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日本人スキルと親方の助言

「すばらしい料理だ、こんなものは生まれて初めて口にした。きみ、これをまた出すように料理長に伝えてくれ」

すばらしい見た目をしている金髪イケメンがそういった。俺はこれも笑ってごまかした。出せるかどうかなんてものを、親方に、決められるとも思えない。これは余った野菜と端っこの筋張った肉をことことと煮込んだだけの料理で、ポトフもどきで再現は難しいものなのだ。

「今すぐには出せないのかよ」

また不機嫌そうにあの赤毛君が言った。俺はこれも笑ってごまかした。

いいたい奴は言えばいい。俺は笑ってごまかす以外に穏便な道を見つけられないのだから。

だってなんて言えばいいんだ、こういう時。俺には皆目見当がつかない。

だから日本人スキルで笑ってごまかしてみせるぜ。

俺は曖昧に笑ったまま、鍋と食器を下げて一礼をして、女のお役人様ノアとを追いかけて厨房に戻った。

「ああ、おかえり、おちび」

数人が明日の下準備のためにまだ残っていた。親方も残っていた。親方はひたすらに何かを煮込んでいた。何煮てんだろう。

「ああ、リン、戻ったか。どうだった、なにか面倒くさい事を言われなかったか?」

親方はお役人様がいるというのに、そんな事を聞いてきた。親方にはごまかす理由もないし、知っておいてもらった方がいいだろうから、俺は口を開く。

「また作ってほしいと言われました。あと料理の名前を聞かれました」

「ああ、そうか。また作れ、か……」

親方が何とも言い難い表情をした。参ったな、と言いたげな、困ったな、と口に出しそうな。

「何か問題のある料理なんですか?」

女のお役人様が問いかけてくる。彼女はこの煮込みを喜んでいたあの人たちを見てきたから、何が問題なのかわからないらしい。

「あれはあまり魔素がある材料を使っていないのですよ。困った事に」

「魔素がないのにおいしい料理なんて、ある訳ないでしょう?」

女のお役人様の言葉は、俺にとって意外だった。魔素がなければおいしくない、というのがこのセレウコス国の常識なのだろうか。

何つう間違いだろう。魔素がなくてもおいしいものはおいしいはずだ。

それとも、魔素は脂肪のように口当たりをよくし、本能的に求めてしまう味なのだろうか。

考えても、俺一人では答えが出てきそうになかったので、俺は親方に言われるがままに、半日かけて煮込むのだという根菜、ビッツ根の皮をむいて下味の中にそっと沈めた。ちなみに、だいたい百本くらい。煮込むうちに半分がとろけてしまうから、たくさん仕込まなければ食堂でだせないのだ。

筋肉がひきつりそうになりながらも俺は下準備を終わらせて、一番最後まで残っていた親方と一緒に、寒空の中城を後にした。



俺と親方は道を歩いていた。ただいま帰宅中である。

親方は俺が寒そうだからと言って、俺にあの親方臭たっぷりのマフラーを巻いてくれた。

俺はそんなに子供じゃないんだが、聞いちゃくれない。

「リン」

俺は呼びかけられたので、歩きながら親方をみた。

「今日の事をよく覚えておけ。この先絶対に、あの煮込みだかスープだかわからないものを出せと言ってくるはずだ。あれはかなりおいしかった。俺が食べたスープの中も指折りだ。間違いない」

親方は白い息を吐き出しながら、言葉を続けた。

「いいや、もしかしたら俺が食べた中で一番うまい料理だったかもしれない。あらゆる味を研究してきた王城の料理長が言うんだから本当だぞ」

「この国の料理はなんだかおかしいんです、親方」

俺は思わず言ってしまった。事実だ。この国の料理はおかしい。

確かに素材は魔素のあるものに偏っているけれども、この国にはブイヨンもフォンもコンソメもなければ、だしの概念もない。

おまけに何か特別な調味料を生み出そうという風向きも感じられないのは、俺が今日料理人の先輩たちを話していて思った事だ。

「この国の料理は、スパイスを複合させる事もしなければ、うまみのあるスープを作る事も考えられていないです。例えて言うなら、味はぜんぶ塩って感じで、素材の味を引き出さなかったらその選択肢はめちゃくちゃまずい料理を生み出す事にしかならない。だってこの国は、食感までめちゃくちゃだ」

