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朝飯は、怒号とともにやってきた。

俺はそのまま朝市を眺めていた。朝飯には何がいいだろう。ここがどこかの観光旅行だったら、俺は、俺は……

「朝の名物を食べたい」

俺の口から欲望が駄々漏れな発言が出てくる。そうだ、俺はもしもこれが異世界観光旅行だったりしたら、この国のこの首都の、朝の名物が食べたい。

だがしかし、資金は有限、そして大事にため込まなくてはいけないという現実。そして砂金は一粒しか換金してない。そしてあのお兄さんがまたすぐに換金してくれるとも思い難い事実。

資金っていうのは大事だ。そして俺はちょっとした小金持ちかもしれないが、それだけ。

あのゴミ箱を拝借してくればよかったぜ。そうすりゃがっぽがっぽと……いいや、駄目だ。

あのゴミ箱が錬成できる黄金は、この世界のこの時代には消え失せたものだ。

そんな物をしょっちゅう換金してたら、俺不審者だしもしかしなくてもこそ泥だ。

しっかし知らなかったな……金ってそんなにも貴重品になっちまったのか。俺が武神時代に持っていた数多ある武器の中には、飾りと訓練用と言う純金の刃物があったというのに。

あれきらきらだったっけな。

まあそんなもの思い出しても、何にもならないのだから、俺は朝市の雑多な空気を眺める。

そういえば、こういう朝市にはあるよな、案内所。何故かと言えば売り場ごとに場所がある程度決まっているから。

だってさあ、考えてもみろよ、肉屋の隣に薬草売ってる店とかあったらくさいだろ、どっちも。

肉は生臭いし、薬草は薬くさいし。

俺は大昔に、それで血みどろのけんかをしていた人間を見た事がある。

そういう諸事情もあってか、それ以降朝市はある程度の区分けがされるようになった。はずだ。

だから俺はこれから、食材を売る場所を目指す。

……どっちだったけ。俺はさっそく、朝市の中心部にある案内所に近付いた。

「あのう、すみません」

「なんだい、ちび助」

俺はやっぱりちびなのか。ちょびっとばかり切なくなりながらも、俺は問いかけた。

「肉とか、野菜とか、そういう食材を打っている場所はどこですか?」

俺は魂こそこの世界の武神だが、生まれも育ちも真面目な日本人だ。知らない相手にも、お世話になる相手にも丁寧に話すぜ。

死んだ両親もその点に関しては、非常に厳しくしつけてくれた。感謝してるんだ俺は。

「ああ、それなら赤い区画だ。広げてある絨毯が赤い場所がその区画になっているぞ、薬は緑、雑貨は青、武器防具類は黄色だ。覚えやすいだろう?」

「はい、ありがとうございました」

俺は言われたままに通りを見回して、確かに朝市の通行部分にそう言った絨毯が敷かれている事に感動を覚え、さっそく赤い区画を目指した。

そっか、絨毯で区分けされているのか。これは便利だ。わかりやすい。そしてこれはどこの市場でも共通の物なのだろうかと、ちょっぴり好奇心がわいてくる。

さて、セレウコス国の首都バルザックの食材は、一体どんな物なのだろうか。

……豚肉、売ってないかな、切実に。

そんな事を考えつつ、俺は赤い区画を見て回る。魔獣の肉、魔獣の卵、魔獣の内臓、魔獣の……とりあえず魔獣尽くしで辟易しそうだ。

やっぱり魔素がほとんどない豚や鶏は売ってないのか……そうなのか……

そのほか、野菜も見てみれば、どれもこれも魔素がしっかり入っている食材ばかりだ。

まあ野菜は仕方がないんだ。野菜はその土地の魔素を吸い上げて育つから、どうしても多少は魔素が含まれる。

でも、野菜から魔素を摂取できるのは魔獣と人間とそれから、いろんな人種だけだ。

