その襲来(1)
草原は魔物が出にくい。
そして魔物除けの鈴を鳴らしていれば、大概の魔物は近付いてこない。
だからこそ、子供だけで草原を歩く事が可能なのだろう。
「まあ、薬草を摘みに行くために、子供だけでこの草原を通る事もあるし」
そう教えてくれたのはキティアだった。
「街の周辺はそんなに危険じゃないわ。それに聖女様が、瘴気を浄化してくれたから魔物の出現率も低いし、魔物の強さも下がったから」
おかげで、家の商人たちも楽になったって言ってたな、と同意したのはマークだった。
キティアとマークは、大商人の子供たちらしい。
だが、高級学校に行くとエリート思想に固まるから、あえて庶民の学校に入学したとか。
なるほど、納得のいく事だった。
商人に、エリート思想とかいらないもんな。
「ごめんね、最初にへばっちゃって」
言ったのはシャリーアだ。ちなみにぶーちゃんの上に乗っている。
シャリーアは、割合体力がなかったらしい。
そして楽しみ過ぎて、昨日からほとんど徹夜だったせいで体調を崩し。
ぶーちゃんに乗って、俺たちと進んでいる。
ちなみにぶーちゃんは、これくらい大したことじゃないらしい。
軽いらしい。
……まあ、俺達、ぶーちゃんに荷車ひかせる時、絶対にシャリーア以上の重さを引いてもらってる。
ぶーちゃんに割り増し手当と、泥風呂と、何かおいしい物を出そうと俺は決めた。
「ばかだよなシャリーア。ちゃんと寝ろよ」
「そうそう。それで気分悪くしてどうすんだよ」
年上の友人たちは、あまり気にしていない調子で、シャリーアの言葉に返事をしていた。
苦笑しているのはキティアだった。
彼女はもともと、シャリーアの体力や性格をよく、分かっていたようだった。
「ほら、もうじき見えてくるぞ!」
マークが声を上げた。
俺もそちらを見ようとして。
ざわり、と背中が粟立ったような気がした。
なんだ?
……気のせいか。
俺はそんな風に思おうとして、立ち止まったぶーちゃんに気付いた。
「ぶーちゃん?」
<ねえ、あっちにもどろ>
「どうしたの?」
<親分戻ろう、戻ろうよ親分>
「どうしたって……」
俺がぶーちゃんに問いかけようとした時。
かすかに見えてきた天幕の方から、火柱が上がった。
それはすごい地響きを伴うもので、遠くからでもわかるそれに、俺たちは止まった。
ところが。
「なあ、なんか天幕の方でだし物でもやってんじゃねえの?」
「早くいかないと見逃しちゃうわ」
「急げ!」
歩いていた三人が、走り出したのだ。
俺は血の気が引いていた。
あれは火柱だ。魔術の中でも高等魔術。
だし物なんかで、出すような魔法じゃないのだ!
「待って! ……ぶーちゃん、お前は先にあっちに帰れ!」
<親分を置いて?>
「ああわかったよお前道連れになってもいいんだな!」
「リン……?」
ぶーちゃんの背中の上の、シャリーアが怪訝そうな声になっているが、かまわない。
「私はあの三人を連れ戻しに行ってくる」
<ぶーちゃんも一緒>
俺はどこまでも着いてくる気らしい豚を見て、溜息を吐きつつ、三人の後を追いかけた。
三人は途中で止まっていた。
さすがに事態の異常に気付いたらしい。
良かった、これならまだ、街の方まで引き返せる。
と思った矢先だ。
ぶおりと、瘴気が一瞬にして密度を増した。
なんだこれは!
俺はとっさに踏ん張った。反射的な行動だった。
何で瘴気が密度を増すんだ。
瘴気が密度を増すのは、核が生まれた時だ。
それか、瘴気を作り出せる、あちら側のやつらが、血や涙をこぼした時だ。
今何でそれが起きているんだ!
混乱しそうな俺は、それでも、瘴気にあてられてばったりと倒れた、三人を一人ずつ確認した。
気を失っているだけだ。
でも、このままだったらやばい。
「ぶーちゃん、あと三人乗せられる?!」
<乗せられるけど……親分何する気?>
「あと三人乗せて、ぶーちゃんは街に走れ! これは親分の命令だ、ぶーちゃんに抗う選択肢はない!」
俺は力任せに三人を、ぶーちゃんの背中に乗せた。
<親分はどうするの?>
困った顔のぶーちゃんに、俺は言う。
「ちょっとね」
俺はちらりと、シャリーアも確認した。もともとへばっていたシャリーアは、瘴気で気を失っている。
そうじゃなかったら、シャリーアも逃げようと言ってくるはずだからだ。
<親分は、だいじょうぶなの?>
「まーな」
俺は頭をかきながら言う。
そしてぶーちゃんは俺の瞳の中に、何を見たのだろう。
何か納得する物を見たらしい。
そして、背中の子供たちを落とさないように、しかし全速力で走り出した。
俺はそれを確認して、瘴気の濃い方向に走り出した。
なんでかって?
そりゃあ、街に魔物が襲撃してきた時の方が、俺的に厄介だから。
俺が何か、ばれるのよりも、街が襲われて死人が出る時の方が、俺は嫌だ。
そして俺は、冬の力を呼べる。
使えるものは何でも使わなきゃいけないだろう?
俺は日本でそう、実感した。
だから走った。
瘴気は、天幕の方向に行くほど強くなる。
火柱がまた上がる。魔物が何匹もなぎ倒されていく。
でも。
「あれだけのまじないを、何度もやれる底なしの魔力のやつはいない」
そこが問題だった。




