いざ、カレー試食会。
「あははははは、それで連れてきちゃったの! あなた昔から何も学習していないのね!」
店の前にいる豚ちゃんの出所を聞いたキャシーが途端に笑い転げた。
そんな笑うなよ。
確かに俺は前世でも、いろんな生き物を拾ってきたけれどな。
だって俺は冬の大陸で生まれたせいなのか、命にえらく敏感で、拾ってほしいと言ってくる生き物をことごとく拾ってしまっていた。
そのため、俺の天上の宮殿は、様々な生き物がうろうろしていた。ある意味動物園だったと言ってもいい。
そして俺は日がな一日、そういう動物たちの世話を焼いたりもした。途中で最上位の威厳がどうたらこうたらと言われて、その面倒を見る事を他の神に任せなくちゃいけなくなった。
あれは寂しかった。それもあって俺は戦いに没頭するようになったと言っても過言ではない。
「キャシー、笑い事じゃない。俺たちは生き物を買う余裕なんてない」
「あら、でもあんなに大きな生き物なんだから、きっと荷物運びに便利だわ。それに、ギギーは未練たらたらよ」
俺はうっと引きつった。さっきからずっと、豚ちゃんと見つめあっていたのが気付かれたらしい。
「いいじゃない。ギギーはちゃんと面倒を見るし、餌だってそんなかからないわよ」
「そうだろうか」
「それに、あなたギギーに何もお給料らしいものを上げてなかったんですって? 包丁を砥がせておきながら。城の厨房の包丁を全部砥がせておいてただ働きなんて、あなたけち臭くない?」
「服をもらいましたよ」
「それもアーティのお古でしょ? ギギーはお給料らしいお給料なんてもらっていないわ。私の計算だと、その分であの生き物を飼えるわよ」
「……親方」
俺は思わず親方を見つめてしまった。親方はうなった後にこう言った。
「責任は全部、リンが取れるのか?」
「とります」
俺はここでははっきりと明言をした。しなかったらあの豚ちゃんを、店の中に入れられないだろうから。
親方は息を一つ吐き出し、こう言った。
「たまに城の厨房に、砥ぎ師として顔を出すんだぞ。それであのピンクのけったいな生き物を養え」
「ありがとうございます、親方!」
言いながら俺は立ち上がり、さっそく豚ちゃんを店の中に入れた。
「今日からお前はうちの子だ、ぶーちゃん!」
<親分の家の子?>
ぶーと鳴く豚、ぶーちゃんは俺を親分といった。確かに俺はこのぶーちゃんをペットというくくりで見ていないから、親分と言った方が正しいのかもしれないし、ぶーちゃんの中で上の人間はみんな親分というくくりなのかもしれない。
……ってか、なんで俺ぶーちゃんの言葉が分かるんだ?
俺は一瞬疑問に思ってから、それを放棄した。どうせ前世の何かが影響しているんだろ。深く考えたらドツボにはまってしまう。考えない考えない。
「ああ、お前は私の子分!」
俺はぶーちゃんにそう明言をした。ぶーちゃんは鼻をぴこぴことさせて、俺の匂いを嗅ぎ、言った。
<はい、親分! 親分いい匂い、お腹空きました!>
「なんか意思疎通しているな」
「きっと頭のいい獣なのよ。ギギーは昔から、変なところで意思疎通ができたから」
親方とキャシーがそんな会話をしていたが、俺はさっそくぶーちゃんのお腹空いたコールにこたえるべく、何かを作ろうとして。
<親分、これ食べていい?>
ぶーちゃんはなんと、生ごみに鼻を突っ込もうとした。
……確かに中国とかでは、大昔は豚って食用じゃなくて残飯処理だったって聞いた事あったけど、ぶーちゃんそれでいいのかい。
俺の何とも言えない気持ちを気にもしないで、ぶーちゃんは期待に満ち溢れた目をして生ごみを嗅いでいる。
俺は言った。
「……食べたいだけお食べ」
「ぶーーー!!」
俺の言葉に、ぶーちゃんは歓喜の鳴き声を上げて、猛然と生ごみ、野菜のきれっぱしとか、肉の食べられない所とか、そう言った物を食べ始めた。
「生ごみを食べるのか。変わった獣だな」
「私も初めて聞いたわ。新種の獣なのかしら」
いいえ、豚は雑食な生き物なんです。
俺は俺とぶーちゃんを見ている二人に、そう言いたくて言えなかった。
そして気を改めて、カレーを作る事にした。
「親方、まずは俺の知っているカレーを食べてください」
「ああ」
「私は?」
「キャシーも」
<おいしいおいしい、こんなおいしいものうまれてはじめて!>
ぶーちゃんが感激している声をバックに、俺はカレーを作り始めた。
俺の作るカレーは、日本のカレーとはちょっと違う。