それらの共通点は一つ、魔法が使えるという共通点である。

つまり、魔法が使えない生き物は、食べ物から魔素を摂取できないのだ。

まあ使えない要素ため込んでもな、害になるだけだし、排出されるのもおかしな話ではない。

そんな事を思いながら、俺は赤い絨毯の中でもいい匂いがする方向を目指した。

人間はよくできたもので、毒は臭いし、食べられる美味しいものはいい匂いがすると判断する嗅覚を持っているものだ。

そして俺は、日本でも無駄ににおいに敏感だと言われたくらい、鼻がいい。

その人生の苦楽を共にしてきた嗅覚が目指したのは、きりたんぽの店だった。

おい待て、きりたんぽは東北の名物だろと言うお方も多いだろう。

俺はよくよく店を観察した。

そう、この店はきりたんぽによく似たものに、何の肉なのかは知らないがソーセージっぽい物や野菜をふんだんに挟んだ物を売っている店だったのだ。

俺はとっさに値段を見た。

このあたりでよくみられるご飯なのか、一つ二十円もしない格安さだった。これは台湾を思わせる安さだ。

俺は腹具合と財布と相談して、それを一つ買い求めた。

この出店は、注文を受けてから焼くらしい。

香ばしいご飯の焼ける匂いに、唾が出てきた時だ。

「リン! お前はどこをほっつき歩いているかと思えば!!」

俺がそれを渡されて、ちょうどかぶりつこうと口を開けた瞬間、俺の首根っこはきゅうっと摘み上げられた。

「右も左もわからないのに、朝市に行こうと思うな! お前みたいな小さい子供は、あっという間にさらわれて売られてしまうぞ!」

俺の耳元で怒鳴るのは、俺を住まわせてくれるという心優しき親方だった。

親方は身なりもあんまり整えないで、そのせいでやくざっぽさがさらに増した剣呑さで、俺を睨んで怒鳴る。

ごめんよ親方、そこまで心配させてしまって。

その状態だという事は、大慌てで探してくれたんだろう?

そんな親方の人情に、俺は内心でほろりと来てしまう。心配してくれる人がいるっていいなあ。

ここ数年はそんな相手もいなくて、な。皆死んじゃったからな……それでも親方、俺は言いたい。

「俺はお腹がとてもとても空きました、今は食べさせてください」

きりたんぽホットドッグが冷めてしまう。由々しき事態だ。

親方は口を軽く開いてから、しばし黙って、頷いた。

「早く食え、お前には朝も仕事がたくさん待っているんだぞ」

「はーい」

俺は摘み上げられながらも、きりたんぽホットドッグに噛り付いた。

うわ、旨い。この牛の肉を使ったソーセージのような物がめちゃくちゃ旨い。

レタスらしき葉物のシャキシャキ加減も素晴らしい。

そしてそれらをまとめる、米のもっちり感。あー。旨い。

俺はたちまちそれを平らげて、平らげたとたんに地面に降ろされて、手を掴まれた。

「ほら行くぞ、リン」

「はい、親方」

親方の手は、俺なんかと比べ物にならない位にでっかかった。




親方は、朝市で朝ごはんの材料を調達して、自宅で作る人だったらしい。

自分用に、あっという間にお結びと何の卵かわからない、青い卵黄の目玉焼きを作って、魔獣のベーコンをカリカリにして添えた。

これも旨そうなのだが、俺は青い卵黄には食欲がわかない。

親方が食べている間に、俺は泊まっていた場所の掃除を軽くする。本腰入れると丸一日は費やしてしまうので、あくまでも軽く。

それでも親方のぼろ家は、しょうもないほどぼろい。

……俺は大工もできるから、修理やDIYでもして見せようか。

この雑多な台所は、大いに改良の余地がある。

それとも、材料を買うよりも大工を雇った方が安いか?

