初めて見た聖女
「あ、雪」
俺は天空から落ちてきた白い粒に、そう呟いた。
雪。懐かしい。俺の前世でも懐かしいものだし、俺の日本の故郷も結構雪は降る地域だったせいか、この雪が懐かしい。
でも。
「空から白い塊が降ってくる!」
「なんの呪いだ!」
「寒すぎる!」
街からはそんな声がちらちらと聞こえてくる。
そこで俺は、このバルザックでは雪が降る気候になった事がない事を知った。
そうだよな、春の大陸は基本暖かい。
夏の大陸? あれは年がら年中暑い。ぶっちゃけ東南アジアや熱帯雨林の世界だ。
そこでも冬はきちんとあるけれど。雪なんて絶対に振らない。
俺は籠ごと腰の道具袋に入れていたきのこを確認してから、、ぶーちゃんに言った。
「ぶーちゃん、これ雪っていうんだよ」
<ゆき。食べられる?>
「氷の粒だから食べられるかもしれないけれど、おいしいとは思わないな」
<ふうん>
ぶーちゃんは人間ほど気にしないらしい。すたすたと店兼家に向かって歩いて行った。
俺もその後に続く。一気に冷え込んできたな、温かい物が食べたい。
そうだな、早くクリームシチューを作ろう。それともカレードリアでも作るか。どっちだっておいしい。
「ぶーちゃん、今日はお乳のたっぷり入ったシチューにしよう、きのこもたっぷり入れた、とろっとした汁ものだよ」
<早く帰ります!>
言ったぶーちゃんが早足になる。
俺は舌の上によみがえる、あつあつの美味しさを思い浮かべてその後を追いかけた。
その時だった。
「せいじょさまのおかえりだ! みちをあけろ!」
と言っているのか、なんか知らないが皆が通り道を開けた。俺もそれに合わせようとしたんだけれども、ぶーちゃんが一向に気にしないで進むので、立ち止まった分開いた距離を縮めるために走り出した。
「ぶーちゃん止まって!」
ぶーちゃんはお乳のたっぷり入ったきのこシチューしか考えていないのか、一気に広くなった道を駆けていく。早いんだよお前!
「止まらないとご飯抜くよ、ぶーちゃん!」
俺が切り札ご飯抜きを発動すると、ぶーちゃんはようやく止まった。不満そうだ。
何とかぶーちゃんを道の脇に連れて行く。そして周りに合わせた頭を下げた。
とはいえ、人の陰に隠れた俺が頭を下げようが下げまいが、気付かれないという悲しさがあったが。
俺はそこで、聖女様一行を見る事になった。
「あれ誰です?」
俺はその辺に立っていた人のよさそうなおじさんに、問いかけた。
おじさんは俺を見て教えてくれる。きっとお上りの子供か、田舎者に見えたんだろう。
「右側の金髪の方が第一王子のステファン様。その後ろにいる赤毛の方が公爵家のジュゼッペ様。左側の青みがかかった銀髪の方が上級魔法使いのアラン様。そして真ん中にいらっしゃるのが、我らの救世主、聖女のアカネ様だ」
ふうん、と俺は呟いた。ステファンはどこか、俺が前にご飯を届けた金髪の美男子に似ていた。
でもこっちの方が我儘っぽそうな顔をしている。あくまでも俺判断だが。
赤毛の方はあの時の、不機嫌そうな青年だ。そして上級魔法使いは、顔色が悪い。こいつも魔素中毒がかなりひどいだろう。それでも摂取しているらしい。
それが立ち振る舞いから匂う。俺の感覚なので、実際には匂っていないが。
そしてアカネという聖女は、美少女だった。でも俺は好きになれない気がする。
何なんだろう、あの、自分は誰からも愛されるという自信の見え隠れした感じは。
そしてそれを、あえて隠していますという感じは。
俺と相性が悪い女の子って感じだ。
だって、なんで森に行っていたらしいのに、あんなにもきれいなドレスのままなんだ? 欠片も汚れていないし、お姫様のような扱いだ。
