第二夜
名作映画に出てくる殺人鬼たちがどうして今尚恐れられているかわかるだろうか。
異常性? 猟奇性? 不気味さ? 神出鬼没さ?
どれも必要な要素だろう。大事な要素であると私も思う。
だが、最も重要な要素は違う。
殺人鬼を殺人鬼たらしめ、人々に恐れられるために重要なのは、認知度だと私は思っている。
そう。彼らを有名たらしめているのはその実、人をたくさん殺したからではない。殺しのギャラリーを作っていたからだ。
かく言う私もそのギャラリーの一人だ。数々ある殺人鬼たちの華麗なる殺人にその身を震わせた者の一人だ。
それがどうだ。
昨日の私は確かにジェイソンだった。有名なアイスホッケーのマスクを被り、山刀を持って神出鬼没に人々を狩る恐怖の代言者だった。
それがどうだ。
今朝のニュースでは私の残したメモどころか、殺された遺体の状況すら報道されていない。勿論、私の姿もだ。
私はギャラリーを作るということの大切さを頭では理解していても、真の意味で理解していなかったのだ。
殺せれば満足。そう思っていた時期もあった。
ただ人の欲望は果てしない。
私の欲求はただの人殺しでは満足できなくなっていた。そして思い知る。私はまだ肉の塊のままなのだということを。
私は準備していた鉄の鉤爪をひとなでした後、赤と緑の横縞セーターを着て外に出る。
ギャラリーを作ると言ってもすぐにバレてしまっては警察に捕まるだけ。
今捕まってしまえば、私の敬愛するかの御仁を再現することができない。
だから、慎重にならなければならない。だが、なりすぎても行けない。
今の私は悪夢の中の殺人鬼なのだから。
ピンポーン。
『はい』
「私です。ご連絡していました検診に伺いました」
『あ、いつもありがとうございます。今開けますね』
その後すぐ、ドアの向こう側から足音が聞こえてくる。
ドアの鍵がカチャリと開く。
「どうもありがとうございます。わざわざご足労いた―――」
そう言ってドアを開けてくる人の喉を指の間に指していた鉤爪で串さした。
「?」
どぷっと血が口から溢れだした。私はそのまま、彼女を押し込みながら鳩尾めがけもう一度その鉄の鉤爪を突き立てる。
後ろでドアが大きな音を立てて閉まった。
「さて、どうやってギャラリーをつくろうか」
今日ここに私が来ることを知っている人はいない。
「オーソドックスにカメラでもしかけるか」
私はその案をいたく気に入った。
映像に残るというのはひどく素晴らしい物の気がする。
しかし、私は悪夢の殺人鬼。映像に残ってもいいのだろうか。
そう悩んでいるうちに、奥からさらなる物音がした。
「ねぇ、先生はいらしたのかい」
そうして姿をあらわした老婆は私の姿を見つけると、「いらっしゃい」と口を動かしかけ、私の姿の奇妙さに言葉を失った。
そして、そのまま目線は私の足元。
いつもこの老婆を支えてくれていたであろう存在へと向かい、
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
私はその絶叫を聞いて思わず笑ってしまった。
なんて下らないことに頭を悩ませていたのかと、その滑稽さに笑いがとまらない。
笑いながら私は逃げる老婆の背中に鉄の鉤爪を振りかぶった。
「ほんとは布団で寝てて欲しかった。失敗したな」
私は映像も写真も撮れていないので、仕方なく着ていたかの殺人鬼のトレードマークと凶器を置いて行くことにした。
このセーターは都内に数百軒とある服飾メーカのものだし、この凶器に関して言えばゴミ捨て場になっているところから拝借してきたものだ。鑑識に回されたところでどうってことない。
そして、前回同様あるメモを残してその家を後にした。