「お前……」

親方は俺が鼻までマフラーに顔を埋めた状態でしゃべった中身に、かなり驚いていた。

「だから俺は、故郷で覚えたおいしい料理を、親方やみんなに食べさせたいんです。誰でもなく、親方たちに。こんなどこからわいて出てきたかわからないちびすけを、迎え入れてくれた恩人たちに。だから、俺はみんなが教えてっていったら、レシピ、教えますよ。親方の言うとおりに、レシピは秘密なのかもしれなくても」

俺は言い切り、息を吐き出す。

この言っている事は本心だ。俺は見ず知らずのちびを、例え子供だと思ったからにしろ、迎え入れてくれた皆が、仕事を終わらせた時に、ああおいしい、とほっとできる料理や、感動ができる料理を作りたい。

俺がバイト先で、何度も何度もそうやって、食べさせてもらったから。

そう思うと、死んでしまったおばあさまを思い出す。小さな洋食屋を一人きりもりしていたおばあさまは、俺の境遇を聞いて俺を即座に雇ってくれた。そしていろいろ教えてもらった。料理の心得、配膳、初級の料理。

俺がブイヨンやフォンを教えてもらったのだって、このおばあさまだ。おばあさまは俺を、料理の決め手である仕込みに任命してくれた。たぶん、力が弱くなっていたから、力仕事ができなくなったから任せてくれたんだろう。

