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美貌と提案とこれから。

「ほんっとうにギギーね。何もあなたは変わらないわ!」

きらきらとした瞳と、無邪気にも見える蠱惑的な笑顔。変わらないのはそっちじゃないか、と言い掛けて何も言えなくなる。

これは俺の事であって、彼女の問題じゃない。

……何も変わらないでいられるのは、神の特権なのだから。

「私は、変わったよ、ウェーニュス。こんなに小さくて、弱くて、脆い」

俺の弱いような声を聞いた彼女が、俺をのぞきこんで首を振った。

「いいえ、あなたは何も変わらないわ。だって瞳が、私の大事な初恋のそのままだもの」

くすくすと小声で言う彼女。そして俺たちをびっくりしたように見ている親方。

言い訳をどうしようと考えて、ちらりと隣の美女神を見れば、彼女は任せろと言いたげな視線を送ってよこしてきた。

そっちの方が不安だと、俺は言いたくなってしまった。

「ねえ、ギギー。あなたはいったいどこに今までいたの?」

彼女が聞いてくる。俺は親方臭いマフラーに鼻まで埋まって答える。

「地球」

「ああ、この世界と一番近い異世界ね。それでいてその境界線を越えるのがたいていじゃない場所だわ」

「私は知らなかった」

「当然よ。だってあなたが消滅してからできあがった異世界だもの」

俺は少しだけ意外に思った。だって地球が出来たのは46億年も昔だと言われているのに。

俺がここから消え去ったのは、たったの600年前くらいのはずなのに。

それとも、地球の時間とこちらの時間は、違う物なのだろうか。

わけがわからない。考えても意味がなさそうな疑問。

そして少しだけのおそれ。この世界での一日が、あっちの世界での数十年だとしたら、もう俺にはあちらに居場所がないのだ。

それって結局、こちらに骨を埋めろって事なのだろうか。

かすかに暗くなりかけた思考を持ち上げたのは、親方の唖然とした表情だった。

「リン、お前はキャシーと知り合いなのか?」

俺はその親方の唖然とした表情が余りにもおかしくなって、つい声を上げて笑ってしまった。

「親方、顔が変です」

「俺の顔が変なのは今更だ」

「あら、アーティの顔はすてきじゃない。男らしくて」

俺たちのやりとりに、ウェーニュスが合いの手を入れる。

そして荷物を持ってから、颯爽と俺の手をつかみ、彼女は襤褸家の中に俺を引っ張り込んだ。

「さっそく、今までの事を話し合いましょう! あなたとアーティの関係にもね!」

「あんたが面白がる事は何一つ起きてない」

「またまた! あなたのそれが本当だった試しがないわ!」

俺をすごい力で引きずっていく美女神。さすが神だ。力がある。

「まてキャシー! リンだけ連れて行くな!」

そんな事を考える俺を見てから、親方が少し遅れて、俺たちの後に続いた。

そして入った店の中を見て、俺は思わず顔をしかめた。

「汚い」

「そういう物よ。ここはそういう物件だったのだもの」

「それにしても汚いし、ぼろぼろだし。ちゃんと手入れをしていますか?」

「本当に不思議ね、ギギーが丁寧に物をしゃべるなんて」

「リンはいつでも丁寧な話し方をするぞ?」

「あら、アーティ。気にしないで、こっちの話だから」

俺はいいつつ、煤にまみれた天井と、なんだか朽ちそうな壁と、衛生観念がどうなっているのか本気で疑問になりそうな、厨房とを見てしまった。

親方も若干こめかみがひくひくとしている。親方の地雷はおそらくあの汚すぎる厨房だ。間違いない。

「今からお茶をわかすわ。すぐだから待っていてちょうだい」

いいつつウェーニュス……もうキャシーと呼んだ方がいいのかもしれない彼女が、これも鉄錆だらけの薬缶に井戸からくんできたらしい水を入れて、一撫でした。

とたんに炎の魔法陣がきらめき、お湯はあっという間に沸けてしまった。

さすが神の一柱だけあって、魔法系の事は楽勝らしい。

俺の前世はもうちょっと変な方向に魔法を使ったわけだが。

それはさておき、彼女は硝子の瓶に入ったお茶の葉らしき物を薬缶に入れて、鍋敷きを俺たちの座る卓に置くと、三つの硝子のカップを席においた。

「お茶は適当に注いでちょうだい、ミルクも砂糖もないからね」

