見た目よりもぼろい家
料理長、親方の家は俺たちが出て行ったでっかい城……たぶん城……な建物からちょっと先にある、本当に城に近い場所にある建物だった。
まず、外見はちょっとぼろ。普通に直せば使えるだろうし、この世界の大工はもともと結構優秀だったはずだ。俺がいた頃はこんなぼろならちょちょいのチョイで直せてしまった。
あー、あの家族お世話になったっけなあ。大工一家。俺が思わず殴って穴を当てちまった家の修理、爆笑しながら直してたっけ。
それはさておき、親方の家はちょっと小さめの家って感じだ。
「小さい家ですね」
「一人暮らしにはこのくらいがちょうどいいんだ」
そうか親方は一人暮らしなのか。
……奥さんはいないのだろうか。
俺の下世話な考えはありがたい事に気付かれない。
まあ心が読めなけりゃわからない物なのだが。それにしても、親方に奥さんがいないのはなんでだ? でかいからか? 厳しめの顔をしているからか?
俺からしてみれば、神様的な感覚を持っていてもの判断なんだが、結構整っているんじゃねえのこの人。
実に男らしい顔立ちは精悍と言ってもよく、体も頼りがいのありそうなたくましさだ。
コンプレックスになるくらい小さい俺からすれば、実にうらやましい。
ただちょっとばかり、やくざな顔なんだよな。これか? この裏に顔が利きそうな顔が、女の人たちを遠ざけてるのか。
俺にはわからん。
なんといっても俺も、裏の方にちょっと首を突っ込んでいた時期があるのだ。
しょうがなかった。神様のお願いで、仕方がなくそうなったのだ。俺のせいじゃない。
どうしても社を壊されたくない神様が、俺に泣いてすがって、俺は彼女の加護という名前の、宝くじの三等が確実に当たる加護を手に入れた。
なんで一等じゃなくて三等なんだと言われれば、一等の宝くじを当てても幸せになれない気がしたからだ。
金ってほら、人を狂わせるっていうだろ。
俺はそして目立ちたくないので、三等あたりで十分だった。三等でも結構儲けられるしな。
それはさておき、俺はその社を壊す予定だった裏につながりのある土木事務所を訪れて、盛大にやらかした。
こんなちびに何ができると追っ払おうとしたやつらをたたきのめして、でもどうしても建てなくちゃいけないと言われたから屋上に立派な社を作れとごねた。
そして、彼女が、新しい社を作ってくれるならちょっとだったら加護を与えるっていうから、それをそいつらに言った。
やつらは鼻で笑ったけど、やくざは験を担ぐと決まっている。
そうしてちっちゃいけど素材に十分こだわった社を作った途端、そいつらの資金繰りが楽になったらしい。その事はよく知らない。
神様は基本自分勝手と決まっていて、自分を祭るなら、大事にするなら、どんな人間にだって加護を与える物なのだ。
ただ厄介だったのは、俺のその評判を聞きつけた本物の裏の人間が、俺を引き抜きに来た事だ。
俺はそのために三度引っ越しをした。
だってさ……家に帰れば延々とドアをたたかれて、休みで寝てればインターホンが鳴らされて、ちょっと出歩けば男たちに取り囲まれて、なんて俺でもさすがにやってらんねえ。状況を楽しめたのは三日までだ。
結局ぶちぎれて、そいつらの事務所に一人で釘バットもって襲いに行って、警察を巻き込む大騒動を展開した。
俺は逃げるのもうまいから、見事にやつらにも警察にも捕まらなかった。
伊達じゃねえんだよ、元神様っていう称号。
さてそんな俺の事情があるから、俺は親方の顔が実に素敵に見える。
顔が怖くても中身まで怖いなんて確率は結構低いのだ。
親方がドアノブに親指を当てる。
正確に言えばドアノブの、丸い、宝石みたいな飾りの所にだ。するとガチャリと鍵が開く音がする。
「え、指紋認証」
「何言ってんだお前?」
