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第三夜捜査

黒い服があたりをうめつくす。

この仕事を始めてから何度この式に顔を出しただろうか。

それでも、多くの場合自分との関係が薄い相手であり、感情をかき乱すよりも、使命感を燃え上がらせることのほうが多かった。

それなのに、今回の式はあまりにもあまりだ。


「まだ、こんな小せえガキ残して勝手に行くんじゃねぇよ……」


俺の前には脳天気そうに笑う後輩長政忠の写真。その横に二階級特進を果たしたことを示す書状があった。

また、そのすぐ隣には彼の奥さんであった女性の写真が同様に飾られている。

子供の泣き声がすると通報があり、かけ出した家には真っ赤にまみれた包丁を握りしめ、血の跡と吐瀉物で汚れた風呂場で泣きじゃくる同僚の子供がいた。

鑑識からの報告によると遺体の状態は無残の一言に尽きるという。

奥さんは頭を瓶で殴られた形跡があり、その後成人男性に首を絞められ苦しみながら亡くなったと推測できる。また、後輩の長政は口から喉にかけて包丁でズタズタにされておりその後、水のたまった浴槽に気を失った状態で頭から漬けられたためそのまま溺死したものだと推測される。


「許せねぇ。許せねぇよ……」


ただ単に殺すのではなく、いたぶりながら殺しているのがよくわかる犯行だった。

そして、案の定とでもいうべきか捜索された家の中からは映画のタイトルを記した紙が見つかった。

そのタイトルは『オーメン』。


「悪魔の子供ってか。あの子が」


俺は親戚に囲まれながら、未だ何もしゃべろうとしない後輩の子供を遠目から眺める。

凶器と思われる包丁からは彼と奥さんである彼女の指紋しか検出されず、その他の場所からも犯行当日の家からは家族以外の指紋は検出されていなかった。

しかし、食器洗浄機に入れられた食器の数から、その日あの家族には家族以外の第三者がいた事が判明している。そして、そいつがここ最近の連続殺人事件の犯人であり、後輩を殺した犯人であることも明らかだった。


「ちくしょう。上の慎重主義に付き合わずにさっさと解決に動いていればこんな事にはならなかったはずなのに」


悔やんでも悔やみきれない。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

俺は悲しみにあふれた葬式会場を後にする。

そして、懐から煙草を取り出し一本吸う。

俺はあの日警視長からもらった言葉から被害者の共通項をもう一度徹底的に洗いだした。

すると、ある病院が浮かび上がった。

そこから更に調べ上げ、病院のどの科に関わっていたのか。主治医は誰か。担当医は誰かということを調べあげた。

そして、資料にまとめて次の日の捜査会議にて提出した。

それが三日前。

昨日その資料の有用性が認められ、上から調査状が出ることになった。

そして、今日。

その病院への捜査が行われる日であった。

いや、捜査自体は行われているだろう。俺がこちらに出ることになっただけで。


「今日で終わらせたいものだ」


そうして、煙をくゆらせていた時「あの」と声をかけられた。


「もしかして、桐生さんでしょうか」


そう声を変えてきたのは、胡散臭そうな目をした男だった。

服の上からでは分かりにくいが、ちゃんと鍛えている体つきをしている。

俺は名前を言い当てられたこともあり、この胡散臭そうな雰囲気にわずかに警戒する。


「はい。私は桐生ですが……、どこかでお会いしましたか」

「あ、いえ、初めてです。よく彼が話してくれた先輩刑事と雰囲気が一致していたためもしかしたらと声をかけてしまいました。すみません」

「いえ、おかいまく。あいつの……彼のご友人のかたでしょうか」

「はい。有馬聡と言います。今回はほんとにお気の毒なことに」

「本当に、惜しいやつをなくしたものです」

「私にとってもかけがえのない友人だっただけに、非常にショックです。ただ、こんな時でも変わらず世界は動き続けるのですから神様は残酷ですね」


その、ポエミーな物言いに、あのコミュニケーション能力の高かった後輩の友人関係の広さに戦慄する。

俺はこの男とは友人関係になれそうにないなと思ってしまった。


「失礼。つい邪魔してしまいましたね。それでは失礼します。あなたとはまた会いそうですね」

「そうですね」


俺は内心もう二度と会わないだろうなと思い返事を返した。

そうして、男の姿を見送ってからもう一本煙草を取り出す。

そこで、ふと、気づく。


「あんなやつ、葬式の会場にいたか?」


確かに人が多かったが、それでも、あの男のような独特の雰囲気を持つものならば目に入りそうなものだ。

刑事という職業柄、人の顔というのは嫌でも目につく。指名手配犯などどこに潜んでいるのかわからないし、なにかおかしな挙動をしていたら軽く尾行したりすることが多いからだ。

