答えに対するもの
俺は道具袋の中の、折り畳みナイフをいじっていた。
地球の物で、数少ない俺が地球にいたという証拠だ。
これがなければ俺は、もしかしたら今まで見ていた、久保田燐の生活は皆夢で、この世界の人間だったのかもしれない、なんて思っただろう。
でも俺は地球の日本産。
間違いないのだ。このナイフが俺の由縁を、現実だと教えてくれている。
それがとても救いになっているのが、今しみじみと感じるものだった。
まあそれはさておき、俺は馬車の中でじっとしていた。
がたがたと跳ね回る馬車は、俺にとって居心地のいい空間とは、言い難い。
俺は二転三転と転げまわり、何度か扉に激突しそうになるのを回避しつつ、王城に到着した。
俺が扉を開けようとした時、しかし扉は開かなかった。
外側から鍵がかかってんのか?
いよいよ俺は、逃げ出す事を想定されているらしい。
でもなんでだろう。
俺はしばし考えた後、俺のやった事を振り返ってみた。
魔物を浄化。そして消滅。
そしてこの世界で、神の助力を乞える人間はもはやいない。
たった一度だけ、人前で見せた俺の、異能と言ってもいい力は、おそらく脅威になりうる。
逃げ出さないように、見張られるのも道理ってわけか。
と考えれば、俺が二日ほどの猶予を与えられたのは、かなりの譲歩なのだろう。
おそらく俺は、ずっと見はられていたに違いないが。
見張られていた事にも気付けないなんて、俺も甘っちょろくなったものだ。
そろそろ本格的に、そういう物に対する感覚を鋭敏にしなきゃならないかもしれない。
俺がそう検討していた時に、扉が開き、まるで罪人のように、騎士たちが俺を馬車から引きずり出した。
いてえよ。
俺わるい事してねえっての。
だからさ。
「痛いです、逃げ出さないので、力を緩めてください」
ぎりぎりと音がしそうなほど、俺の二の腕を掴むんじゃねえよ!
屈強な騎士が三人がかりで、俺を引きずって行こうとするな! この世界では子供の背丈と言っていい俺の身長と、あんたらのがタイのいい体の体格差を考えろ!
俺の骨がミシミシ言ってんだよ!
流石の俺も、骨を強化するのはできないから、上から横から、負荷をかけられたら骨が悲鳴を上げちまう。
もしかしたら、肋骨が折れるのではないかと心配するほど、俺は抑え込まれて引っ張られていたわけだ。
痛い。
俺でも痛い。
俺じゃなかったら、ただの女の子だったら泣いてる。
もしくは気絶だ馬鹿野郎。
俺は騎士たちに対する文句を、心の中で吐き散らしつつ、表面上は穏やかに言う。
「痛いんです、お願いです、もっと力を緩めてください」
騎士たちも思う所があったのか、俺を見た後顔を見合わせて、力を緩めてくれた。
最初からそうしていろよ。
ほっと息を吐きだしつつ、俺は彼らと回廊を進んでいく。
魔法銀の飾りの美々しい空間を歩いていけば、この前王様と会ったのとは違う空間に行きついた。
ここも結構な飾りっぷりだ。
これが公式な謁見の間かもしれない。
俺は周りの飾りや絵画の調子から、なんとなくそう思った。
この前の空間よりも、ずっと威圧的な美が感じ取れたのだ。
来た人を委縮させるような威圧感は、謁見の間という、国王が権力をはっきりと見せつける空間にふさわしいだろう。
だから俺はそう思って、無作法に周りを見回してみた。
そこそこ、広い空間だ。
歩けば、音もよく響くようにできている。
よく計算された場所に違いない。
例えば天井の形とかが、反響をよくする造りっぽいしな。
俺は建築家じゃないから、詳しくはさっぱりだが。
散々見回してから、俺は国王が頬杖をついて俺を待っていた事に気付いた。
騎士たちはそんな俺を促して、先に進ませる。
進ませられたから、俺は以前と同じだけ国王に近付こうとした。
そして、国王との距離が二メートル弱になったあたりで、騎士たちが俺の前に、剣を突き出してきた。
「そこまでだ」
なるほど、これ位が基本的な位置なのか。
俺は一つ学習した。もっとも、これを使う日はおそらく来ないと思うんだがな。
「さて、少年」
国王が俺を見て口を開く。
じっと見つめてくる瞳が、深い深い碧眼だという事実に思い至った。
そしてその瞳の色合いが、めまぐるしく色味を変えてしまう、何かしらの呪術を含んだ目だという事にも。
一筋縄ではいかない国王ってわけか?
