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子供たちの秘密の計画

学校は平穏なものだ。

多少俺の字の汚さを、からかう奴らもいるわけだが、事実だ。

事実を言われて、俺は怒ったり出来ない。

上達すればいいわけだ。

そんな風に日々がすぎていくと思ったある日の事だ。


「明日旅芸人が来るんだって!」

「旅芸人が来る? そんなの、いつでもバルザックには誰かしらが来ているでしょう?」


シャリーアのはしゃぎきった声に、俺は首を傾けた。

俺の疑問に、シャリーアがこう言い返してきた。


「そこら辺を旅してきた、適当な旅芸人じゃないわ! 遠い西の国の音楽学校を出てきた、本物の歌うたいが来るんだって!」

「それは珍しいのですか?」


いまいち、彼女のはしゃぎ方の理由が分からない俺だ。

だが。


「本物の歌うたいは、瘴気を和らげられるのよ! っておかあさんが言っていたわ。王様が呼んだんですって!」


そして夢見る顔をして、シャリーアがこう言った。


「とっても格好いいんだって、すてき」

「旅芸人は技術か美醜で、収入が大きく変わりますからね」

「リン夢がない」


シャリーアはそう言うと、不意に身を乗り出してきた。


「ねえねえ、リンも見に行こうよ、ちょっと草原を行くと、旅芸人のテントが見えるんだって!」

「私もって事は、ほかに誰か行くのですか?」

「ベンとマークと、キティアも行くわ」


俺はシャリーアの幼なじみたちの顔を、思い浮かべた。

彼らは学年がいくつか上の、ようは先輩たちである。

冒険心にあふれた彼らは、大人に怒られる危ない事もする。

しかし、ちょっと草原に行く事は、危ないだろうか。

俺はそう思って、実は自分がその旅芸人に、興味がわき始めていると言う事に気づいた。

俺も同じ穴のムジナであったわけだ。


「いいよ、行きましょう」

「実はね、明日行くの。大人に内緒で」


秘密を離す声のシャリーアに、俺は明日の予定を思い浮かべた。

特には何もない。

シャリーアたちと一緒に草原に行っても、何ら問題はない。

……というか、店を手伝おうとすると、日中は怒られるのだ。

日中は子供らしくしていろ、と言うわけだ。

親方相手に不満が出たらしいが、親方も頑固だ。

絶対に譲らなかった。


「いいか、リン。お前はまだまだ、小さいんだ。確かに城の厨房では下っ端で、見習いで、こき使ったが。外に出たからもう、それは関係ないんだ。お前は子供らしく、勉強したり、遊んだりしろ。そりゃ、店の仕込みは助かっているし、お前がいなかったらこの店は成り立たないけどな」


大量のタマネギをひたすら、皮をむき刻んでいた時の言葉だった。

親方は俺を、見もしないでそう言った。

それがあんまりにもうれしくて。

親方の、優しさのような気がして。

俺はタマネギが目に沁みた振りをして、ぽろりと涙をこぼしてしまった。

親方は、俺の涙にも気づかない振りをしてくれた。

そんなわけで、俺は遊ぶ時間ができた。

うれしいけれど……俺は十八である。

しかし皆そろって俺を子供扱いするせいで、だんだん自分の年齢がわからなくなってきたぜ。

俺、本当は何歳だっけ?




「ギギー」

夜中である。仕込みも終わらせて、さあ寝るかとぶーちゃんにもたれ掛かった時だ。

ぶーちゃんは熟睡している。働きっぱなしのこの健やかな豚に、親方は毎日おいしいニンニクを与えている。

ぶーちゃんはにおいの強い物が好きなのだ。


<魅惑的な香り……>


と言うともう、話を聞かなくなる。ぶっちゃけ、ぶーちゃんはカレーを食べたいらしい。

でも辛そうだから、複雑だとか。涎が止まらなくなりそうだとか。

食うな。商品だ、と親方が怒るから、ぶーちゃんはがんばって我慢している。

えらいなあ、本当に。

それはさておき、俺は本当に眠かった。何しろ明日は休日で、お祭り事があるのだ。

聖女のなんちゃららしい。

だから大人たちが忙しく、子供に目が配れず、子供たちは内緒のお出かけを計画するわけだが。

俺年上だから、本当は止めなくちゃいけないのかもしれない。

でも、子供っていうのは、頭ごなしに反対したり、止めたりしたらいけないのだ。

何でなんだって反抗心がね、もたげてきてね、頑固になるんだ。

そして、やっちゃいけない事がさらに悪化するんだ。

そういう自分が、昔にいた俺にとって、止めるという選択肢はあんまりない。

危なくなって、懲りたらいいのだ。

……これは平和な日本だから言える事、なのだろうか。

俺はちょっとわからなくなってしまった。

眠いしわからないし、俺は目をこすって横になったままキャシーを見た。


「何です、キャシー」

「明日どこかに行くのかしら?」

「……どこかに行くって話しましたっけ」


俺はしらを切ろうとした。しかし。


「私をなめていないでしょうね、ギギー? 私はこれでも一柱よ?」


美と豊穣の女神は、高々十八歳のちびの秘密なんて、お見通しだった。

俺はあくびをしながら答えた。

キャシーになら、言ってもいいんじゃねえのかな、ってちょっと思ったから。


「草原に出かけて、旅芸人のテントを見に行くんです」

「あらそう、すてきね。お弁当の用意はしないの?」

「……子供だけの、秘密のお出かけなんです、一応」

「ふふ、私じゃなかったら気付かなかったでしょうね。あなたもちゃんと話してくれたから、アーティに気付かれたら取りなしておくわ」

「ありがとう」

「じゃあ明日もそれなりに暇じゃ、ないのね。わかったわギギー、お休み」

「お休み」


俺はキャシーが灯りを消したのを認識した、と思ったら寝ていた。

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