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第一夜捜査


「昨夜未明東京郊外の倉庫にて女性が死亡しているのが見つかりました。殺人事件と見られています。発表によりますと―――」



今朝方の通報で発覚したニュースをイヤホンで聞きながら、現場における情報を精査する。

すると、ドアを勢い良く開けてやけに陽気な若い男が入ってきた。


「先輩、昨夜の事件に関してのシキカン結果出ました。こちらにまとめておきます」

「ああ、助かる」


そう言ってその若い男、後輩の長政はファイルにまとめられた資料を机に置く。

俺は凝り固まった身体をほぐすように伸びをすると今度はそのファイルへと目を通した。


「それにしても俺あんなの初めてみましたよ」

「あんなのってなんだ。お前も一課になってから長いんだからコロシなんてよく見るだろ」


その言葉に長政は「そうじゃなくて」と自分の机に置かれたファイルから一枚の写真を突きつける。


「こんなふうに首チョンパされているのを見るのがってことですよ」


その写真には今朝の通報から明らかになった殺人事件の被害者である遠藤佐知子の死体が写っていた。


「おい、不謹慎だろ。しまえ」


俺はそう言って、その写真から顔をそらす。確かに長政の言うようにその死体はなかなか目にすることのない類の死体だった。胴と頭が切り離されている殺人事件など、俺ですら記憶にない。


「犯人はどんなやつなんでしょうね。人の首を斬るのってフィクションだとよくありますけど、実際は結構大変なんですよね」


写真をしまい、その代わりとばかりに取り出した死体の鑑識結果を見ながら長政は話をやめる様子はない。


「それに、犯人はまず最初に声帯だけを切り裂いたらしいですけどどんだけ器用なんですか。凶器は首を切り落としたものと同じと見られるってことはその道のプロですかね」


殺人事件といえども、現実の事件は必ずしもフィクションのように劇的ではない。ほとんどが偶発的かつその場の勢いが要因である。そんな中で、今回の殺人事件は長政がいうようにその道のプロがやったのではないかと思われるほどの入念な準備をしていることがわかっている。その上、


「その上、現場に残されたこのカード」


そう言って長政は今度は別の写真を突きつけてくる。

そこには珍しいフォントで一言、こう書かれていた。


『13日の金曜日』。


「確かに犯行が行われた日は13日の金曜日ですけど、これってあれですよね。アイスホッケーの仮面被ってチェーンソー片手に人をどんどん殺して行くっていうホラー映画のタイトル」

「最初は犯人違うけどな」

「違うんですか?」

「そもそも、チェーンソーは作中では使われたことがないぞ」

「へー知らなかったな。タイトル知ってるだけで、あとはアイスホッケーのマスク被ったおっさんがチェーンソー片手にどんどん人殺していく作品だと思ってました。先輩詳しんですね、映画とか好きなんですか」