俺のつぶやきを聞きとがめて、親方が変な顔になった。俺は目をそらして、何? という空気を作った。
それから親方の後に続いてそろそろと、家の中に入った。
家の、たぶん日常生活でよく使っている空間にあるひっかけ棒に、持っていた角灯の明かりをひっかけると、たちまち家のあちこちが明るくなった。
ハイテクだ。この角灯がスイッチなのか。
やっぱり五百数年の歳月は世界をハイテクにしていくんだな。
俺は目を丸くしながらあたりを見回した。
見まわしている俺に、親方が言う。
「使っていない部屋ばっかりでな。多少汚いのは目をつぶってくれ」
じゃあどんだけ汚いんだ。俺は親方が角灯をかけた途端に明るくなった家……魔法だな、魔法の気配が濃厚に漂っている。
これは指定の物を指定の場所に置くと、陣がある場所が明るくなるという術式を組み込んでいるに違いない……をのぞいた。
あー。これは使ってる部屋と使っていない部屋とが明確な部屋だ。
たぶん台所の周りは整っているに違いない。
そして親方の寝室も。
でもそれ以外はきっときったない。保証できる。清掃会社でもバイトをしていた俺が言うんだから間違いない。この手の家は何度も見てきている。
自分のテリトリー以外はどうでもいいというタイプの家だこれは。
俺はしばしそこを眺めた。
「親方、どの部屋でも?」
「使える部屋だったらな」
「はーい」
俺はいい子の返事をして。どうやら俺は年相応には見えていないのだからそれを使わない手はないと判断して……家じゅうを見て回った。
結論。
「親方」
「なんだ」
「どうして雨漏りを直さないんですか?! 家じゅう黴だらけじゃないですか!」
「自分の部屋と厨房以外は見てなくてな」
「見ましょうよ! 悪い環境ですってこれ! 体にも! 心にも!!」
親方の使っている空間以外の部屋は、雨漏りもひどくて黴がたっぷり生えていて。
俺が見た中で最高にやばい部屋だった。ものがほとんどないのが逆に救いだ。
これ下手したら床抜けるぞ。
これだから料理バカと呼ばれる人種は……などと俺は内心で思ってしまった。
「親方」
「なんだ」
「明日は休みですか」
「明日も仕事だ。お前もな」
「……俺はまっとうなお部屋を希望します! 雨漏りも黴もないお部屋! それかどこかのお部屋を直してください!」
ぶっちゃけギギウス時代から、俺は悪辣な環境も心理的には平気だ。
しかし、今は人間。雨漏りのする部屋で濡れて風邪をひくのも嫌だし、黴を吸って呼吸器関係に影響が出るのも遠慮したい。
手を伸ばし、言いたい事をきっちりといった俺に、親方は腕を組んでから言った。
「そうなるとたぶん……俺の部屋しかないぞ、それか台所だが」
「それなら台所で毛布をください」
「寝られるのか?」
「舐めないでください。俺は鍛えてるんですよ」
「お前は本当に謎の子供だな……刃物が砥げて料理に詳しくておまけに鍛えているとか。お前の出身はどこなんだ」
「地球の日本です」
「チキューのニィフォァン? 聞いた事がないな」
「遥か彼方だと思ってくれていれば」
「そんな所からよくまあここまで来たものだな」
「俺もそう思いますよ」
夜食で出されたのは、炊いたお米に小麦粉を加えて焼いた、お焼きみたいなのに小魚の油漬けだった。植物油で漬けているからか、さっぱり目の味だ。
それを二つくらい、何故ならば手のひらサイズより一回り小さいやつだったからだ。を食べて、俺は親方が物置から引っ張り出してきた毛布、これもまた虫食いがあって、本物の長毛種の毛を使ってるんだなと実感するやつに包まって寝た。
風呂? しょうがない。この世界で風呂っていうのは、俺が知っている時代では一週間に一回だけだった。水と薪と石鹸が貴重だったからだ。それを考えればその慣習が続いていてもおかしくないから、今日はあきらめた。
油の匂いが染みついたら、親方に進言してみよう。