そんな俺があのような胡散臭い男に声をかけられるまで気が付かなかったなんて。


「まぁ、こんな日ならそれもしょうがないか」


刑事も人の子。目が曇る時ぐらいあるってものか。

また、涙がこみ上げてきた。

それを拭おうとしたとき,ポケットに入れていた携帯が鳴った。


「桐生刑事。捜査が終わりました」


その電話は室伏からだった


「ご苦労。で、どうだった」


その言葉にわずかに言いよどむ雰囲気を感じる。

しかし、黙っていても仕方ないと思ったのか室伏は意を決したように告げてきた


「単刀直入に申します。犯人へとつながる手がかりは見つけられませんでした」

「何だって!?」


俺はここがどんな場所なのかも一瞬頭から飛んで、思わず大声を上げる。

そして、そのまま急いで車のところまでかけていき、エンジンをつける。


「どういうことだ犯人はその病院の関係者のはずだ。ちゃんと調べあげたか」

「はい。医師30名に調査を行いました。そこまで大きな病院ではないため当時の主治医は二人ともすぐ見つかりました。そして、話を伺ったのですが、その患者二人共が元々は他の病院から来た人であり、定期検診の際にこちらの病院を利用していたようなのです。要するに手術したり、入院検査を受けたりした病院は別の場所だということです」

「して、その病院は」

「それが、その病院が二人共全く異なりまして、当時の主治医に取次をお願いしたのですが、あいにく今日は時間が取れず、明日以降になるらしいです」

「くそったれが!!」


おもわず、車のハンドルを殴りつける。

これだから、病院とかの公共施設に探りを入れるのは嫌なんだ。調査がいちいち停滞する。

もう何人も殺されているのにそんな悠長なことでいいのかと頭に血が上る。

それでも、なんとか気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をする。


「わかった。とりあえず俺も今本部の方に向かっている。そこで詳しい話を聞く」

「わかりました。お願いします」


そうして電話をきると俺は急いで車を飛ばした。

本部に着くと同時に口を開く。


「状況は」


その場で情報を整理していたのか机の上には大量の資料が散らばっており、騒然としている。


「はい。今回捜査いたしました病院に勤務している医者で霧島武藏46歳が第一の被害者である遠藤佐知子の主治医であり、もう一人の被害者である冨田涼子さんの主治医は相葉亮52歳です。しかし、その二人共が術後報告の兼ねた経過連絡のための通院です。そして、その二人共それぞれの事件の日両日ともアリバイがあります。また、患者のカルテなどの個人情報はあくまで主治医が管理するため他の担当者が知ることはないそうです。」

「そもそも、同じ主治医ならばともかく主治医が違うため、二人共片方の自分の担当した被害者としか面識がありません。そのため、今のところ冨田さん一家暗殺の疑いで相葉亮を被疑者として取り調べを受けております」

「しかし、それらも全て長政じゅ、警部が殺害される前の情報です。長政警部は小学生の時に盲腸炎での入院記録がありますが、それ以降はありません。刑事になって以降は一斉に行われる定期検診のみで通院記録もありません」

「上はなんて言ってる」


その俺の言葉に、報告を上げてくれた彼らはお互いの目を確認しながら、言いにくそうにしている。

それでも、最後押し付けられた様に一人が前に出て「報告します」と声を上げた。


「桐生秀久警部には明日の捜査会議での説明義務が課せられております」


俺はその報告に「はぁー」と深い溜息をつく。


「そんなことだろうと思ったよ。っち、こっちは後輩を殺されて傷心だっていうのに全く」

「心中お察しします」


俺はそう行ってくる彼らにいいよいいよと手をひらひらさせて「気にするな」と言っておく。


「まぁ、ここで文句言っててもしょうがないか。その主治医以外にも調査したんだろ。その情報を全部持ってきてくれ。一応確認する」

「「「はい、わかりました」」」


そう言って、部屋から出て行く他のメンバーを尻目にもともと散らばっていた資料をまとめながら、改めてその一枚一枚に目を通していく。

調査結果に目を通していくと今回の主治医たちでは犯行が困難であったことが容易にわかる。先ほど相葉亮を被疑者として取調べ中と言っていたがそれは早々に終わらせなければならない。そもそも、彼らには長政との関連性が見えない。


