第一夜
人生における生きがいとはなんだろう。
家族? 友? 仕事? 趣味?
人それぞれ何かしら生きがいを持っているだろう。
それはある意味、人が人である軸のようなものであると私は考えている。
人は生きがいをなくすとダメなのだ。肉の塊をした「何か」になってしまう。
私はこの数十年の人生その「何か」だった。
生きがいを見失っていた。
必死で自分を自分たらしめようとした。
でも、無駄だった。
その「何か」のまま生きていくためにはこの世には情報が溢れすぎていた。
必死ですがりついていた普通とはただの定規でしかないと知ってしまった。
知ってしまったら、もう戻れない。
そもそも戻ろうなんて考えが既にまちがっている。
自分の帰る場所はここなのだから。
そんな取り留めのない思考が肉の塊から人間へと戻った充足感にあふれた脳に次々と浮かび上がる。
「ほんといい時代になったものだ」
利き手に握る無骨な山刀を持ち上げる。
いま、私はどんな表情をしているだろうか。
恍惚としているだろうか。快感に支配されているだろうか。
いや、多分私の表情は歓喜にあふれているのだろう。
「ねぇ、お嬢さん。私は今どんな表情をしているのかな。あぁ、こんなことなら鏡を持ち歩いておくべきだった。こんな素晴らしい夜の自分を記憶にとどめておくことができないなんてとても損した気分だよ」
ちらりと私は地面に座っている女性に視線をやる。
女性はこちらと視線を合わせようとしない。僅かながら空気の漏れる音が聞こえる。
……嫌われてしまったかな。それもしょうがないか。私と彼女の仲とはいえ、いきなり声帯を斬りつけられたら温厚な私だって怒ってしまう。
「まぁ、悪かったと思っているよ。突然こんなことをされたらそりゃ口も聞きたくないだろう。でも、今日は記念すべき日なんだ。そんな小さなことにいちいち気をわずらわせないでくれよ」
その言葉にようやくこちらに顔を向ける。なにか喋りたいのかもしれないが、あいにく私には理解できなかった。
それを残念だと思いながら、私は女性がこちらに顔を向けてくれたことに喜び、山刀を振りかぶる。
「ハッピ―バースデー」
ズバッといい音が耳に残る。手には生々しい肉を断つ感触が残り、鼻には血独特の鉄臭が突き刺さる。
「ありがとう遠藤佐知子さん。素晴らしい誕生日プレゼントだったよ」
私は血で汚れた服の下から一枚のカードを取り出すと、もう既に水たまりのようになっている血に触れないように身体にそっと置いた。