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かたる過去の話。

「さて、まずはお前を風呂に入れなければならんな。みすぼらしいことこの上ない」


俺は相手がそう言って視線をそらしたので、ようやく息を吐きだした。

この俺とあろうものが、国王一人に息を詰めるってなんだよ。

元武神としての図太い精神どこに行った。

そんな事を思い、それでもほっとして弛緩した体で立っていると、国王は鈴を鳴らして人を呼んだ。

呼ばれた使用人は俺を見て、怪訝な顔をした。

いいや、怪訝な顔以上に絶句したような、そんな面になった。

俺はそんなにみすぼらしいのか。

埃まみれの場所を通ってきたから不可抗力、なんだよ。

たしかにさあ、絨毯埃まみれにしてるの、めちゃくちゃ気になるんだけどさぁ!

俺は言いたい事を飲み込んで、王の部屋に備え付けの風呂に案内された。

魔術が使われているから、風呂のお湯もすぐに沸くんだとか。

しかし俺は、誰かに体を洗われるのなんて、死ぬほどいやだ。

だから言った。


「すみません、一人でやりますので、使い方だけ教えてください」


たぶん、ここの風呂はキャシーの家とは勝手が違うと思ったからだ。

キャシーの家は割と貧しい方の平均の風呂だったから、こういう風呂じゃなかったからな。

俺もいろいろ考えたいぜ、何が悲しくてこんな、無駄にでかい風呂に一人で入るしかないんだ。

ちらっと考えた後に、俺は口を回して何とか、俺を洗おうとする使用人たちを追い出した。

いや、なんだか、その、あれだ。


「裸を見られたくない……」


という実に微妙な心からだった。

俺は見ての通りに貧相で、がりがりとは言わないが結構細くて、骨が浮いている部分がある。

そう簡単に肉はつかないし、脂肪じゃないからすぐになくなる。

そして女の体である。

国王に女の体だと気付かれたら、なんだかものすごく問題が発生する、そんな気がしてしょうがないんだこの俺は。

だから俺は、なんとか言い訳をして使用人たちを追い出した。

女だとばれたら、さすがにいたたまれない。

いいや、女の体だって知られたら最期、なんか何かが終わる気がしたんだよ。

ほら、国王も俺の事男だと思っているわけだから?

そう考えてみると非常にやばいわけだ。

国王の好みがどんな女の人なのかは、分からないけれども。

押しつぶされる未来は、出来る限り排除したいんだ!

そんなこんなで頭を洗う。お湯だ、お湯だ……なんだかこう言うと、俺が非常な貧乏性みたいなんだけれど、俺は一人暮らしの時はかなり水道代にガス代をけちっていた。

そのせいで湯船につかるのは週に一回か二週間に一回、あらゆるけちり方をしていたから、こうしてでかい湯舟にのびのびと浸かるなんて言う贅沢は……何日ぶりなのか覚えていない。