……もしかして、こちらの頭の中が見えちまうとか?
だとしたら、俺の正体も?
俺はそんな事を頭の中で巡らせた後に、どうでもいいと結論付けた。
武神ギギウス・ブロッケン。
そうだと国王が分かっていれば、国王はこんな風に俺を確保するのではなく、もっと効果的な確保の仕方をしている。
国一つ、大陸一つを手中に収められるのが、ギギウス・ブロッケンのほんのわずかな力だ。
ギギウス・ブロッケンの神髄を、知っている人間はもうこの世にはいないんだから。
多少なりとも権力に欲を持っていれば、ギギウス・ブロッケンを欲しがるだろう。
でも、この国王の感じはそうとは違う。
だから、こいつは分かっていない。
分かっていないなら、俺が自分からばらすという事はない。
巻き込まれるのは御免なんだ、俺は。
「答えは決まったか?」
国王の言葉。
俺は数回目を瞬かせてから、国王をまっすぐに見つめた。
「はい」
「どうなんだ?」
俺はここで、にこりと笑って見せた。
威圧的な空間の中で、あっけらかんと、邪気なく笑って見せる。
「国王陛下の中で答えは決まっていらっしゃるでしょう?」
「なに?」
「私はただの人間です。あなた様に比肩するほどの権力も何も、ない」
俺はそう言ってから、笑顔のまま、当たり前の事を告げる声で言って見せた。
「だから、私が何といおうとも、あなた様の命令に表立って逆らえる立場では、ありません。
だから、国王陛下の決めたとおりに、どうやっても、どうあがいてもなってしまう身の上なのです」
国王の脇にいる女性が、息をのんだ。
それは俺が、国王という生き物の権力や、影響力を知っている事を、驚いたからだろう。
俺みたいなちびっちゃい、いくつなのかもわからない子供が、それを言うのだ。
年齢は見た目以上だがな。
彼らにそれが分かっているわけもなく、俺は彼らの中では子供。
子供がこんな事を言うのが、彼らからすれば異常に近いに違いない。
俺はそうでしょう? と言って見せる顔をして、国王を見つめた。
国王は俺を見ていた。
俺の中身をじっくりと観察するように。
見抜こうとするように。
だがな、あんたに見抜かれる中身はしていないんだろ、俺は。
元神の中身が、人間に理解できる気はしない。
俺は人間だけれども、本質の部分は神に近い箇所があるだろうから。
「なるほど」
国王が言った後、くつくつと笑った。
怒ってはいないらしいし、不愉快に思われたわけでもないらしい。
俺はそこにほっとした。
こんな事を言っていても、俺は命が惜しいんだ。
しかし、思った事をある程度も言えないのは、腹立たしいから、つい口が言っちまうんだ。
そんな俺を見ながら、国王が言う。
「ならば、少年は余が望んだものになるというのか?」
「それに逆らえるわけもないので」
「そうか」
言った後、国王は面白い、こいつはどこまで行くのだろうという目をして、こう言った。
「決めた」
「何をですか?」
宰相らしき女性が、かすかに震えた声で言った。
それは国王の思い付きを、恐れる声だった。
俺だって恐れるだろうよ、同じ立場だったら。
「少年」
「……」
俺は少年という言葉の意味の中に、男女どちらとも含まれているという事を、ふと思い出した。
つまり、俺が少年と呼ばれて、否定をしなくても、俺は嘘を言った事にならないのだ。
よし。
「余の」
国王はことさら楽しい顔をして、こう言った。
「側妃……片腕になれ」
女性が倒れそうな顔色になった。
しかし、側妃って……側近からずいぶん方向転換をしたな。
まあ俺を抱え込むって事ならば、側近よりも側妃の方が、拘束力を持っているから、まだ理解できるんだが。
何故かと言えば、側近が失踪した時と、側妃が失踪した時とでは、捜査の具合が大きく変わるからだ。
側近の場合は、犯罪を犯していなかったら、捜査が甘くなる。
しかし、側妃の場合は、側妃、という王様の妻という立場があるから、捜査が徹底されるのだ。
そして、他国に捜査を協力してもらう時も、言い訳がいらない。
側近だったら、罪状を教えなくちゃいけない場合もあるけれど、側妃ならそんな物はいらないのだ。
俺がいなくなると仮定したならば、より探す力が強い方を選ぶってのもわかる。
だがしかし。
「私を……?」
ここまで考えて、理解しても、信じがたいって思うのは、自然だろ?
俺は言葉が出なくなってしまっていた。