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年下の友達

入学式なんて物は、この学校にはないらしい。

高級な学校には、あるという。

だがしかし、俺が通う事になったのは、庶民の学校だ。

主に予算の都合で。

それでいいと俺は思う。だって貴族様の学校に行くなんて、恐れ多くて。

俺は週に五日、この国の小学校に通う事になった。

でも複雑だ。


「私十代後半」

「何かいった、リン」

「何でもないですよ」

「かたくるしいー」


俺は早速、隣の席になった十歳の女の子、シャリーアと会話をするようになった。

年下だと思えば、多少言動が悪くても気にならない。


「リンはもっと気軽に呼べばいいのに。ねえねえ、リンってもしかして、貴族の子供なの?」

「何でそんな事聞くんです?」

「だって庶民がそんなに丁寧に、喋るの聞いた事ない!」


俺は戸惑ったが、しょうがない。そうなのか。庶民は雑な会話をするのか。

俺の知らなかった事実である。しかし教えてもらえてあり難い。

それでも、俺はこの口調を変えるわけには行かない。

変に乱暴な口には、なれない。

内心はこんな風に、ぎゃあぎゃあと男のようだが。

俺の性別は一応、女なのだ。

……しかし、シャリーアは俺の性別を分かっているのだろうか。

俺は内心で不安に、なってしまった。

だがあえて聞くのは、自意識過剰のようだから、言わない。


「死んだ親が厳しかったんですよ、礼節を大事にしろって」

「そんな事を言うお父さんとお母さんだったの? 変なの」


シャリーアは首を傾けた。だが。

ぱっと笑顔になり、明るい声でいった。


「そうだ、分かった! リンのお父さんたちって、貴族相手に商売していたんでしょ。そうだったら変じゃないわ」

「どうだろう、わからないですね」

「貴族は丁寧にされないと、おっこるんだよ。ものすごい怖いの。お父さんがいっていたわ」

「シャリーアのお父さんは、貴族相手に商売をしていたの?」

「そうだよ。でも、前に貴族を怒らせて、お店つぶされちゃって。でもお父さん、今も楽しいっていってたよ」


子供だから、詳しい話は知らないらしい。

でも俺は、シャリーアは詳しい事を言わないだけなんだろうな、と思った。

子供は実は色々な物を、よく見ているのだから。


「お父さん仕立屋さんだっけ」

「うん! とってもすてきな服を作れるんだよ、縫製もしっかりしているんだって、誉めてもらえてたから」

「そこー。授業始まるから喋るのはおしまいだー」


話がさらに盛り上がるかに思われた時、教師が入ってきて、俺たちをちらりとみた。

そしてごく当然の注意をして、シャリーアは口を閉じて、ぱちんと俺にウィンクをして小型の黒板を手に取った。

この学校は、黒板と白墨を使うのだ。

高級学校は紙と羽ペンにインクだが、庶民の学校はそんな消耗品は使えないわけである。

俺たちは、始まった授業に耳を傾けた。

本当の事を言えば、俺は読むのは出来るし、計算も出来る。

しかし。


「リン、おまえの字は本当に汚いな」

「難しいですね」

「きったな! 俺より下手だぜ」


先生に言われ、周りの男の子たちにも言われ、隣のシャリーアはいつも通りに微妙な顔をする。

そう、俺の筆記は恐ろしく汚かった……

書き慣れない文字は、書きにくい。読めても、書くのはだめだ。

巧く書けない。親方はこれを見越して、俺を学校に入れると、決めたのだろうか。

キャシーは常識を学べと言ったわけだが。

確かに、常識は少しずつ、分かるようになってきた気がする。

何がやばくて、何を言ったらおっかないか。

何に口をつぐんでいればいいのか。

俺はこの歳だが、喋る中身はこちらの世界の、小学生並の非常識さなのだな、と改めて実感する。


「練習します」

「そうしろ、ここまで読めないのは問題だ」


先生がこつこつと、手持ちのぼろぼろの教科書の端で、俺の頭をこずいた。

地味に痛いのだが、しょうがない。先生に悪気はない。

そのかわりに俺は、ちょっとだけ先生をにらみ、前の黒板の計算式を書き写した。

授業は一コマ90分。一日にある授業は三コマ。

そして間に、30分の休憩を挟む。

その30分の間に、食事をしたりするのだ。

俺は全く知らなかったのだが、庶民の食事は一日に5回もあるのだ。

朝目覚めて、お茶とか少し甘い物をひっかけて仕事や学校に行き、午前中に少し物を食べて、昼にしっかりと食べて、夕方にお茶をして。

それで夜にご飯やお酒である。

貴族は一日に三食だ。

それは貴族が、豪華な食事を食べるからだとか。

貴族の食事は長いから、一日に5回も食べられないのだ。なるほど。納得である。

俺は店の手伝いをしたかったのだが、店と学校を往復するだけで休み時間が終わる。

だから泣く泣く諦めて、俺は地球にいた時同様に、仕込みに情熱を燃やす事にした。

親方と二人で、昼に使う香辛料を調合し、湿気ないように陶器の壷に入れておく。

こうしておくとかなり楽らしい。

親方が、味を盗めるなら盗めばいいと言ったのは、ここに起因していた。

香辛料の調合を知っているのは、俺と親方だけ。

そして調合するのは、働いている人たちが帰ってから。遅い時間だ。

これなら調合はあまり、真似できないだろう。と俺でも思ったわけであった。

カレー屋は順調だ。そこそこ儲けているようだし、リピーターも多い。

親方が、俺に常識を学ばせる方が重要、と判断できる位には、軌道に乗っているようだった。

だから俺も、そこまで心配しないで、小学校に通う事が出来る。


「リンはいつもお米を握った物だけだね」


昼休みに、教室で弁当を広げていると、シャリーアがそう言ってきた。


「おかず作っている時間の余裕ないから」

「私もお米と卵焼きだけどさ。リン、お米だけたくさん食べるんだね」

「おいしいですよ?」


しお結びは格別であると思うのは、俺の気のせいだろうか。

この国の塩は海からとってきた塩と、山からとってきた塩とがある。

どっちでもおいしいが、俺的には食べ慣れた海の塩の方が好きだ。

海藻にたっぷりとついた塩をこそげ取って使う、海の塩は磯の香りがすてきである。

ただこれももったいない事に、海藻部分は食べないで破棄されてしまうらしい。

わかめの塩漬けうまいんだけどな。


「それにリンの家のご飯って、なんか同じお米?」

「多分そうですけど?」

「なんだか違う物みたいに見えるの、不思議ね」

「炊き方……?」


俺は微妙な声になりながらも、事実俺の炊き方は、シャリーアの家の米の炊き方と違うはずだから、見た目はそう言うことだろうな、なんて思った。


「炊き方? そんな物があるの?」


不思議そうなシャリーアに、俺は頷いて見せた。


「故郷の炊き方は、こっちと少しだけ違う、みたいで」


試しに食べる? と問いかけて、シャリーアがお結びを一口かじる。

そして目を丸くした。


「とってもおいしい!」

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