嵐の前兆
<親分はぶーちゃんを置いて遊びに行っちゃうんだ……>
しょげている豚。なんだろう、表情はわからないはずなのだが。
落ち込んでいるのがまるわかりだ。
俺はなんとも言い難かったのだが。
「ぶーちゃんもお休みが欲しいの? でも今日はだめよ。祝祭の初日なのよ? いつもより忙しいのは目に見えているわ。ほかの子たちがようやく使えるようになったばっかりに、ぶーちゃんに抜けられると困るわ」
キャシーがそんな事を言う。
だがしかし。
<ぶーちゃんにそんなの関係ないですもん>
ぶーちゃんは鼻を鳴らした。
俺はそれを通訳する。キャシーの溜息。
そして俺はと言えば、困っていた。
ぶーちゃんは一杯我慢をさせている。
俺の学校にもついてこないし、お店をいつも手伝ってくれている。
だからこんな、かわいらしい我儘の一つくらいは聞いてやったほうがいい気がするのだが。
今日が祝祭の初日じゃなかったら、俺も親方に一言言って、ぶーちゃんと一緒にいる。
困った。
そう思っていた矢先だ。
「おい、さっきからどうしたんだ。ぶーちゃん囲んで」
親方が現れた。しょげ込んでいる豚と、困った俺たちを見て問いかけてくる。
「何かあったのか?」
「ぶーちゃんもお休みが欲しいんですって」
「ああ……働き通しだからな。リンがいない分も助かっているわけだし……よし、今日は休みをやる」
「え?」
「大丈夫なんですか?」
「ああ、厨房に根を上げたへたれが、表に回ったしな。この忙しい時を乗り越えられれば、いつでも大丈夫だ。……俺たちはぶーちゃんに頼り過ぎだからな。少しはぶーちゃんなしをやってみた方がいい」
「いいんですか?」
「責任は俺が持つ」
言い切った親方。俺は新しい給仕のメンツを思い浮かべた。
どれもイケメンである。ただし根性なしだが。
何回か仕事の具合は、見ている。
平日ならそこそこの働き方だ。
大丈夫……か?
考える俺とは裏腹に、ぶーちゃんはくるくると喜びを示している。
「だから遊びに行ってこい、リン。残りの祝祭の三日間は、店に出てもらうけどな」
「ありがとうございます!」
俺は色々解決してくれた、親方に感謝した。
そして、お弁当……ぶっちゃけお結び……を入れた道具袋を腰に下げて、ぶーちゃんに声をかけた。
「行こうぶーちゃん!」
<親分とお出かけ! いつぶり? キノコ採りぶり!>
俺とぶーちゃんはそう言いあいながら、店を飛び出した。
「そう言えば……祝祭ってなんの祝祭なんだろう」
<ぶーちゃんにいってもむりなおはなし>
俺たちは賑わい、あちこちで出店の掛け声を聞きながら、大通りを歩いていた。
いろんな人たちが、城を目指して歩いている。
城の一般公開でもやっているのだろうか。
それって警備上どうなのよ。危ないんじゃねえの。
スパイ問題とかさ……
などと思いながら、俺はあのパクリ店が立っていた場所を見た。
「わお」
店は閑古鳥の鳴いている状態だった。
俺は久しぶりにこの通りを通ったので、この閑古鳥っぷりはびっくりした。
よく潰れていないな。そんな事を感心した。
何を隠そう、小学校はこの通りとは逆の方角にあるのだ。
通らない道の事は知らなくて当然。
「すっかすか、このお祭り騒ぎの中なのに」
俺の独り言に、ぶーちゃんが言う。
<親分これからどこに行くの?>
「外かな、友達と一緒に草原に行くんだよ」
<親分も友達できるんですね>
「何が言いたい」
<親分はふしぎだから、友達出来なさそうだから>
ぶーちゃんは本当に勘が鋭い。
俺が不思議、当然だ。
前世持ちでさらにその前世が神だとかいうので、俺は変わり者だから。
……日本でも友達、なかなかできなかったからなあ。
俺はそんな事を思いつつ、シャリーアたちとの待ち合わせ場所に向かった。
街の西の門だ。そこにシャリーアたちが待っていた。
でも俺が最後ってわけじゃなさそだ。
キティアがまだ来ていない。
「お待たせしました」
「ぶー」
「え、リン、その珍妙な生き物連れてきたの?」
シャリーアがぶーちゃんを見て開口一番にそう言う。
ぶーちゃんが首を傾ける。
そしてぶひぶひと、俺でも翻訳不可能な鳴き声を漏らす。
「まあまあ、いいじゃないか」
取りなしたのはベンだった。成長は早いらしく、結構大きい背丈をしている。
そんな事を言ったら、俺は年に不釣り合いなちびだけどな。
「それより、キティアはどうしたんだよ。こう言う事が大好きなあいつが遅刻なんて珍しい」
言ったのはマークだ。
「そうだね、遅いのは珍しいわ。でもキティア、最近お化粧に目覚めたんだって。もしかしたらお化粧してるのかもしれないわ」
シャリーアの言葉に、男二人は訳が分からない、という表情だった。
「化粧なんているのか?」
「それで遅刻したら、元も子もなくね?」
二人が言った時、ぱたぱたと軽い足音を俺の耳は聞きつけた。
「来たようですよ」
俺はそう言い、この人どおりの多い道で、目立つように大きく手を振った。
「おまたせ!」
現れたのは、きれいに化粧をした、キティアらしき人だった。
「うわあ、キティア綺麗!」
「……」
「……」
男二人は、きれいになりすぎた幼馴染に、言葉が出なかったようだった。
そんな二人を華麗に無視して、キティアが言う。
「わたしが最後だったのね、ごめんね。それじゃあ行きましょう! ところでその禿げ猪は何者なの」
「私の子分ですよ」
俺は当り障りなく、そう言った。ぶーちゃんは、化粧の香りが嫌いなのか、ずりずりと俺の後ろに下がっていた。
「変な子分持っているのね、あなた。そうだ、あなたが料理が上手なリン?」
「その紹介はどうでしょうか……」
俺は苦笑しつつ、彼女の言葉を否定も肯定もしなかった。
この紹介はシャリーアの紹介だろうな。
「まあ、とにかく行こうぜ、旅芸人のテント、もしかしたらもうたたまれているかもしれないから」
「そうね!」
そんな風に話題を変えた彼らの後を、俺はぶーちゃんとともに追いかけた。




