。至急応援を』
「くそったれが!!」
俺はサイレンを鳴らして周りの車を追い抜きながら本庁へと車を走らせる。
「桐生警部、これって」
「間違いない。やつだ!」
普段はしないような荒い運転でどんどん飛ばしていく。
このペースならあと五分とかからない。
「すぐに機動隊が出動するはずです」
「……ああ、そうだな」
警視庁には暴動が起きた時などにすぐに出撃できるよう機動隊がいる。
俺達がつく前にその機動隊が鎮圧してくれる可能性が高い。
だが
「嫌な予感がする」
その予感が当たらないことを信じながらも、運転する手には力が篭められた。
/
『今すぐ武器を捨てよ』
庁内に降伏勧告を促すアナウンスが流れる。
そのアナウンスを鼻で笑い飛ばしながら歩を進める。
まだ生贄が足りない。
私は屈強な機動隊員が廊下を駆ける足音に身を隠しながら、一人で逃げ隠れしている人間を探して庁内をうろつく。
さすが日本警察のトップとでも言うべきか機動隊の出動は早く、一般人の撤退も早い。
予定ではもう二三人殺しているつもりだったのに、まだ一人しか殺せていない。
「どうしたものかね」
私はレザーマスクをポリポリ掻きながら、それでも焦ることはないと歩を進める。
私が私としてあるのならば、生贄はむこうからやってくるはずなのだから。
「こんなふうにね」
奥から聞こえてきた僅かな物音が明らかに大きくなった。
そちらに歩を進めると、逃げようとする足音に変わる。
私はその足音の方へと全力で走る。
相手は速くない。
おそらく女性。
しばらく追いかけっ子を楽しんでいると、その相手の姿が視界に写る。
やはり女性。それも、警察官らしい。
なかなかいい。やはり獲物は女性が映える。
私は己の感情の高ぶりに合わせるようにチェーンソーを掻き鳴らす。
その女性は逃げられないと悟ったのか私に向かって銃を向けてきた。
「素晴らしい」
いい。すごくいい。
「素晴らしぃいぃぃ!!」
「くっ!」
女性の銃が火を吹く。
その弾はどうやら外れたようだ。痛くも痒くもない。
「ざんねんだねお嬢さん」
彼女の勇敢な表情が次の瞬間絶望に変わり次の瞬間血に染まる。
人の脳を守る周りの骨は人体の中でも結構柔らかいのだ。
その中身は更に柔らかいのだけど。
私は脳漿が巻き付いたチェーンソーの刃を彼女の服で拭う。
「そろそろ切れ味が心配になってきたね」
そうは言っても、まだまだ先は長い。
そう、目標は
「あと3人」
/
「着いた、行くぞ室伏」
「はい」
警視庁に着くと駐車もロクにせずに駆け込む。
普段は多くの人が行き交う本庁のロビーには人の姿がなく機動隊が出張って物々しい雰囲気を醸し出していた。
「警視庁の桐生だ。中に入れてくれ」
「ダメです。中には殺人鬼がいます。そいつを逮捕するまで中にはいるのは危険です」
「そいつは俺が追っている犯人だ!」
「だからといっても丸腰のあなたを入れる理由になりません!」
「俺は一般人じゃない! 警察だ! 自分の仕事の責任は自分で払う。いいから行かせろ!!」
「ダメですって!」
そうして押し問答をしていると、奥の廊下から足音が聞こえる。
「……! やつか」
その言葉に俺を抑えこもうとしていた機動隊のやつもはっとしたように無線で応援を呼び出す。
「ホシ玄関ホールに現れました。至急応援を」
そのスキに俺はそいつへと駈け出した。
「あ、ちょっと!」
後ろから先ほどの機動隊の声が聞こえるが無視する。
奴は俺に気がつくとにやりと笑ったきがした。マスクをしているせいで表情はわからないのに不思議なものだ。
そして、その奥から覗く不気味な目を見て俺は確信した。
こいつは、あの時葬式であったあいつだと
「有馬聡、殺人容疑で逮捕する!」
俺は懐から手錠を取り出す。
それを見ると、奴は挑発するようにチェーンソーをかき鳴らし、背を見せて逃走を始める。
「やろう!!」
俺は背後から聞こえてくる制止の声にも振り向かずに奴の背中を追いかけ始めた。
/
「うぎゃあああああああああああああああああああ」
機動隊員の腕を切り裂く。
その後、足を切り裂く。
もう一本の腕も切り裂く。
もう一本の足も切り裂く。
そうしていくうちに、その機動隊員は動かなくなった。
