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予定と忠告と身の丈と

「ランチ?」

「はい。お昼ご飯をこの店でやるんです」

「昼なんて皆自分の家か職場で食べるだろう」

親方のいう言葉は、この町での常識なんだろう。

一昔前の世界みたいだ。まあ文明は地球の日本と比べたら、若干発展の無期が違うかもしれないんだが。

俺はそんな親方に言った。

「そこが狙いなんです、親方。皆、お昼ご飯を作るの、仕事とかが忙しいのに面倒じゃないですか」

「……そうか?」

親方は料理人だから、だろう。料理が面倒くさいなんて思わないらしい。

が、一般家庭の忙しい主婦は、八割料理が面倒くさいと思った事があるはずだ。

「そう言う時、ここは結構立地がいいです。人通りが多すぎると通行のじゃまになるけれど、ここはちょっと寂れてて、さっきから見てますけどこの辺で働いているらしい人が割といる」

「それで?」

「仕事場の近くに、おいしそうな匂いのお店があったら、興味ないですか、親方は」

「あるな」

「でしょう? きっとはやります」

俺とてそんなに楽観的な事は言えないのだが、三人で生活をするのに今までと同じ稼ぎではいけないと思うのだ。

そこでの思いつきである。

この辺だって、忙しいのにお昼に帰るのは大変だろう。

でも、近くに格安で、もしかしたら家で作るよりも安上がりのご飯を提供する店があったらどうだろう?

それもおいしくてたくさん食べられたら。

時間に焦っている仕事人や忙しい兼業主婦にも、魅力的ではないだろうか。

という思いつきからである。

俺はまだまだ未熟で、経営のプロでもなんでもないから、巧い事進むかは分からないのだけれども、挑戦をしてみたい。

「だがその金はどこから」

親方がもっともな事を言う。俺はちょっと迷った。お金は持っているけれど、出所が言えないお金なのだ。

黄金を換金したなんていったら、親方ひっくり返っちまう。

「あら、面白そうだから私が出すわよ。世界一周に使う予定だったお金も余った事だし」

にこにことしながら、キャシーがそう言った。

「キャシーがいいならいいんだが……」

親方はそこで言葉を止めた。俺の提案に実は乗り気なのだろう。新しい料理と、自分の料理を食べてもらうという願望。

「それで、いつから始める?」

親方は現実的だ。始めると決めたら、予定を組み立て始めた。

「試作品を数点作って……何しろ私の味の好みだと、こちらの人の味覚に合わないかもしれませんから」

俺はそれにそう答えた。俺のおいしいは、もしかしたらこのセレウコス国の味覚に合わないかもしれないからだ。

日本は自分たちの好みに味を変える事をよくする国だが、やっぱり舌になじむおいしい物の方が、人気はでやすいはずだ。

「俺に調整させようって言うのか、リンは大胆だな」

親方がにやっと笑った。キャシーが言う。

「アーティに味の調整を任せたら完璧ね。だっていつもおいしいもの」

俺たちはそれで少しこれからの事を取り決めて、早速準備にかかる事にした。





「作るのはなんなんだ?」

「カレーです」

「カレー?」

「ぶっちゃけうまい汁かけご飯」

俺の表現を聞いて、親方がしょっぱい顔をした。汁かけご飯は貧乏人のご飯だとでも言うのか。

おいしければいいだろうが。そして手軽で、なじみがあれば取っつきやすくはないだろうか。

日本人のある意味国民食なカレーは、本場インドでもおいしいと言われる物だった。

この世界でもおいしいと言われる可能性が高いと思ったんだが、どうだろう。

「……お前な、それで金を取る気なのか」

「おいしければお金は取れます。それにこれは便利な食べ物で、温め続けられますし、大量に作れる」

いいつつ俺は、頭の中でスパイスを思い浮かべた。

「まずはこのセレウコス国に、カレーが作れるだけの香辛料があるかどうかですね」

「香辛料が多い汁かけご飯か。ちょっと贅沢な食べ物かもしれないな」

「おいしいですよ」

「だろうな」

いいつつ俺は、やっぱりこの国でも香辛料は贅沢品なのだな、と内心で思った。

……採算がとれるか、不安になりそうなんだけれどな。

でもやってみせる。いざとなればビーフシチューに転向しよう。ビーフシチューだっておいしい。

そして俺にはおいしいビーフシチューを作るノウハウが、頭の中にたたき込まれているんだから。

ちなみになぜカレーなのかと言えば、ぶっちゃけ俺の最新の職業がアジアのカレーの専門店での、仕込み及び調合だったからである。

超が付くほど重要な仕事だった。スパイスの調合は店の命運を左右させる物だった。

だが俺は、仕込みがいがあるといわれて、それに携わっていた。バイト三年目にしての快挙だった。

……俺の周りに群がっていたいろんな神様が、俺に協力してくれていたって言うのもあったけどな。その中でも高位の食べ物の神様が、お願いを聞いてくれたお礼として、俺に新しく料理の勘を与えてくれた。

