開店準備を始める。(1)
「キャシー部屋交換してくれませんか」
「あら、どうして?」
「ぶーちゃんに階段を上らせたくない」
「そうよね……ここの階段は結構狭いし、人が二人やっとすれ違えるくらいだものね」
就寝前の俺の言葉に、キャシーが頷く。
事の発端はぶーちゃんがどこまでも、それはもうどこまでも、俺についてくるという事だった。
ぶーぶー言いながらどこまでも。
風呂まで入ってくるから、俺はしょうがないのでぶーちゃんも一緒に洗ったのだがいかんせん、階段まで登らせたくない。
そしてぶーちゃんは、親分であるらしい俺にどこまでも、ついていきたいらしいのだ。
駄目というには、俺もまだ性根が弱く、つぶらな瞳で親分親分と慕ってくるぶーちゃんを置いてけぼりにできない。
そのため、今はやせ細っていても、肋骨が浮き上がらなくなって来れば絶対に、階段を踏み抜くであろうぶーちゃんを、二階に昇らせたくないのだ。
「ぶーちゃんは一匹で眠るのが嫌なのかしら? 中庭もあるけれど」
<親分と一緒がいいです>
キャシーの言葉に、ぶーぶーと答えるぶーちゃんだが、キャシーとは意思疎通ができないらしかった。
そのため俺は、ぶーちゃんを見て代わりに答えた。
「私と一緒がいいらしいんですよね」
「イノシシって単独行動だったと思ったんだけれど……」
「よくわかりませんよそんなの」
俺は豚とイノシシの生態に詳しいわけでもないので、肩をすくめてこう答えた。
「ぶーちゃんがいいって言ってるんで。キャシーお願いします」
「ええ、いいわよ。二階の方が部屋が広いもの」
キャシーは快く、部屋の交換を受け入れてくれた。
「リン、これはどうだ」
俺とキャシーとぶーちゃんと、のやり取りを背に親方は、カレーの具材の研究をしていて。さっそく小皿一杯分のカレーをよそった。
「これは、ブートン獣ですね」
俺は匂いを嗅いで言う。
俺が作ったのはチキンカレー……鶏が手に入らなかったのでコッケー鳥だったが……だが、親方の作った物は誰でも手に入りやすい、ブートン獣だった。
「……おいしいと思いますよ」
俺は味を見て、ゆっくりと舌の中で転がして言う。
「これの方が食べやすいわ。それにコッケー鳥は骨も一緒に出さなくちゃいけなくて、ゴミも出るから、もしかしたらブートン獣の方がいいかもしれないわね」
俺の脇から小皿をひったくったキャシーも味を見て、そう評価した。
「ねえ、ランチはいつから始めるのかしら?」
「そうですね、大体一週間後位ですかね」
「そんなに遅いの?」
「宣伝ができないので。宣伝はまず、キャシーの常連さんを誘うっていうのから始めようと思っていて。後はランチの時間に、匂いを流すとか」
「匂いを流す?」
「言いませんでしたっけ? 匂いがすると、興味がわいてくるって」
「初耳だわ。でもそうね、いい匂いがしてくるお店って、結構気になるもの」
キャシーがそう言い、親方が頷いた。
「まずはそれで行ってみるか。キャシー、つまみの確認を頼む」
「ええ」
親方とキャシーがそう言って、二人でお酒にあうつまみを並べて、意見交換を始めた。
酒が飲めない俺は、部外者だった。
しょうがない、俺はまだ未成年で酒が飲めないし、親方に至っては俺を完璧な子供だと思っている。
その状態で酒なんか飲んだら、えらい怒られるに決まっている。
俺はそういう事はしない主義なので、親方とキャシーを見ている。
なんだか見ていると、もやっとしてぐちゃっとして変な気分だ。
なんでだろうな。でも親方もキャシーも俺を怒らせたりしていないんだから、俺が勝手に変になっているだけなのだろう。
「リン、何しているんだ」
俺は拾ってきた木っ端を、塗料で黒緑に染めていた。木枠をつければ完成で、これは道にだすイーゼルである。
これにランチの宣伝を、白墨で書くはずだったのだ。
しかし白墨は売っていないから、しょうがないので白い塗料で文字を書く。
「店の看板です」
「そんな物を出すのか」
「宣伝って大事ですよ」
言いつつ俺は、看板にわかりやすい文字を入れていく。
そして出来上がった物を、店の中に立てかけておいた。
これも宣伝の一種で、夜にこの店に来た人たちが、ちょっと興味を持つようにする小細工であった。