あんなにもうるさかったのに。
「さすがに彼らの服を切りさいたらおじゃんですか」
手持ちに持っていたチェーンソーはいくら引っ張っても「ガガが」と鈍い音をたてるのみ。
もう少し保って欲しかったがしょうがない。
私は予備にと持ってきていた換えのチェーンに装着し直す。そうして起動するとまた軽快な音を立て始めた。
これで三人。
時計を見てみれば、そろそろ着く頃だろうと予想できる。
「行ってみますか」
出入口は厳重に封鎖されていると思ったのだが、そこを守るのは二名だけだった。予想以上に少ない人数だが、この広い警視庁全体を捜索しているのなら、一箇所に集めるのは無駄かもしれないため悪い判断ではないように思われる。
むしろ、たった一人で警視庁内で暴れまわる相手など想定されていないだろうから、なかなか対処が難しかったのかもしれない。
そんなことを考えながら向かった先には
案の定、彼がいた。
その彼は何やら機動隊を怒鳴っているらしいが、何を言っているのかはわからない。
私は気にせず歩を進める。
その音にまず最初に彼が気がついたのかこちらをじっと睨む。
その後機動隊の男も気がついたようだ。
その男がこちらを見つけて仲間を呼んでいる最中彼が迫ってきた。
(ああ、やはりあなたでしたか)
私はニヤリと笑う。そして、彼が何かに気がついたように目を見開くと
「有馬聡、殺人容疑で逮捕する!」
と宣言してくる。
その言葉に私はこのまま逮捕されようかとも思ったが、頭で考えるよりも早く身体が動いた。
彼を挑発するようにチェーンソーをかき鳴らすと同時に駈け出した。
どうやら私はまだここで立ち止まってはいけないようだ。
そう。まだ三人しか殺していない。
後ろから迫る刑事を意識しながら、私は数える。
あと二人
/
「くそ、野郎どこにいった」
特徴的な服装とは言いがたいが、その顔につけているマスクとチェーンソーは嫌でも目を引く独特のものを感じる。
その格好から今回の犯行がどの映画から持ってきているのか嫌でもわかる。
マスターフィルムがニューヨークの近代美術館に保管されていることでも有名な『悪魔のいけにえ』だ。
その作品で恐ろしいのはあのレザーマスクをつけた男一人ではない。その家族が頭のイカレタ糞野郎である。
だが、いまここでチェーンソー振り回しているのは一人だけ。
「必ず見つけ出してやる」
俺ならどこに行く。
奴の行動を考えるんだ。
この本庁は広い。闇雲にやっても見つけられない。
今あいつは『悪魔のいけにえ』をなぞって行動している。
そのシーンの一番有名なのはなんと言ってもラストシーン。
チェーンソーを高々と振り上げ獲物が逃げるのを悔しがるレザーマスクに夕日が指すシーンだ。
時刻はもうすぐ夕刻。夕日が指す時間にしてはまだ早いが
「いちかばちか」
俺は夕日の指す場所、屋上を目指した。
/
「あああ、やめろやめろやめろやめろ私が誰だと思っている私は……私は!!!」
煩く喚く男を切り伏せた。
やや物足りないが目についたのだからしょうがない。
ほんとは私を止めてくる正義のものを殺したかったのだがそう都合よくは行かなかった。屋上にいたのは多くのものが逃げ隠れている場所から一人逃げ出そうとヘリに駆け寄った小物。
一緒にいた者達はそんな小物を早々に切り捨てたのかもう既に空の彼方だ。
私は残り一人をどうしようかと思っていると、屋上へと通じる扉が開かれる。
そこには
「やはりここにいたのか」
彼がいた。
「演出が好きだな『レザーフェイス』」
「……」
私は喋らない。
レザーマスクを付けた男は余計なことを言わないのだ。
その代わり、チェーンソーを掻き鳴らす。
彼はゆっくりとこちらに歩み寄るとさきほど聞いたセリフをもう一度繰り返した。
「有馬聡、殺人容疑で逮捕する」
私はそのセリフに先ほどとは異なり、背を見せることなく逆にチェーンソーを高々と掲げあげる。
そこに
夕日が
差しこんだ
影が長く、長く引き伸ばされる。
永遠のような、一瞬のような、閉じ込められたフィルムの中。
彼はそんな私の姿を見て、静かに銃を構える。
そして、私は彼にチェーンソーを、彼は私に銃を
この結末を、私は望んでいたのかもしれない。




