浄眼でみきわめるもの。
射貫く眼差しをしている、と初めに思った。
気弱そうな態度とはまるで真逆な、強烈な視線。
それを真っ向からこちらに向けているのに、その自覚がとんとないと見た。
国王ドゥーガル・ディ・セレウコニィはその姿を興味深く見ていた。
一体年齢は幾つなのか。
現れた相手を見て初めに思ったのはそんな事。
十一かそこらだと聞いていたのだが、瞳はずいぶんとその年齢を上回った光を宿している。
老成している、と言えば聞こえが良い物だが。
これは違う、と何かしらの直感が働いたのだ。
彼はまた少年を観察する。
少年だと聞いているのだが。
何かが違う。
微妙な何かが違っているのだ。
一体何が。
相手を観察しながらそう、感じるのは、おそらく偽りを見破るという、“アルストロイの浄眼”を宿す身の上だからだからであろう。
恒常的に発動する魔法であり、自分の意思とは関係ないもの。
十代前半でうっかり手に入れてしまった力だ。
ドゥーガルはまた少年を見やる。
少年の隣には、泥にまみれた、赤い高級な絨毯をべたべたに汚している獣。
四足に蹄、突き出した鼻とイノシシに似ていながら、何かが決定的に違う姿。
報告にあった獣だが、あまりにも汚い。
ドゥーガルはちらりとそんな事を考えてから、また少年を見やる。
相変わらず、少年は不敬罪になりそうなほどまっすぐに、ありていに言えば無礼に、こちらを見ている。
また、ずいぶんと真っ黒い瞳をしている。
はるか遠く、この色合いは冬の大陸の色合いではないだろうか。
冬の大陸は色彩に乏しく、白か黒か灰色か、と言った世界だといつか聞いた事があった。
聖女などお呼びではないほど黒い。
彼女を思い浮かべ、国王はその色がどこか茶色い事を思い出した。
対してこの少年は、空恐ろしいほど黒い瞳だ。
その目が何もかもを見透かすようで、何もかもを受け入れるようで、国王は背筋が少しざわついた。
言葉を発すれば、少年は表情を変えた。
顔によく出る少年だ。面白いほど変わる。
そして、その表情から、国王は自分の言っている事とこの少年との間に、齟齬が生じている事に気付いた。
少年はあからさまに何かを、隠していた。
隠すというよりも、言葉にしていなかった。
面白い。興味深い。
国王はそう言う思いに駆られた。
この少年はどういう顔をして、魔物たちを一掃するのか。
瘴気を一掃させているのか。
間近で見てみたいと、心底思うほど、他人に興味がわいたのは久しぶりだった。
そのため問いかけたのだ。
「少年、余の側近の一人として仕えぬか?」
と。
少年ははっきりと、訳が分からないという顔をした。
訳が分からない。なんだか全く分からない。
そもそもそう言う理由は何なのだ?
何がしたいのだ?
都でも言いたげに瞳の色ばかりを変えたのだ。
視線はまったく国王からそらされないあたり、少年の強さを感じるものだった。
そして驚いた事に、少年は。
「保護者と相談させていただきます!」
などと言い切ったのだ。その太い精神には脱帽した。
ここで国王の意思よりも、保護者の意思を優先させるとは。大した根性だ
ますます手元に置いてみたい。
少年と歌うたいが退出した後、宰相バスカーニャがため息交じりにこう言った。
「陛下、悪いお顔をなさっていますよ。それほどにあの、少年が興味深いのですか?」
「ああ、実に興味深い」
「しかし彼はまだ子供、あまり非道な選択はなさいませぬように」
「しかしあの少年は先ほども言ったように、魔物も瘴気も一掃する。おまけに従っている獣は、魔獣たちがバタバタと倒れる瘴気の中を駆け回れる獣だ。どちらも抱え込んでおくに越した事はない」
国王はそう言った後に、思い出して問いかけた。
「さて、バスカーニャ。黄金を生み出す人間を見つける事は出来たか?」
「いまだ」
「遅すぎる。このままではその人間に、国越えをさせられてしまうかもしれないぞ」
「ただ……」
「ただ? 嘘は通じんぞ」
何かを言いよどむ宰相の言葉を、促す。