ちなみにやっぱり、親方やキャシーたちの家でも貧乏性のまま暮らしていたから、うん、湯船には浸からなかった。

猫足の形の綺麗な、そんな大きなバスタブに浸かってボーっとしていると、なんだか日本人の風呂好き体質が俺にも、きちんとあるんだなと思う。

そうやって湯船につかってから、体を洗う。

意外と国王の石鹸やシャンプーとかは、匂いの薄い物だった。

加齢臭は誤魔化さないタイプなのだろうか。

言っちゃ悪いが失礼な事を考えて、俺は風呂を出てから、衣類の用意なんて欠片もない事実を思い出した。

何してんだろう俺は……

なんて思っていた時だ。


「少年、着替えがなかっただろう」


不意に脱衣所の扉が開き、なんと国王直々に現れた。

この時、腰にタオルを巻いていた長年の習慣に、俺はひたすら感謝した。


「ああ、そうですね、持っていませんし、昨日着の身着のままここに来ましたからね」


胸? 悪いがこのまな板の胸を見られて、恥ずかしいと思うような精神は持っていない。

というかさ……たまーに贅沢として行っていた銭湯で、いろんなおばちゃんや餓鬼どもに裸を見られていたせいなのか、俺は人に裸を見られるという事には違和感がないのだ。

使用人の人たちを追い出したのはあくまでも、女だと気付かれないためなのである。


「そうか、ではこれを置いておこう」


「あ、ありがとーございます」


俺はなんだか敬語がどこか、抜けてしまった声で言う。

国王はそれだけを言いに来たのか、それで出て行ってしまったから、俺はすぐさま着替えるために、着替えを手に取った。



着替えてから後悔した、訳じゃない。

うん。

綺麗な衣類だ。洗濯がされている、シラミもノミもいない、そして虫食いもない、若干防虫剤の匂いはするがそんなのは、許容範囲だ。しかし。

俺は国王の着替えという物のレベルを舐めていた。

適当に着替えてみたら、肩が出て行きそうだしシャツはもはやミニスカートレベルの長さになってるし、ズボンに至ってはどれだけ紐で留めて見ても落ちてくる。

そう、体格差がありすぎたのだ……その体格差は歴然なんて物ではなかった。

それはそうだろう。冷静な部分が突っ込んだ。

あれだけの大柄……もとい太った人の着替えだ。

俺みたいながりがりの痩せこけた、ちびとは大違いに決まっている。

国王の善意の着替えは、なんだかとても複雑な物になってしまった。

そしてカルチャーショックだったのは、下着である。

なんとふんどしだ。

ふんどし……うん。

着方が分からないというわけじゃない。たぶんこんなのだろうな、とイメージしてやってみたら、それっぽくなった。

ああ、下着がふんどしだから、トイレ休憩の休み時間が、学校でも割と長かったんだなとここで納得した。

でかいシャツ一枚に、ふんどし。靴はずっと履いていなかったから裸足で。

なんだか俺は変な気分である。

なんでこうなったんだと思ってしまう程度には、変な気分だ。

店に戻って衣類の調達をしなければ……いけない。

でも帰れるだろうか、帰れない可能性も高いのだから。

そんな格好で脱衣所を出て、国王のいるであろう部屋に入る。

この国って寝室で食事をするんだろうか。どこぞのヨーロッパでは朝一番にベッドでほっとチョコレートを飲む風習があったように聞いた事がある。

聞いた? 違うな、お得パックの小さなチョコレートの包みに、豆コラムとして描かれていたのだった。

ぐうぐうといきなり、減った減ったと訴えかけてくる腹の虫をなだめながらそこに入る。

国王が非常にまずそうに、食事をしていた。

ちらっと見た俺はめまいがしそうになった。

なぜかって?

あのな……こんなに朝からガツンと、魔素尽くしの物を食べて、げんなりしない人なんているのか。

魔素がたっぷり入っている薬草の煮たもの。もしかしたら俺がこの世界でお目にかかった事のないかもしれない、料理をしたのに魔素が漂っている肉のステーキ。これも魔素が多くなるように品種改良したであろう穀物の、おそらく全粒粉のパン。青い目玉の目玉焼きが三つ。お皿に盛られたジャムですら、魔素の気配が濃厚だ。

