この世界の人間の体と、魔素。
市場はえらくにぎわっていた。当然か、朝市だし、ここは天下のセレウコス国の首都に当たるわけだし。
人がにぎわっていなかったらいろいろ問題だ。
俺はそんな事を思いながらも、取りあえずはまっとうな衣類と食材を探していた。それと道具袋だな。ミーシャって店はどこだろう。
財布はそこまで重くも軽くもない。貨幣の重みってやつはひしひしと感じるんだけどな。
「野菜はどうだい、新鮮だよ!」
「こっちの水魔獣も今朝上がったばかりだよ!」
「いかがですかいかがですか、陸魔獣フェーの肩肉だよ!」
呼び子たちの声もにぎやかだ。俺はおのぼりさんのようにあたりを見回して、すげえなと思っている。
しかしなんだ? なんで豚も鶏も売ってないんだ。
あー。あれか、魔素が少ないからか。
俺はこの世界特有の常識を、頭の中でおさらいする事にした。
この世界の人間が魔法を使うためには、あるものが必要だ。
それが魔素と呼ばれるもので、これは体の中から生み出すものとは少し違う。
人間は、魔素を体の中にため込む事は出来ても、自分の体の中で魔素を作り出す事は出来ないのだ。
そのため、食事やポーションで魔素を摂取するしかないのだ。
つまり、魔法を使うためには、体の中に魔素をためて、呪文でそれを特定の属性により合わせて、発動するという手順が必要なわけなのだ。
ただ、人間には限界があり、魔素をため込む限界も個人差がある。
たくさん魔素をため込める人間が、強い魔法を使える。そんなに魔素をため込めない人間は、弱い魔法しか使えない。
その強い魔法を使える……魔素をたくさんため込める人間が、主に貴族や王族と呼ばれている人種だ。
どうも遺伝的な物があると俺はにらんでいる。
何処かの小説や乙女ゲームのように、庶民として暮らしていた実はどこかの貴族の子供が、強力な魔法の力に目覚める……なんて言う事は、このセレウコス国では珍しくない。常識だ。あるあるだ。
そして何より、この世界の人間は、多少なりとも魔素を摂取しないと、ビタミン不足みたいに体の調子を悪くするのだ。
この世界の常識だ。体の調子が悪い時は、魔素がたくさん含まれている物を食べて治す、みたいな事は。
そのためなのか、市場では魔素がたくさん含まれている生き物を取引する事が多い。
ただし、魔素がたくさん含まれている生き物や植物は、高い。高級食品だ。
一番高い食材はドラゴンやユニコーンだ。めっちゃ高い。朝市で売られる品物じゃない。
庶民はそんな物に手が届かないから、もっと魔素の少ない魔獣を食べるのが一般的だ。
さっき言ったように、実はどこかの貴族の……が強力な魔法の力に目覚めるっていうのの仕組みがどんなのかと言えば、簡単で。
魔素の少ない物を食べ続ける→体の中に魔素がたくさん、年単位でため込まれる→強大な魔法の呪文を唱える→そのため込んだ魔素を使うから成功する……という流れだ。
当然、魔素をため込む限界が大きくなければできない芸当だ。つまりここで、彼ら彼女らが貴族の子女だと判明するわけだ。
そして貴族の家に迎え入れられれば、魔素のたくさん含まれている物を食べられる。それまでの生活よりも効率的に魔素を体の中にため込める。
これが才能に目覚めるってやつだ。
さて話はそれてしまったが、問題の豚や鶏は、とことん魔素が少ない獣だ。最低値と言ってもいいらしい。
俺神様だったから知ってるんだけどな。この世界じゃ常識の一つだ。六百年たっても変わらない常識だろうな、これは。
そんな物は、効率も悪ければ必要な魔素も摂取できない、という考え方から、倦厭されがちなのだ。
しかし、だ。
俺は神様だから知っている。この世界の人間がまだ知らないだろう事実を。
この世界には、魔素中毒というものがあるという事実だ。
中毒というくらいだから、食べ過ぎ呑み過ぎと相場が決まっている。簡単に言えば、魔素を受け入れる器が小さいのに無駄に魔素の多いものを食べて中毒を起こすやつと、器も大きいけれど、魔素を出す行為、つまり魔法を使わないから体の中に無駄に魔素がたまって中毒を起こすやつらの話だ。
魔素というものの性質のせいで、魔素は普通の生活では排出されないのだ。ずーっと体の中にたまっていくのだ。
そして魔法を使わなかったら、あまり排出されないという厄介な物なのだ。
体の中に意味不明なくらいにたまりまくった魔素は、体に悪影響を及ぼす。そりゃそうだ。魔法なんて言うとんでもない物を使うため必要な物が、無害なわけがない。
魔素中毒はあらゆる病状で現れてしまうし。そのせいで医者も魔素中毒と看破できないだろう。
俺はそれを知っている。
だから俺としては、魔素の許容量の少ない奴は豚や鶏を食べた方がいいと思う。魔獣じゃなくて。
そして俺は自分がどれだけ魔素をため込めるかわからないから、豚や鶏が食べたい。
体日本人だしな。
そんなことをつらつらと考えながら道を歩き、市場を眺めて歩く。さて、道具袋のミーシャは……
探して数分、道を聞いて五分、俺は何とかその店の前に来た。
おー、デザインのいい道具袋ばっかりだ。素敵だ。
俺は値札とデザインを眺めて、中も調べた。
「おちびちゃん、道具袋が欲しいのかい」
ミーシャという名前は彼女の名前だろう。売り子のお姉ちゃんが声をかけてくる。
「いろいろ入れたいので」
「それじゃあ、おちびちゃんが大きい道具袋を持っていても変だから、こんなものでどう?」
出されたのはポケットのいっぱいついた小さめの道具袋だ、口は大きめになっている。少し大きめのシザーバックみたいなデザインである。
俺の好みのモノクロだ。
「これ高いですか?」
「これ売れないんだよ、小さいって苦情ばっかりで、だからおちびちゃんには格安で売ってあげる」
確かに、冒険者には不向きだろう。これだけ小さいと。
「これでも、限界でどれくらい入りますか?」
「一般的な道具袋と同じだけはいるよ。流行るかと思ったんだけどね……」
一般的な限界でいいので、俺はこれにする事にした。
「これを一つください」
「はいよ、大銅貨が八枚まで値引いてあげる」
「ありがとうございます」
日本で換算すれば八百円か、格安だ。
俺はそれに早速、財布を詰めた。まだまだ空きがたくさんあるぜ。
俺がそう言いつつ店を出た時だった。
こんな噂が聞こえてきた。
「きいたか、ついに聖女様を召喚したらしいぜ」
「これで瘴気を浄化できるな」
「悪魔たちのやつが瘴気で国の北側を覆って数十年、やっとだ」
「なんでも、聖女様を守るために武神を召喚するんだとか」
「そりゃあいい話だ」
……瘴気、か。懐かしい事を聞く。
瘴気は、俺たち神様の派閥と少し違うやつらが使う物だ。
人間には結構つらい物があって、それを吸うと体の力が抜けてしまって弱ってしまう。
それを浄化するのは土地神の役目なんだが……あいつら何してんだよ、と俺は数人の顔を頭に浮かべた。