その理由は明確で、俺は日本のカレーが作れない。インドカレーやタイカレーは作れるんだが、日本のカレーを作るとビーフシチューが出来上がる。俺の弱点だ。
そのため俺は、日本式のカレーの時ばかりは市販のルーを頼っていた。
まあそんな事はさておき、俺はコッケー鳥の肉をヨーグルトに漬け込み、玉ねぎをそれは細かくみじん切りにして、炒め始めた。今回はインド式だ。こっちで手に入れた三種類のスパイスは炒めている間に細かく潰していく。
粉を買うよりも、自前で潰した方が香りが違うんだよな。挽きたてのコーヒーだって違うもんな。
それはさておき、俺は玉ねぎを炒め続ける。そしてトマトを隣のコンロで煮込む。トマトのピューレなんてものはこの国で売っていないから、自前でやるしかない。俺は玉ねぎを見ながらトマトを漉し器で丁寧に漉した。
「見た事のない調理法だな」
親方が俺の手順を見てそう言った。そうだろうな、この国の物じゃないから。
そうしている間に、玉ねぎが徐々にあめ色になっていく。ここからが大事だ。
俺は玉ねぎがあめ色になってなんて言うか、ミディアムな感じになったのを見計らって、トマトペーストとニンニクを投入して、また炒める。
水分がなくなってきたら、ここでやっとスパイスの投入。注意事項は焦がさない事。焦がしたら匂いが全然違う、おいしくない物ができてしまう。
そしてヨーグルトごと鶏肉を投入し、しっかり焼く。
「まだ汁かけごはんの片鱗が見えないな」
親方、まだまだ過程はあるんです。
俺は水を投入し、ふたをした。火を調整して、こういう。
「あとは三十分くらい煮込んで完成です」
「時間は少しかかるが、手順的には簡単な物なんだな」
「ぶっちゃけ牛タンの下準備よりは楽ですよ」
「俺も見ていてそう思った」
「三十分も待つの?」
キャシーは少し不服そうだけれど、煮込む料理は基本時間がかかるものなんだ。
「確かに、お昼からの食べ物ね。朝から三十分の煮込みは大変だし、玉ねぎを炒める時間だって結構かかった物」
「おいしい物は手間を惜しまない物なんですよ、キャシー」
「リン、いい事を言うな」
<ぶーちゃんも食べたい>
匂いを嗅いでそわそわとするぶーちゃん。そうだな、ぶーちゃんには塩気控えめであげよう。
……豚って大丈夫だよな?
そして皆で雑談をしつつの、米を炊き、思っていたよりも短く感じる三十分が終わった。
匂いがもう俺でもたまらなくスパイシーで、俺もちょっとそわそわする。
そして俺よりもいい香りに敏感なぶーちゃんが、口からよだれをこぼして鍋を眺めている。
頭がいいのか、ぶーちゃんは鍋にはとびかかろうとしない。
「出来た」
俺は鍋の中身をスプーン一匙味見して、頷いた。なんていうのか、スパイスが異世界仕様だからか、インド式だけどそれよりもちょっと複雑な味がする。
辛みは辛い粉で調整だ。セレウコス国で辛いという概念があんまり感じられないから。
塩で少し味を調える前に、俺はぶーちゃんにも平皿にカレーをよそった。
「ぶーちゃんはよく冷まして食べるように。熱いから」
野生動物は湯気の立つ食べ物を食べないから、熱い物が苦手と決まっている。
そのための忠告を聞いたぶーちゃんは、がっつく前に、不満そうに座り込み、湯気の立つカレーを眺め始めた。
俺は人間のために、米とカレーをよそって、親方とキャシーに差し出した。
玉ねぎの甘さと、香辛料の鼻を抜けるなんとも言い難い素敵な香り。ヨーグルトに漬け込んで柔らかくした肉のほどける感じ。汁気の米との絡み方。
全てが俺にとってはものすごくおいしい物だと思う。今日のカレーはものすごく出来栄えがいい。
俺は二人の反応をワクワクドキドキとしながら見ていた。
二人は一口食べて、沈黙した。
……口に合わなかっただろうか。
「これは香辛料を使った料理の革命だ」
十五分は黙った親方が、皿をきれいにしてそう言った。
「私も世界各国の物を食べてきたけれど……これは想定外の味だわ。銀貨でお金をとってもいい位の味がするわ」
キャシーも絶賛した。
俺はこの成功にほっとして、二人に言った。
「これは、味を変えるべきですか?」
二人は真顔で首を横に振った。この味は異世界でも受け入れられる味だったらしい。
「私、夜のお店でこれを紹介するわ。皆食べてくれるわよ」
「リン、これは具材をいじってもおいしいと思うか?」
キャシーの宣言と、親方の料理心に火が付いた発言。
俺のカレー試食会は、大成功に終わった。