促せば、彼女は口を開いた。
「街の質屋に、黄金と思われる物が換金されたとの情報が」
「それは実に有力だな?」
「しかし、換金したのは頑是ない子供だとの事。私は子供の後ろに、本物がいると思います」
「して、子供の足取りは」
「目撃情報が少なすぎて、いまだにわかりません」
宰相の声にドゥーガルは一つ、息を吐きだした。
「使えんな」
使えないと言えども、彼女はこの国になくてはならない逸材なのは事実だった。
「さて、我が息子たちと聖女殿はどうしている? 此度はバカ息子が聖女を瘴気の中に入れる事にごねて、出ていないと聞くが」
国王はあえて話をそらし、自分には嫌悪の表情を浮かべる聖女と、この父親には複雑な思いを抱いている息子の様子を聞く事にした。
「ステファン様は聖女アカネ様と一緒に宮の中に。クリスチャン様は体を壊して今日も床に就いております」
「まったくステファンはしょうもなければ、クリスチャンは体が弱すぎる。どちらも問題が多すぎるな」
「……」
賢明な宰相は、それには答えなかった。
ドゥーガルは瞳を瞬かせた後に、口にした。
「あの少年をこちらに引き入れられれば、相当な抑止力になるだろうな? バスカーニャ」
そう言った矢先だ。
一人の侍従が近付き、宮廷の一礼をした後にこう言った。
「ステファン殿下とアカネ様が、国王陛下におっしゃりたい事があるようです」
もう来ています、と言った侍従にドゥーガルは頷き、玉座のあるこの部屋に入る事を許した。
母親に似たステファンは眉目秀麗で、ドゥーガルとは似ても似つかない。
これで親子とはなかなか……と笑いたくなるほど似ていないが、国王はそれを口にしない。口さがない者たちは色々と言っているらしいが。
気にする事ではない、とドゥーガルは思う事にしている。
そうしなければ面倒くさいのだし、クリスチャンに王座は譲れない。
体が弱すぎて世継ぎが望めないからだ。
世継ぎの望めない国王というのは、内乱の火種になる。
そのためもあって、決してクリスチャンに王座は渡せない。
まあステファンも、出来損ないではないのだし。
第一クリスチャンも、ドゥーガルには似ていないから似たようなものだ。
ドゥーガルは瞳を二人に向けた。何を言い出すのか。
「父上、あの少年はどうなりましたか? 私の部下となり、アカネに瘴気を払う踊りを教えるという事でしたでしょう?」
そう言う話をしていただろうか。
ドゥーガルは考えたが、そう言う事を口にした覚えはない。
ただ噂好きだったり、ステファンの隠密部下たちが、あの少年の詳細を長男に伝え、何かがずれた事もあるかもしれないが。
まったく、どこの物語にも、踊るだけで魔物も瘴気も一掃できる力の持ち主など、いなかったというのに。
本当に、あの少年は手放してはいけないし、枷もなく国を超えさせるわけにもいかない。
危険すぎる。
「おまえにそれを離したのは誰だ?」
ステファンに問いかけた時だ。
隣に立っていたアカネが潤んだ瞳をこちらに向けて、ちょこちょこと前に進み出た。
「陛下、発言してもよろしいでしょうか?」
「許す」
一応の礼儀作法をとった聖女が、言った。
「わたしは、この国を救うために召喚されました……だから、あの少年は、きっとわたしがこの国を救うための技を覚えるために、神が遣わしたものだと思うのです。ですからわたしは、少年に踊りを教えてもらわなくては……」
そう言う思考回路か。
ドゥーガルは、その聖女が何か偽りを隠していると見抜きつつ、泳がせてみようと決めた。
聖女はおそらく、このドゥーガルのアルストロイの浄眼を知らない。
知らないからこそ、黙り偽りを述べる。
他の誰もが、それができないというのに。
またほかの誰もが、そう言う事を言うと思っていないからこそ、聖女の言葉を真実だと思うのだ。
全く喜劇。
「少年は保護者と相談するそうだ、聖女殿」
そして思いついたように、ドゥーガルはこう言った。
「踊りを教わるだけならば、我が娘ルナも教わった方がいいかもしれんな」