俺に店を継がせてくれる、といったおばあさまを忘れられない。おばあさまは仕入れまで教えてくれた。俺をつれて、よく市場や農家を訪ねてくれた。

そこでいろいろな目利きを教えてもらった。最初はこんなちびすけが、と見下すようだった農場の人たちもそのうち、俺を認めてくれた。

そう、そのまま店を継いでいれば、俺はリクルートスーツを身にまとって、経歴のせいでことごとく不採用になるという地味に精神的にきつい事にはなってなかったはずだった。

あのやろうが戻ってくるまでは。

俺はそこまで考えをとばして、何も言わない親方に目を向けた。

「親方?」

「……お前はそこまで思ってるのか。ちびすけのくせに」

親方が少し鼻をすすった。涙ぐんでいるのかもしれないな、とちょっと思った。泣く事じゃないんだけどなあ。

「お前が教えたいなら教えろ。でもな、作りたくない、教えたくない、と思ったら教えなくていい。うるさい奴らには俺を頼れ。見習いの子供を守るのも親方の仕事だ」

「……」

そこまで思ってくれる親方を、俺はすごくうれしいと思った。

「親方、今度はとびきりおいしい、誰でも手順を守ればおいしい料理を作りますよ。ちょっとだけ、時間がかかるけれど」

俺が言った言葉を聞いて、親方は俺に手を伸ばしてきた。ぐしゃりと髪をなでられる。跳ね返る頭髪が親方の手の温かさを伝えてきてくれた。

「そりゃ楽しみだな。俺たちにいろいろ、お前の故郷の味を教えてくれ」

「故郷というか、あちこちから故郷に伝わってきた料理ですけどね」

俺の言葉に、親方は目を細めて笑った。やくざの笑い方で、道行く人たちがぎょっとしていたけれど、俺からみてみたら最上級にすてきな笑顔だった。

俺はそんな親方を見ている間に、知らず知らず顔が熱くなっている自分をごまかすために、疑問を口に出した。

「そうだ親方、この国ではハーブを育てないんですか?」

「そうだな、育てないな。何でかは知らないが、育たないらしい」

「何で?」

「そりゃさっき言っただろう、知らないって」

俺はちらりとその辺に生えている雑草を眺めた。

こういうものは育つのに、この国の気候にあっているだろうハーブ類が育たない理由って何だろう。

なんだかすごく気になる、一度育ててみて調べてみようか。

「親方、それじゃあハーブの苗とかは売っていますか」

「金持ちの無駄な趣味のために売っているぞ。金持ちの貴族は自宅にハーブを育てたいんだと。だがそれが成功した貴族はいない。……お前はまさか、育ててみたいのか」

「俺、やってみたいんですよ。故郷じゃやれなかった事」

「……通貨を持っていないだろう」

「そうですね」

「……そこは考えてやれ。間違っても泥棒をするんじゃないぞ」

「しませんよ」

俺は親方の声を笑い飛ばした。

「……それじゃあ、お前の給料から苗の料金を引いてやるか。今度俺が休みの時に、見に行くか」

「いいんですか?」

俺は思ってもみなかった言葉を聞いて、目が輝いた。親方をみれば、親方は笑って言う。

「そのかわり、成功したら厨房で使わせるんだぞ。……乾燥させたハーブは味が悪いんだ。俺も一度、生を食べた事があるから知っているんだがな。お前は故郷で食べた事があるのか」

「覚えてませんよ」

俺はそうやってごまかした。食べた事があるといったら、親方が俺の故郷を変に考えそうだったから。

そして帰宅して、俺は早速親方がみている前で、使われている部屋を掃除した。入念に、手際よく。

しょうがない、親方は料理の事やそのごみの始末はよくわかっているのに、根本的な掃除のところが抜けていたから。

「……家は磨けばきれいになるんだな」

「もっとも、この家ぼろぼろですけどね。早急に修理か建て直しの世界ですよ」

俺は掃除しながらわかった事を親方に告げた。

この家はあらゆる部分が悪くなっていて、地震がちょっと着たら崩れそうな状態なのだ。

たぶん魔法のたぐいがこの家を支えているから、問題が起きていないだけで。

「給料が入ったら考えよう」

親方がそういって、俺にもういっぺん、古着をくれた。

「それと、風呂があったのはさっき見ただろう。使いたければ使え。俺は寝る」

親方は風呂に入らないのだろうか。もっとも、近世の西洋だって風呂は滅多に入らなかったし、その代わりに香水が発展していた世界だから、このセレウコス国が同じだったとしても、疑問らしい疑問は感じないけど。

俺はありがたく風呂をわかして、汚れを落としてついでにワインのシミの付いた服を洗って、ほこほこしながら毛布にくるまった。

寝ながら思った。親方は俺の事を、本物の子供みたいに思っているのかもしれないと。じゃなきゃここまで優しくしてもらえない、気がした。




青い目玉焼きは食べてみると、何となく鶏卵よりもさっぱりとしていて、確かに親方が食べる直前に油と粗塩をかけていたのがわかる味だった。

米にカリカリベイコンの目玉焼きに、野菜のスープの塩味。裕福でもない家の朝ご飯はこんなものらしい。

量はたっぷりあって、俺は親方においしい米の炊き方を教えて、親方がご飯を作っている間に掃除と洗濯を終わらせた。

「うまいか」

「おいしいです」

俺は俺ほどじゃないけれどよく炊けているお米を食べて、そういった。

親方は俺の味を舌で覚えているらしくて、難しい顔をしている。

「お前ほどになるにはまだまだだな」

「たぶんこれ、強火の時間が気持ち長すぎたんですよ」

俺はいいつつ、少し粘りけが強くなりすぎたお米を食べながら、魔獣のベイコンに卵の黄身を絡めてほおばって、スープをからにした。

洗い物はもちろん俺がやって、俺たちは城に向かう。

今日も変わらない毎日になるんだろう、今日の天気はいい天気だな、なんて思っていた俺は、それが甘かったことを思い知らされるのであった。


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