そこらへんが日本と違うからよくわからないな。後で親方に聞いてみよう。

親方が食器を洗い、そしてすぐに出かける準備にかかる。

「どこへ行くんですか?」

「これから城の連中の朝の支度だ。まだ薄紅の時間だが、これ位に出ないと間に合わない」

「俺もですよね?」

「当然だ下っ端、お前は誰より忙しい。……それが終わったら、お前の着た切り雀をどうにかしてやるから、待ってろ」

俺は埃まみれでよれよれになったスーツを見た。

そうだよな、台所仕事に、この格好は動きにくいもんな。

親方の調達を楽しみにしておこう。

「はい」

俺は満面の笑みで親方の後に続き、やっぱり親方が巻いてくれたちょっぴり臭いマフラーに顔をうずめて、城まで行った。

城の台所にはまだほとんど人がいなくて、親方が責任感があるのだな、と思わせる風景だった。

俺は重役出勤するやつが嫌いだし、段取りを責任者がよくわかってた方がいいのは重々承知だ。

「お前はまず、酷い包丁を砥げ」

さっそく親方の指示が飛び、俺はぼろぼろになった包丁たちを外で手入れし始める。

しかし使われていない感が満載だ。可愛そうに。

俺は心を込めて包丁を砥ぎあげ、終わる頃にはほどほどに料理人たちが集まっていた。

そこから俺は怒涛の下働きで、野菜を洗い皮をむき、コンロの燃料を運んでいく。知らなかった、コンロの燃料、丸一日で取り換えなきゃならない位城のコンロって重労働してんだ。

しかしこれは燃費効率が悪い術式のやつだな、こっそり改良しておこう。

俺は遠い昔に、アレイスターが教えてくれた効率のいい術式を思い浮かべて、そう思った。

肉も捌く。鶏によく似たコッケー鳥はしかし魔素の含有量はその十倍だ。これは貧乏人でもよく食べる鳥らしい。それを解体する事三十羽。お貴族様……つまり上級のお役人様用にはブートン獣。これは豚に似た見た目だが、豚よりも凶悪な顔をしていて小さい。それも捌く。俺、ジビエを中心に取り扱う店で下働きやっててよかった。それ捌くの俺の責任だったから、コックが納得しなきゃいけなかった。その経験が今でも生きている。

まさか俺も、この経験が役に立つ日が来るとは思ってなかったぜ。

俺はいつの間にか、『ちび』と呼ばれて、下働きを延々としていた。せめてちび助と呼んでくれ。ちびだと親戚が可愛がっていた犬を思い出してしまう。

そうして怒涛の朝が終わる。十時の休憩に、料理人たちはほっとするが、俺は彼らの包丁や、共用の包丁の手入れだ。

好きでやってるから、嫌じゃないんだけどな。

「ちびちゃん、お菓子を食べよう。あまいお餅だよ」

誰かが言う、女の料理人だ。

そして俺は彼女の言葉を聞き立ち上がり、卓に寄って行った。何を隠そう俺の大好物は、お餅なのだ。あんころ餅、素敵な響きだが、この世界にあんころ餅はあるだろうか。なければ材料を頑張って買って、自分で作って見せるぜ。

出されたお餅は、甘い甘い、バター餅。バターが練りこまれたお餅は、ハワイのお土産に食べた事があるやつとよく似ていた。

それでもあんまりにも旨くて、俺は口いっぱいにほおばる。

「おちびちゃん、今日も頑張っているから、しっかりおやつも食べなきゃだめだよ、体力が持たないわ」

優しい女の料理人さん、あなたのお名前は何でしょうか。

「あの、名前は……私は誰の名前も知らなくて」

「そっか、まだ誰も自己紹介していなかったわね、私はマリアよ」

マリアさんの次に、カチッとした青年が言う。

「僕はスチュワート。皆はワートって呼ぶから、おちびちゃんもそう呼びな」

そして自己紹介は進み、俺はとりあえず十人分の名前を覚えた。それから自分の名前を言えば、珍しい名前だと言われた。

リンって意外といない名前らしい。へえ。


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