俺はそんな部下の言葉に「普通かな」とだけ返すと、パソコンでこのフォントを検索する。


「フリーフォントなのか。世の中には色んなモノがあるな」

「ですねー。今なんかネットがあればどんな情報も検索できますよ。あーあ、この犯人の正体もネット検索で見つけられないかな」

「面白いことを言うな長政。だが、ネットだけではわからないことも多いぞ」

「そりゃ分かってますよ」


俺はそう言ってふてくされる長政の頭をもらったファイルで小突くと立ち上がる。


「先輩どちらへ?」

「ジドリの時間だ」

「ご苦労様です」

「お前もサボるなよ」


俺はそう言って部屋から出ると、待ち合わせしていた場所へと向かう。

そこには既に今回の事件で共に捜査する所轄署の刑事である室伏が待っていた。


「すまん。またせたか」

「いえ、時間通りです。さぁ、行きますか」


そう言って車に乗り込む。


「事件に行く直前に上がったシキカンは見たか」

「はい。一応ってかんじですが」

「大丈夫だ。俺もここに来る前に確認してきたが大した情報があるわけでもなかった」

「でも、一緒にやるにあたって情報のすり合わせはしておいたほうがいいですかね」

「そうだな」


室伏はそういうと、ファイルを取り出し読み上げる。

被害者 遠藤佐知子 32歳 アパレル業勤務 一人暮らし

持病はないが、一年前に胃を患い手術をしている。後遺症はなし。

死因は殺害死。首を幅広の刃物で両断されており、身体の方に目立った損傷はない。唯一喉の声帯部分に損傷があるがこれは犯人によるものだと推測されている。

第一発見者は死体が遺棄された倉庫の持ち主。毎朝倉庫を管理しておりその際に死体を発見。通報となった。


「こんなところですかね」


室伏は重要事項だけを完結にまとめるとファイルをパタンと閉める。「何か相違ありませんか」と尋ねてきた。


「いや、大丈夫だ。ついでに、さっきまで確認してた敷鑑情報も合わせておこう」


二年前に交際相手がいたが、事件当時被害者に交際関係はなし。

また、胃の手術の原因は重度のストレス。職場の環境が悪かったようである。手術以降も定期的なカウンセリングを受けていたことがわかっている。しかし、3ヶ月ほど前に職場の上司が入れ替わり、それ以降は良好な関係を築いている。

両親は千葉在住であり、健在。兄弟に関しては、兄がおり、その兄は結婚して千葉で建築業に携わっている。


「こんなところだ」

「なるほど、それだけ聞くと怪しいのは職場ですかね」

「ああ。手術を受けた後にも恒常的なストレスを抱えていたんだ。相当根が深いはず。しかし、その状況は改善している」

「それに、それならば被害者は恨みを買う側ですから殺される理由にはなりませんものね」

「しいていえば、上司の交代にあわせて職場内で昇進したそうだ。その線で元職場の上司は可能性がありそうではある」

「そうですね。その会社にも後で行ってみないとなりませんね。あとは、元交際相手ですか」

「そうだな。しかしコチラは既に新しい相手がいる。その上当日の時間は仕事をしていたらしく、仕事場にいる彼の姿は防犯カメラにも写っている」

「じゃあ、その線はなしっすね」

「そうなるな」


そうして、室伏と議論を戦わせていると車が止まる。


「とりあえずは、聞き込みだな」


まずは事件の会った倉庫に行く。まだ封鎖は解けておらず、近隣住人が興味深そうに立入禁止区域の外から中の様子を覗きこもうとしている。

俺達はそんな一般人を尻目に中へと入っていった。


「捜査一課の桐生だ」

「室伏です」

「お待ちしておりました。どうぞ」


そういって中に通される。

既に遺体はなくなっているが現場は厳重に保管されている。しかし、ここにはもう用はない。


「さて、その第一発見者はどちらに?」

「あ、私です」


そう言って名乗り出てきたのは、50歳にしては歳をとった印象を与える男性だった。


「事件発見日の状況をもう一度詳しくお聞かせください」

「は、はい……」


第一発見者の彼からはもう詳しい話を聞いて調書にまとめられている。しかし、俺の捜査経験から言ってプラスアルファで聞くことは割と大事なことが多い。

そのため、今回俺達はまず最初にここに来た。

彼いわく、

この倉庫は大型部品製造の保管所であり、普段は施錠しており入ることは珍しいこと。それでも、空き巣に入られたり、たまり場にされては困るからと毎朝必ず点検に来るという。

その時に、倉庫の扉が開いているのが見えた。血の気が引く思いで中を覗くと、倉庫の機械には目立った傷はなく安心したこと。しかし、そこには首と身体が無残にも引き離された死体があったとのこと


「ふむ、あなた以外にこちらに入ることができる人はいますか」


室伏のそのセリフに、男は首を横に振る。


「いません。ただよじ登ったりして中に入ることは不可能ではないです」

「そうですか。ご協力感謝します」


その後、もう一度現場を確認するとその場所を後にする。


「めぼしい情報話はなしですね」

「そもそもあまり期待していなかったがな。さて、次だ」


あまり気落ちしないように明るくそう告げると、今度は彼女が働いていた会社へと向かった。

会社に着くと、被害者の上司が聴取に応じてくれた。


「おまたせしました」

「突然押しかけてしまい申し訳ありません」


応接間に入ってきた被害者の上司だという方はいかにもOLと言った印象を与えるような服を着ているにも関わらず、こちらの要件がわからないためか非常にオドオドとした印象を与えてきた。