「お前じゃないんだ、入れないさ」

「私は入れたかったです」

「そうか」

キャシーの言葉に二人で勝手に返して、三人で卓を囲む。

そして口を開いたのは親方だった。

「まず、リンはキャシーと知り合いだったのか?」

「ええ。昔からの知り合いよ。ギギーはいろいろあってこちらを離れていたから、私の昔の知り合いも関係を知らないけれど」

「そうなのか? それになんだその、ギギーって言う名前は」

この言葉は俺に向けられたもので、俺は頭を軽く捻って答えた。

「大昔のあだ名です。いつのまにそれが定着したかは分からないのですけれど」

ギギーはギギウスの愛称だ。俺の古い知り合いたちは皆して、こう呼んだ。

俺をおそれなかった奴らだけが許されていた名前だ。

しかしそれを親方に言うわけもなく、俺は誤魔化す事にした。

嘘は言ってないからいいよな。うん。

「そうか。まあ俺も変なあだ名はよくあったから、分かるが」

親方がそれで納得してしまったので、この名前に関する問題は華麗にスルー出来るらしい。追求されたくなかったからよかったわ。

「それで、キャシー。お前はいったいどこに行こうとしていたんだ。まず契約書類その他諸々の手続きが必要だろう。家賃の支払いだのなんだのもあるし、俺に店を貸すならばそれの証明書も作らなければならない」

「だって恋が私を呼んでいたんだもの。呼ばれたらすぐに行かなくちゃ」

美しい唇をとがらせるキャシー。彼女の美貌はまだセーブされていて、親方もそれでなかったらあっという間に骨抜きだ。

あれ、何か今ものすごくいらっときた。なんでだろ。

「とにかく。出かけるならばそれなりの支度をしろ。変に思い立っただけでどこかに行くな。俺はまだ、この店のあれこれを分かっていない」

親方の至極まっとうな言葉を聞いてから、キャシーは唇に指をおいた。

それだけでもう、色っぽい。目が離せない美しさ。言葉がでなくなりそうなその仕草でも、俺は女に生まれたからか、以前ほどは見とれない。

「そうね。あなたもギギーも一緒に来てくれたんだから、もうちょっとこの町にいてもいいかもしれないわ。そうだ、あなた手紙で、住む家もなくなるって言っていたわよね」

話を逸らす為なのか、元々一つの話を長々としない性分のせいなのか、この彼女の場合は間違いなく後者なのだが……キャシーは親方に話しかけた。

「そうだな」

「だったらあなたたちもここに住めばいいわ。私は別に家を持っているから寝泊まりに困らないし」

俺は内心でつっこみたかった。そりゃそうだろう。

天上に美しく壮麗な宮殿を持つ、最高位十二神の一柱であるウェーニュスが、住む家を持っていないなんて絶対にあり得ないのだから。

「それでお前はいいのか」

「いいわよ? でもあなたたちが暮らすなら、私もここで暮らしてもいいかもしれないわね。きっと三人ならもっと楽しいわ」

にこにこと悪意なく言うキャシー。

彼女は俺が知っているくらい前から、楽しい事と情熱的な恋と、自分を美しくする事しか興味がない。

その無邪気さから、陰で魔性と呼ばれていた、最高位の美の女神だ。

あ、神には属性と位があって、美の女神にも階級がある。この彼女はその最高位の、もっとも美しい女神なのだ。

俺は前世の時は、確か最高位の武神だったような気がする。

興味がないから覚えてないけどな。当時の俺には階級もヒエラルキーもどうでもよかった。戦えればな。

「……リンがいいなら俺はかまわないぞ」

親方は少しだけ考えてから、そう言ってくれた。

「私は、この人と暮らしても別に気になりませんよ。こんな美人だと何か思う心が出てきませんから」

普通は美女ってだけで反感を持つ女性も多いらしいが、俺はここまで美女だと何も思わない。

観賞用にしかならない。嫉妬なんて持つ理由がどこにもない。彼女の美貌はそれくらい、何か越えた場所にあるんだ。

そう言う思いから言った俺の言葉に、キャシーはうれしそうに笑った。

「あなたならいいって言ってくれると思ったわ」

にこにことした笑顔は、やっぱり美の女神の片鱗が見え隠れする、オーラの漂う物だった。

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