あいつら、余裕なんだな。というか現実的じゃないというのか。
俺はなんだかもやっとした。
<きのこのシチュー……>
ぶーちゃんが哀れっぽく鼻を鳴らす。分かったよ。
「こそこそ行こう、ぶーちゃん」
<がってん!>
俺たちは大通りの人たちに気付かれないように、影をこそこそと移動して、雪が降りしきる中家路についた。
その日の酒場は、温かい飲み物を頼むお客が多かった。雪が降るほど寒いのだから、当然だろうと俺は思う。
俺は酒場のはじっこで、ぶーちゃんと一緒にクリームシチューを食べていたのだが。
「キャシー、あのおちびちゃんが食べている、温かくておいしそうな匂いの物を私にも」
「おれにも」
「僕にも」
「わたしにも」
という声が多かった。本来キャシーの酒場では、俺が食べる本格的な食べ物は作らないのだが、今日はあまりにも寒い。
俺がふうふうしながら食べている物が、一層美味しそうに見えてもおかしくない。
何故ならば……クリームシチューは日本料理なのだ。彼らになじみがなくてもおかしくない。
俺だって昔、某有名食品メーカーの工場見学に行かなかったら知らなかった。クリームシチューが日本の料理だって。
それはさておき、俺はこういう時のためと、そして明日の朝にご飯にたんまりとかけて食べようと思って、寸胴いっぱいに作ったシチューを、カレーの半額の値段でふるまった。
だって原価がそれ位なんだもの、いかにスパイスが高価かをご理解いただきたい。
俺が親方に作り方を説明し、親方が誰の口にも合うものにしたクリームシチューは、どんどん売れていく。お代わりをする人続出で。
「ここのお店は何を食べてもおいしいな」
「食べた事のない味なのにほっこりして。ここの料理人はさぞ料理に精通しているんだろうな」
「キャシーさん、ここは夜はメインの料理を扱わないのかい?」
色んな声に、キャシーがいつも通りの言葉で返す。
「ありがとう。ここは本当はお酒を飲んでもらう場所だから、夜はお酒をメインにしたいのよ」
「残念、これも今日だけか」
お客の一人はそう言って、クリームシチューの最後の一匙をなめた。
「ギギー」
その夜。親方が仕込みを終わらせて眠った時間、俺もぶーちゃんを湯たんぽ代わりに一緒に丸まっていたら、キャシーが部屋に入ってきた。
「……なに? ウェーニュ」
「……あなたとうとう、冬の力を呼んだでしょう」
「あー。まあな」
俺は寒いのでぶーちゃんに引っ付いたまま答えた。ぶーちゃんと一緒だと温かい。俺もぶーちゃんも。
「春の大陸に冬の絶対浄化の力を呼べるのは、ギギウス・ブロッケンだけよ。さすがの王宮も、あなたがいる事に感づくわ」
「そん時はそん時だ」
「ギギー。あなたもうちょっと常識を学ぶべきよ。そうね……私、アーティと相談していたんだけれど、あなたは春から学校に行くべきよ」
「春ってもうじきじゃん」
「そうよ。でもあなたは田舎者として通すには非常識すぎるの。あなたが存在していた六百年以上昔と、今は大きく違うのよ」
「そう?」
「ええ。この世界にはもう、神降ろしができる巫女はいないの」
「巫女すらいないのかよ」
俺は目をむいた。信じがたい。
だって巫女は、神と交信するための必要不可欠な存在だったのに。
それもあってなのか? 中級の神がこの春の大陸に介入できないのは。
口を開けて絶句する俺に、キャシーが言う。
「お店の事は私とアーティに任せて、あなたは学校に行くべきよ、そして知って、今の世界情勢を」
そこまで言って、キャシーは溜息を吐いた。
「まさか雪まで降らせるなんて、思ってもみなかったわ。春の私に干渉して、冬の象徴をこのバルザックに降らせる異能なんて、あなたしかいないわ、ギギー」