「それで、本日は一体どのようなご用件でしょうか」

「はい。もうご存知かもしれませんが、遠藤佐知子さんに関して詳しいことを教えていただきたいと思い参りました。このことはもう?」


そう尋ねると、女性はこちらと視線を合わせないように斜め下を見つめながらも「ええ、非常に残念でありません」と答えた。

この様子に、俺は捜査協力してもらうためには緊張を解いてもらわないとまずいと感じた。


「私達は本日そんな遠藤佐知子さんの無念を晴らす。その一歩を確かなものとするためにこちらに参りました。私達の仕事はドラマなどで知られるような派手なものではありませんから、こういった地道な聞き込みが大事なのです」

「はぁ」


彼女はなぜ急にそんな話をしだしたのか分からないといった様子で相槌を打つ。

それでも、構わず事件に関係あることないことを話していると徐々に緊張がとれたのか、最初のオドオドとした様子とは異なりこちらの質問にも歯切れよく答えてくれるようになった。

そろそろ頃合いかなと受け答えに丸みが帯びてきた頃、核心部分へと踏み込んでいった。


「被害者はどのような方でしたか」

「そうですね、私もそんなに仲が良かったわけではないですが、明るい子でした」


俺は室伏が証言を書き留めるのを横目に質問を繰り出していく。


「元上司ともめていたという情報があるのですが、こちらは」

「はい。本当です。でも、彼女が原因ではなく彼女の部下が原因でもめていました」

「部下、ですか」

「そうです。あの子の部下、近藤さんっていうのですが、取引先でミスしてしまいまして。遠藤さんがなんとか対処してくれて事なきを得たのですが、あの人それで納得しなくて」

「もしよろしければ、その、もう少し詳しくお教えいただけますか」

「ええ、いいわよ。確かね近藤さんと遠藤さんである商品のマーケティングを担当していて、その成果から売り込みも任されたのよ。それをいい機会だからって今まで先導していた遠藤さんがバックアップに回って、近藤さん中心に仕事を進めたのね。でも、取引先との交渉で彼女大ポカかましちゃってね。それで取引先との関係が悪くなったのよ。その後、遠藤さんが必死に説得して、結局は何とかなったんだけど。それが、遠藤さん上司にそのはなししてなかったらしくってね。もうかんかん。確かに報告しなかったのは悪いと思うけど、解決したのなら別にいいじゃないとも思うのよね。あ、これはオフレコね。で、怒った上司がその責任を取らせるって言って、近藤さんをクビにするって言い出したのよ」

「左遷とかではなく、いきなりクビですか」

「そうそう。近藤さんも入社して三年目だからね責任を取らせるって上司の言は分からなくはないけど、まだたった三年よ? ようやく使えるようになってきたのにそれを切り捨てるなんてとんでもないって遠藤さんが食って掛かったの。まぁ、私も遠藤さんに賛成よ。そもそも、あいつに上司としての責任なんてないんですよ」


その後、ぶつぶつとその元上司とやらの愚痴をはさみながらも話してくれた内容は、結局上司よりも上の立場の人が出てきて、鶴の一声で人事が変わり終了となったそうだ。

その結果、彼女の部下である近藤さんはクビにはならず、今もまだ元気に働いており、元上司も左遷とまでは行かず、部署がスライドしただけで役職は据え置きとなったそうだ。

そもそも、会社としては仕事の達成が一番重要であり、近藤さんには反省してもらわければならないもののそこまでの罰を与えるつもりではなく、元上司の独断先行だったようだ。そのため、事態を上手く収めた遠藤被害者は昇進し、その他は据え置き。上司だけ交代となったということだった。


「やっぱり、怨恨の線で当たるならその元上司っていう村山早苗が怪しんじゃないですかね」


聞き込みの後、聞いた話をまとめながら室伏がそうつぶやく。


「まぁ、そうだよな」


普通に考えたらそうだ。

しかし、その元上司が殺したとして、あのような猟奇的な殺害が可能だろうか。

そもそも、現場に残されたメッセージ『13日の金曜日』とはなんのことなのか。


「まだまだわからないな」


俺は闇がかかった空に白煙をくゆらせながらそうひとりごちた。

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