俺は自分で言うのもなんだけれど、すごく努力もした。でも、やっぱり少しは力を貸してもらっていたのだ。

たとえ世界が違っても、その勘は鈍っていないのは、城の厨房で証明されていたから、俺はやれると踏んでいるのである。

……やってみせるさ。新しい料理と時間帯、そしてさらなる稼ぎを。

「看板料理、作ってみせます」

俺が拳を握りしめて言い切れば、親方が頭を撫でてきた。

「そうだな。やろう」

「まずはこのセレウコス国で取り扱いをしている、香辛料の特徴を教えてもらえませんか。いかんせん故郷といろんな物が違っていて」

「ああ、わかった」

……情けないが、俺はまずこの世界の香辛料と、地球の香辛料を比べなければいけない。同じ香辛料があるとは思わない。だって異世界だし、食生活も味もかなり違う。つまり香辛料が同じだという可能性は低いのだ。

だから俺は、早急に香辛料を調べなければいけない。

やる事はたくさんある。俺はこの国初のカレー専門店を目指すために、こうして一歩を踏み出した。





「おいしいスープね」

とりあえず、香辛料をたくさん取り扱う専門店が、今日は休みだった。

出鼻をくじかれた気分だが、俺は野菜の切れっぱしを使って、野菜の出汁をとった。それに塩を少し加えたスープは、マイルドなコンソメみたいだ。肉っけや肉の味が全然しないんだけどな。でもおいしい。

それを一口飲んだキャシーがそう言った。神様としていろんな捧げ物をもらってきている美の女神が言うのならば、少しは味に自信を持っていいだろう。

「余り物を大量に使うと思ったら、あなたはいろんな物を知っているのね」

「貧乏生活が長いだけですよ」

「そうね、あなたの手足はそういう手足だわ、見て分かるから相当ね。でもあなたの目は変わらない」

「変わってたまるものですか」

「そうね、強いギギーのままだわ」

キャシーはそう言うと、俺の耳に口を寄せてきた。

「気をつけて」

「え? 何を」

「この三大陸の一つ、春の大陸に瘴気が漂うようになって三百年。母の森が瘴気に覆われてからは百六十一年。……魔物はそろそろ、洒落にならない事になってきているわ。春の大陸を守護する私一人では、色々な物が限界なの」

「ほかの奴らは」

「使い物にならないわ。彼らの神気では、瘴気を浄化できないの。……全てを打ち払う、荒の武神がいない今は」

「母の森が侵されたから……?」

「ええ。春の大陸の神全ての母の力が宿るあの場所が、瘴気で包まれてしまったから、神であっても力の半分を発揮できない。実は私も。……ギギー、あなたも気をつけて。魔物が出てきてしまったら、あなたはきっと戦ってしまうから。肉の体を持つ今、あなたは以前と同じようには戦えないから」

「しませんよ、キャシー。私はもう、ただの人間ですからね」

いいつつ俺は、この問題がものすごく厄介な問題になっているな、と知ってしまった。

大地に降りてきているような、中級の神では対処しきれない瘴気。最上位の美と春と豊穣のウェーニュス一人でどうにも出来ないという、この状況。

なぜ、聖女をこの国の人間が召喚し、ギギウスという消え去ったはずの神を召喚しようとしたのか、俺は知ってしまった。

この春の大陸の瘴気はもう、浄化という生ぬるい形では済まない事になってきているのだ。

でも。

「私はどうにも出来ませんよ。人間だから」

「あなたの大丈夫も、どうにもできないも、当たったためしがないのよ。知っているくせに。……アレイスターもいない今、あなたを止められる神すらいないから、心配だわ。余計な事に介入しないでね。あなたがおばあちゃんになるまで、私見守りたいもの」

キャシーの言葉に、俺は苦笑いをした。

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