ツベ乳くらいか、俺が口にした事があるのは。

とにかく、一般的平民が人生で一度お目にかかるかどうかも、分からないほどの高級食材ノンパレードなのである。

げんなりした。

俺は間違いなくげんなりした。

これは、地球で言うところの、メタボリックのレッドラインの人間が、超高カロリー食を食べているのと同じ光景なのだ。

頭が痛くなってくる。

これで痩せるとか土台無理だろう。

……ていうかなんで、この国王魔素太りだけで済んでんだよ。

普通これを毎日毎食、同じレベルで食べてたら、すぐに魔素の過剰摂取で死ぬだろう。

それともこの国王が、洒落にならない頑丈な体なのか。

色々思うところがあった俺だが……


「おこぼれをもらってもいいですか」


空腹には、全く持って白旗なのである。

国王は怪訝そうな顔をした後に、言う。


「少年の分は用意されていないぞ」


「だからこそおこぼれで。食べ残しでいいんです」


俺はとっても空腹なのである。

だから、おこぼれだろうが食いさしだろうが問題ないのだ。

そんな俺は、国王が食べ終わるまで我慢した。

そして、国王がフォークを置く。


「もういい」


もういいって、あんたどんだけ健啖家なんだ……

俺はほとんど残されていない、そんな皿たちを見た後に、背に腹は代えられぬと立ったまま、ぱん、と手を合わせた。


「いただきます」


「それはなんの呪文だ?」


「命をいただきますっていう、食べ物に対しての感謝です。本来はもっと長い、祝詞のような物だったとも聞きますけれど、私の国ではその風習が長すぎて、いただきます、で済ませてしまいますね」


「……命を、か」


考えた事もなかった、という調子で国王が言った後に、彼も手を合わせた。


「いただきます? か」


良い言葉かもしれない、と国王が言った。

俺は彼からすれば、田舎者丸出しに近いだろう動きで、がふがふと料理を口に運んでいく。

食べていて思った。

うん、こっちの世界の料理は味が悪い。

素材のせいなのか何なのかはわからないのだが、なんだかおいしくない。

きりたんぽホットドッグはおいしかった。あれはなんでだ?

素材のあれこれを考えていく。

……調理法が確立されていないのかもしれない。魔素が流れ出て行く事を防ぐために、水にさらすとか、軽く火を入れるとか、そう言う物の概念がないのかもしれない。

それか味付けが単調なせいかもしれない。

目玉焼きはかちかちだし、白身も火が入りすぎていてかったいの。

肉も生焼けなのかなんなのか、レアっていう世界じゃない、レアのステーキは中まで温まっているから、中の脂がとろけるようなんだって。

遠い昔に、ステーキの神様と呼ばれた料理人の物を食べたというおばあさまが、そう言う事を話していた事があった。

作り方も教えてもらった。

そう言えば一度も、そんな御大層なお肉を買わなかったから、やった事がなかった。

おばあさまが生きている間に、いっぺんくらいやってみて、一緒に食べたかったなとふと思ったとたんだ。


「……あれ」


ぼろり、と。

涙がこぼれた。

しかし俺は食べ進めていく。泣いて食事にありつけないなんて、そんな事あってたまるものか。

絶対に残さない。


「泣きながら食べて、味が分かるのか」


「食べ損ねるよりはましです」


「少年の生活が垣間見えるようだな」


一体全体、と国王が言う。


「どんな悲惨な生活やら」


「とりあえず明日の食事とそれから一晩雨風をしのぐ場所と、親戚一同及び暴力団からの接触を逃れる場所の確保が最優先の生活ですね」


「ぼうりょくだん?」


「でかい犯罪者組織ですよ」


そんな事を言ってから、ああ、言い過ぎてしまったと思った。

国王の空気が変わったからだ。


「お前は、まるでその犯罪者組織に狙われるほどの、有力な物を持っているようだな」


「……」


俺は誤魔化すかどうかを悩み、そして言った。


「うっかり変な物を見てしまいましてね、そのせいでしょう」


それだけで、相手は適当に誤魔化されてくれるだろう。

密輸だ、犯罪現場だ、見ちゃいけない物はこの世界でも転がっているのだから。

食べ終わった俺は、また、


「ごちそうさま」


と両手を合わせた。


「それも呪文か?」


「食べる事が命をもらう事ですからね、ご馳走になりました、と食べたものに感謝をするんですよ」


「それは一種の宗教の様だな」


考えた事のない方向で、国王が言った。


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