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第三夜

「やあ、久しぶりだね元気にしてたかい」

「おかげさまでね。さあさあ、あがって」


私は数年来の友人であるこの男に招待されこの家にやってきた。

この男とはたまたま仕事の関係で一緒になり、それ以降このフレンドリーな距離感に押され縁が続いている。

ただ、残念ながら私にとってこの友人は何の価値もなかったのだが。


「本当にいつも手袋つけてるよね君」

「仕事柄でね」


私は自らの手を包む黒い手袋を撫でると、今思い出したかのように彼に話かけた。


「そういえば、息子さんもう3歳だっけ」

「そうなんだよ。もうかわいいのなんのって。目に入れても痛くないとはまさにこのことだな」

「来年は幼稚園か。また忙しくなりそうだね」

「ああ全くだ。頑張らないと」


そうな他愛のない話をしながら、リビングへと通される。そこには「いらっしゃい」と微笑む彼の妻が食事の準備をしていた。


「こんばんは奥さん。すみませんね。せっかくの家族団らんの時間を潰すようなことになってしまって」

「いえいえ、そんなこと気にしないでください。主人も私も先生には大変感謝しているのですから」

「そうそう。今夜は盛大に楽しんでいってくれ」


そうして会話をしていると、リビングの扉がゆっくりと開けられ小さな男の子が部屋に入ってきた。


「だれ?」

「透、彼は「はじめまして、ながまさとおるさんさいです」


父の言葉を遮って、彼は私に自己紹介をしてきた。


「……なんで父さんお話を遮っぎたんだい透」

「だって、おとうさんのおはなしいつもながくなる」

「……」

「おお、もうこんなに喋れるものなのか!」


私はなんとも言えない顔をする彼に気を使い、わざとらしく驚いてみせた。

私が彼を褒めると、言葉を途中で最愛の息子に遮られた男は複雑な表情をしながらも「すごいだろ。自慢の息子なんだ」と親ばか具合を発揮してきた。現金なやつだ。

異常者の自覚がある私でもそんな幸せそうな家族をみせつけられたら暖かな気持ちになるというもの。

その様子に思わず笑みが溢れる。


「さぁ、準備ができたわよ。ご飯にしましょう。先生はこちらへ」

「お、待ってました」

「とおるくんおなか空いたかな」

「すいたー」

「そうかそうか」


私も小さい頃はこの子のように純粋な子供だったのだろうかと思いを馳せながら、招かれた席で食事をいただく。

客人が来るということで腕によりをかけたというだけあり、料理は非常に美味しいものだった。

そんな食事を終えると、透くんはテレビを見始め大人たちには全く絡んでこない。

奥さんは食器を下げ、後片付けをしていた。


「飲むかい」


そういって、彼はワインボトルとグラスを二個持ってくる。

聞いておきながら、そのグラスの数はおかしいだろと思いながらも「頂こうか」とグラスをひとつ受け取り

ワインを注いでもらう。

彼の準備ができると軽くグラスを打ち付けあいワインを口に含んだ。

お互い一杯を開けると世間話とばかりに私は今日ここに来た目的を果たそうとする。


「最近仕事の方はどうなんだい」

「ぼちぼちって言いたいけど、ちょっとここ数日でかいヤマがあって忙しんだ」

「それって、最近話題の連続殺人事件のことかい?」

「なんだ知ってたのか。そう、それだよそれ。二人目の犠牲者が出るまで怨恨関係ばっか調べてたから、こんなこと言ったら罰当たりだけど被害者さまさまさ」

「そんなこと言ったら不謹慎じゃないか」

「酒の席だ。お天道様も見逃してくれるさ」


そう言ってワインを飲む彼の表情はまだ二杯目だというのにもう赤い。

私はそんな彼の様子をじっと観察しながら、言葉を選ぶ。


「でも、あの事件私は不思議だね。なんで同一犯だと分かったんだい。ニュースを見る限りでは全然共通項が見当たらなかったのだが」


彼はちょっとにやっとしながらワインを自らのグラスに注ぐと一気に煽る。


「それがな、あの事件。殺害現場に必ず映画のタイトルを記した紙を残していくんだよ」


私はその話題にいかにも興味があるというふうを装いながら、内心ではほくそ笑む。


「ほう、それは興味深いな。ちなみにどんなタイトルなんだい」

「有名な作品。『13日の金曜日』と『エルム街の悪夢』の2作品だよ」

「もしかして、『13日の金曜日』のほうが初犯かな」

「あたり。やっぱりわかる?」


犯行日時はちょうどその13日の金曜日だ。


「犯人もそれを狙ってたのかもしれない」


まぁ、私が犯人なのだがね。

私は今度彼のワイングラスに注ぐと、「それで、そんな事件の最中に家族団らんをしている余裕があるなんて、ずいぶんいいご身分じゃないか」と尋ねてみる。

彼はニヘラと締りのない顔で私の注いだワインを飲む。


