第四夜
「先生本当にいいんですか」
彼女は私に申し訳無さそうに頭を下げる。私はそんな彼女におしつけるために精一杯の笑顔で答えた。
「構いません。我慢して支えた彼女へのご褒美です」
そう言って向けた視線の先には大きめの人形。
「えへへ、先生有り難う」
彼女は嬉しそうにそう微笑むと、私の渡した人形をぎゅっと抱きしめている。
「そんなに喜んでくれたら先生も嬉しいよ。大事にしてね」
「うん」
その様子を微笑ましくも悩ましそうに見るのが母親というもので
「本当になんてお礼申し上げていいやら……」
なんて未だに言っている。
でも、それならば丁度良い機会を与えようじゃないか。
「ほんとにそんな遠慮なさらないでください。ただ、この人形のことは内密におねがいしますね。何も知らない子供が嫉妬してしまうかもしれないので。黙っていてくだされば結構ですよ」
そう言って私は彼女に微笑むと、ようやく彼女も罪悪感を和らげることができたのか、再度「何から何までおせわになりました」と頭を下げた。
そういって、部屋から出て行く親子を見送る。
きちんとドアが閉まったのを確認すると、次の診察までに急いで仕込みが働いているかを確認する。
パソコンをいじり、設定を立ち上げる。
すると画面にはゆっくりと変化する風景が映しだされていた。
「うんうん」
私はひとりごちると、手元のコーヒーを一口すする。
そして、その画面が急に動き先ほどの彼女の顔を写したところで画面を切り替えたのだった。
彼女へと渡した人形は市販品である。その目だけは私が改造したカメラを内蔵しているがね。
今の時代小型カメラ程度ならすぐに買えるし、ちょっと調べればこの程度のこと片手間で行える。
いい時代になったものだ。
私はその日のぶんの仕事を終わらせると、まず家に帰る。
「ただいま」
一人暮らしの私にはもったいないほどの広さがあるこの家。
元々は家族で暮らしていたのだが、親が隠居すると同時にこの家を私に譲ったのだ。両親はどうしたかというと、避暑地で新しく家を立ててそこで暮らしている。
まぁ、感謝しているよ。
マンションやアパートだったらこんなにも道具を準備できなかったし、練習台の片付け先にも困っただろうからね。
「さてと」
私はパソコンを起動し、画面を立ち上げる。
どうやら人形は彼女の部屋にいるらしい。
残念ながら音は拾えないが、その行動で今何をしているのかは容易に想像できる。
「いい時間だ」
私は部屋からお気に入りの物を取り出すと、それをいつも使っている仕事かばんにしまい家を出る。
そして、目当ての場所につくとインターホンを鳴らした。
『どちら様でしょうか』
「夜分遅くに失礼します。有馬です」
『まぁ、先生? ちょっとまっててくださいね』
そう言われ、しばし待つ。
すると、ガチャリと扉が開き、昼間見たのとはまた違った姿の彼女が現れた。
「夜分遅くに失礼します」
「いえ、どうしたんですか?」
「ええ、実は込み入った話がありまして時間が悪いとは思いましたが、急ぐべきと判断し、こんな時間の訪問となってしまいました」
「まさか、子供に何か?」
「とりあえず、いいですか」
私はかばんから何かを出す素振りをする。すると彼女は「立ち話もなんですので中にどうぞ」と私を中に招き入れてくれる。
「ありがとうございます。失礼します」
前はここで殺したが、今回はここじゃダメだ。
もっと家の中。普通の生活スペースがいい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
勧められるままにソファーに座る。
「それではまずこちらをみていただきたい」
そして、私は覗きこんできた彼女の目に家から持ち込んだ包丁を突き刺した。
「え、な、なに、痛い、いた、キャアアアアアアアアアアアア」
「ハイハイ黙ってね」
そして、叫ぶことで無防備にさらされた喉を掻き切る。
「あッっ」
一応念の為脊髄まで包丁を食い込ませ、私は立ち上がった。
「さて、そこで見ている悪い子は誰かな」
すると、扉の向こうから「ひぃ!」という悲鳴が聞こえる。
しかし、動いた気配はない。
私はことさらゆっくり歩き、そしていった。
「自分のお部屋に隠れた方がいいんじゃないかな」
その言葉に弾かれたように彼女はかけ出した。
その後を追うように私は歩く。
人間極限状態に追い込まれた状態で選択肢をひとつだけ示すと、それが失敗だと頭でわかっていたとしてもその選択肢を選んでしまうものらしい。
だから、彼女の逃げこんだ先は私の予想通り
扉を開けようとすると、鍵はかかっていないはずなのに抵抗を感じた。
私はそのささやかな抵抗に愉快なものを感じて、くつくつと喉の奥で笑う。
それが余計に恐怖を煽ったのか、扉の圧力が大きくなった。
しかし、子供と大人。しかも、男と女ではそもそも力比べにした時点で先は決まってる。
「諦めてね」
私はいつもグズる彼女をあやすような優しい声音で、本気で扉を開けます。
彼女も必死で抵抗したのでしょう。いかんせん力がなさすぎる。
扉は何の防御にもならず、無防備な彼女を晒します。
「ああ、あああああ」
彼女はうわ言のようになにかを言っていますが言葉として認識できません。
そんな壊れたおもちゃよりも大事なものがあります。
「ああ、あったあった」
机の上に飾られていた私が上げた人形をヒョイッと持ち上げると、その人形に包丁を握らせます。
そして、うわ言をつぶやく彼女へ
人形が包丁を突き刺す。
まだうめき声が消えるので、二度、三度と包丁を突き刺した。
私は動かなくなった彼女を見ると、彼女の血で赤く染まった愛らしい人形を放り捨て、メモを残す。
この前殺した彼から聞いた捜査状況では、そろそろ私にまで手が届きそうだった。
気になって、捜査方針を変更させたという彼の先輩も見てみた。
私の感が告げている、もう潮時かもしれないと。
最後は大きく暴れたいものだな。
私はその時のためどうするか考えながら家を出た。
私はそのまま家を出た。