「あいつが殺されなければならない理由とはなんだろうな」


あいつは巡査部長になってここ1,2年で俺の後輩になった。そのため、後輩とは言ってもその人となりを知ることができただけで何でも知っている間柄というわけではない。


「だから、今日だってあいつの友好関係の広さに驚かされたわけだしって。ん? 友好関係?」


そうだ。長政の死亡の様子には明らかに犯人を歓待した形跡がある。ということは、少なくとも今までの犯行のように電撃的な犯行ではなかったということがわかる。

そして、今までの犯行にはいなかった目撃者がいる。おそらくだが犯人の顔も見ているはずだ。あの長政のことだ。子供自慢は必ずしたはずだし、自己紹介をしたならば、名前まで把握している可能性が高い。

この事件の鍵を握っているのは長政の子供であることは間違いない。


「だからといってどうやって聞き出すんだ」


俺は頭を抱えて考えこむ。

相手はまだ3歳の子供。正直、親が死んだことさえわかっていないかもしれない。

そんな子供相手にお前の両親を殺した相手の情報を教えて欲しいなんて言ってもまともな答えが帰ってくるとは思えない。犯人もそれがわかっているからこそあの子供を残したのだろうし。


「『オーメン』か。後輩の子供を悪魔の子供呼ばわりはしたくないね」


そもそも、あいつはちゃんと人の親から生まれてきた。犬から生まれてきたわけではない。


「て、いかんいかん。また、あのメモに意識を持って行かれてる」


犯人の今までの犯行から導き出された犯人像は「承認欲求の強い自己陶酔型」。

すなわち、自分の犯行だと示唆すると同時に映画の中のキャラクターと同化することでまるで自分が本当にそのキャラクターになったかのように思い込むタイプ。

加えて「冷静かつ入念な準備をして目的を遂行するタイプ」ときた。

これはあくまでも、二件の犯行から考えられる人物像だが、今回の殺害にも同じような傾向が見て取れる。

そう遠く離れてはいないだろう。


「この映画タイトルが入ったメモも意味のあるものではなく、あくまで承認欲求をみたすためのひと工夫ってわけだな。」


そう考えれば、今までのずさんな模倣犯行にも納得がいく。

犯人はその映画のような状況を生み出したいのではなく、その映画の登場人物のような気分でやりましたよってことが言いたいだけなのだ。

まるで餓鬼のごっこ遊びだ。

それに巻き込まれるコッチはたまったものじゃないがな。

そんなことを考えながら資料をまとめていくと、ふとあることに気づく。


「そういえば、長政が初の男性被害者だな」


一番最初の犯行は遠藤佐知子、女性

二番目の犯行は冨田涼子さん、冨田公子さん二人共が女性

そして、今回の犯行は長政忠の妻である長政香織は女性であるが、長政忠自身は男性である


「もしかして……」


今日葬式へと参列していた長政の親。その電話番号を念の為、聞いていたのを思い出し電話をかけた。


「もしもし」

「夜分遅くにすみません。長政さんの同僚の桐生です。突然で申し訳ないのですが二三件お伺いしたいことがありまして、お時間いただけないでしょうか」


僅かな沈黙。さすがに葬式の日に無礼だったかと後悔が頭をもたげるがグッと我慢して相手の反応を待つ。

すると


「……それは、忠と香織さんの無念を晴らす為の質問ですか」


と絞りだすような声が返ってきた。


「はい。勿論です」


俺はそう力強く断言する。


「それならば、二三と言わず好きなだけ聞いてください。お話できることであれば何でもお話いたします」

「ご協力感謝します」


頭の中では先ほどたてた仮説が次々とつながっていく。

そうして、俺はこの日確信を得た。

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