「そうなんだよ。本当はこんな時間取れないはずだったんだけど、もうすぐ犯人捕まえられそうでね。本格的に人数が必要になる前のちょっとしたリフレッシュ期間なんだよね」


その言葉に私は自分の心臓が高鳴るのを感じた。


「ほー。一件目の犯行で何の手がかりもなかったのに二件目が出た途端に犯人の絞り込みができるなんて素晴らしいね」

「だろ? 俺の先輩が進言したんだよ。病院関係者に犯人がいる可能性が高いって」

「そんな共通点があったのか」

「最初は懐疑的だったんだぜ。なんせ手術経験があり、病院への通院期間があるだけだったからさ。今どき手術経験も、通院経験も珍しくない。そんなことを言ったら運転免許書を持っているってだけで共通点になってしまうってね。でも、調べてみたら二人共同じ病院で診察を受けていたってことが明らかになったんだよ。それで、その案が全面的に採用されて今度一斉摘発だ」

「ずいぶんでかい話になっているのだね」

「そりゃそうさ。連続殺人事件、しかも一時期はお宮行きかと思われるほど捜査が難航してたんだから。それを解決できる手がかりができたっていうのは大きいよ」


私は予想以上の収穫に心の底から感謝を送る。

彼は相変わらず口が軽い上に酒に弱い。

今の話の殆どはニュースに取り上げられていないことから機密扱いのはずだ。それをこんなにもボロボロ話してくれたのだ。今までの彼の評価を変えざるを得ないな。

そうして、一段落ついたのを見計らっていたのか気になるテレビが終わったのか、透くんがこちらに来て「パパおふろ」とせっついてきた。


「ああ、もうこんな時間か。よし、じゃあお風呂に行くか」

「それじゃ私はそろそろお暇しますか」

「おいおい、もうちょっと飲もうぜ。彼女はお酒付き合ってくれないし、俺は明日から忙しいしもうちょっと羽根を伸ばしたいんだよ」

「そんなこと言っても奥さんも迷惑でしょ」


私はちょうど戻ってきた奥さんに視線を向ける。

奥さんはちょっと顔を曇らせながらも「いえいえ、主人もこう言ってますしゆっくりしていってください」と主人に賛成の意を示した。


「……そうですか。それではお言葉に甘えて、もう少々お邪魔させていただこうかな」

「ぱぱはやくー」

「今行くって」


そう言って、リビングから出て行く二人。

ここに残されたのは彼の妻と私だけ。彼女ももう後片付けが終わり手持ち無沙汰だ。

そうなってしまうとさすがに居心地が悪いのか、若干そわそわしている。


「奥さんも一緒にどうですか」

「いえ、私お酒は本当にダメで」

「それは残念」


私はそういうと、自らのグラスにワインを注ぐ。

そして、そのグラスに栓をして奥さんの頭を思いっきり殴りつけた。


「カハッ……」


そして、何が起きたのか頭が認識する前に、首を絞める。


「ヶハ…」


ギリギリと首を絞めると、その顔がどんどん赤くなり次第に紫になる。

次第に抵抗は少なくなり、手に伝わる感触はゴムマリのようになる。

そのまましばらくすると完全に息を引き取ったのが確認できた。


「さて」


私はそんな女性の抜け殻を地面に転がすとキッチンから包丁を取り出す。

人を殺すには正直心もとないがしょうがない。

私は自らのグラスに注いだワインを飲むと、そのグラスを軽く洗い、女性が着ていたエプロンを身に付け風呂場へと向かう。

風呂場からは彼が子供を洗っている音が聞こえてきていた。

その実に平和そうな様子を確認すると、一気に風呂場の扉を開く。


「へ?」


彼は間抜けな声を出す。風呂場の熱気と酔のせいで私の異常な姿にも反応が鈍い。

私は反応の薄い彼の、その間抜けに開けた口腔の中へ包丁を突き刺した。

手まで口腔内の奥深くに差し込みながら、ぐるりと包丁で抉るように喉の内側を蹂躙する。

血と、嘔吐物がせり上がってくるのが見えた。

私はしばらく包丁で喉をかき乱すと、喉から包丁を引き抜き、お湯がたまっている浴槽の中へと彼を頭から入れる。

風呂桶に溜まっていたお湯は彼の血で一気に赤く染まっていくのを黙って見下ろす。

起き上がってくる気配はない。出血多量で死ぬのが早いか、水没で死ぬのが早いかそれはわからないが、まぁ、いいだろう。

そして、目の前で何が起こったのか把握できていないのか泣きも喚きもせずこちらを凝視している子供へと私は手を差し伸べる。


「『知恵はここにあり。心あるものは獣の数字を数えよ。数字は人の数字にして666なり』。さあ、君は今日からダミアンだよ」


私は血で汚れた指を額に這わせ、彼の血で6を3つ記す。そして、持っていた包丁を彼に握らせた。

血避けにとつけていたエプロンを適当にそこら辺に投げ捨てると私は満足してその場を後にする。

ポストボックスにはもちろん、いつもの紙を入れて。

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