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出世と牛タンと。

「リン、確かにこのスープはうまい」

俺は昼の休憩中に、親方とともに牛骨出汁の味を見ていた。親方はこのテールスープのおいしさにびっくりしている。

ほかの料理人の皆様も、やっぱりびっくりしている。それはそうか、この国には出汁の概念がないみたいだからな。

これを何に使ってくれるんだろう。俺が期待に満ちた目を向けると、親方はかなり難しい顔をした。

「だが、これはこの国の料理には合わない味だ」

俺は衝撃を受けた。え、テールスープ使えないの?

「これは味が強すぎる。ほかの素材の味を全滅させてしまう。それ位、旨いんだ」

確かにテールスープは味が強めだ。でもそんなに? 韓国料理そんなに味強いか?

「……そんな」

「リン、お前が悪いと言っているわけじゃない。だからそんなに泣き出しそうな顔をするな」

え、俺泣きそう? 確かに視界がちょっとばかり潤んでるんだけどさ。

俺は目元をぬぐった。あ、ちょっと泣いてたわ。

だってせっかく作った物なのに、使えないって言われるの結構ショックだぜ。

「これは何になら合うだろうな……小麦じゃないのは確かだ」

親方がうんうんとうなる。

「これ単体でもいけるほどうまいから……肉っ気がいらないんだな。そうなると」

「でも親方、これはお役人や貴族に出したら大変な味ですよ」

「そうなんだよな……どうやって作っただのと言われるのは業腹だ」

「……教えないんですか?」

俺は意外に思って問いかけた。え、ほかの人に教えたりしないの?

そんな俺は親方にとってとっても非常識だったらしい。すぱこんと頭をひっぱたかれて怒鳴られる。

「馬鹿野郎、レシピってものは秘伝と決まってるんだ! お前は一体どこの田舎から出てきたんだ、そんなに物知らずで」

「日本っていう国です親方」

「だからその地名自体聞いた事がない、辺境中の辺境だろう」

「あはははー」

それどころか異世界です。まあ常識が通じないという時点でもしかしたら、辺境と同レベルかもしれないけれども。

「さてどうするか……」

「親方親方」

俺はもう一遍手を上げた。

「俺、これにぴったりの献立知ってるんです」

「それは何だ?」

「牛タンにお米と、サラダです」

「なんだそれ、牛の舌なんぞ固くて食えるか。それともお前の住んでた場所では、それを普通に食べるのか?」

「ちょいとばかり高級なお味ですよ、親方」

俺はにいっと笑って、親方を見つめた。

「確か昨日の牛の舌って、まだ残ってますよね?」

言いつつ俺は、冷蔵機能付きの箱を開けた。

よし、入ってた。俺がこっそり入れておいたんだ。

「お前そんな物も入れてたのか……どうりで生ごみが少ないと思っていたら」

「おいしいですから、食べてくださいよ」

俺は言いつつ、さっそく肉切り包丁で牛タンの皮を切り落とした。ベロの先っちょは固すぎて食えないから処分。皮の部分も廃棄。筋を丁寧に切り落としていく。

ここに肉も切れる便利なキッチンばさみがあればいいのに!

そう思いつつ、俺は牛タンを薄く切り、塩水でしっかり三回洗った。なんでかって? そりゃ血なまぐさいからに決まってる。舌っていうのは切るとめちゃくちゃ出血する部分なんだ。

ほら、舌を噛んで死ぬってあるだろ、あれ出血死らしいから。

そんなこんなで下処理を終わらせて、俺はネギを手に取った。

「お前、そんな魔素の低い野菜でどうする」

「おいしいですよ」

言いつつ牛タンの塩だれを完成させて、フライパンを熱してしっかりと焼く。ああ、旨そうな匂い。これがなくっちゃ。

というわけで、料理人さん皆が食べられるように、人数分の枚数をしっかり焼いて、皆に差し出す。

皆怪訝そうな顔をしていたけれど、親方が口に入れて、目を丸くした途端、我先につまみ始めた。

「なにこれめちゃウマ!」

「牛ってこんなにおいしくなるんだ、昨日も思ったけど!」

「うわ、俺たちが廃棄してた部分ってこんなにも噛みしめると、味が、味が……!」

「確かにあのスープに合う料理だな」

全員がおいしいと言ってくれて俺はとっても嬉しい。

そんな中親方が、真面目な顔をして締めくくった。

「リン」

「はい」

「お前は今日から賄いを作る事を許す。というか、作れ。お前なら下働きをしながら、旨い料理を作る気がする。俺たちの予想外の料理をだ」

その言葉に、料理人たちは目を見張り、それから納得したらしい。

「確かに、いろんな美味しい料理を知ってそうだね」

「ちび助、期待してるからな!」

「毎日知らない美味しい料理なんて、お城の王様だって食べられないわよ、うわ、役得!」

「それも廃棄処分の材料でな」

「言えてる!」

皆が口々に言う。牛コマも牛タンも、皆のお口に合ったらしい。と言う事は、この国の下の方の身分の人って、割と日本人よりの味覚なんだろうか。

日本人の味覚繊細だけどな。

それならぜひとも、ぜひとも醤油や味噌を市場で探そう。なんだろう、ある気がするんだ。




というわけで、俺は昼は大忙しだった。皆の分のお米を炊いて、さっき下処理をした牛タンを用意して、テールスープに野菜を足して、栄養バランスがいいように工夫。

それに加えて下働きに洗い物。

でもまあ平気だ、日本でも似たような事してたし。

そうして昼のご飯の時間、それは起きた。

「さっきもお替りしてただろ!」

「だっておちびのお米の炊き方すっごく美味しいんだもの!」

「確かに、今まで食べた事のない旨さだけどな! お前三杯目! おれは二杯目だ!」

「ちびちゃん、スープお替り」

「ねえねえ、もう牛タンないの?」

想定外だったのは、たっぷり炊いたはずのご飯があっという間に完食されてしまった事だろう。

どうやらこの国のお米の炊き方は、日本とずいぶん違っていて、お米に合っていない炊き方だったらしい。

あ、地球でもそういうのあるんだぜ、インディカ種とジャポニカ種って言ったかな? 詳しく覚えてないから知らないんだが、インディカはぱらぱらで、ジャポニカはもっちり。

そしてこの国のお米は、どちらかと言えばジャポニカよりらしい。

それなのに、インディカ風の炊き方してりゃ、そりゃべちゃっとした味になるだろう。

皆がそうやっておいしい美味しいと言って食べてくれるのが、俺は本当にうれしい。

そうしていた時だ。後からやってきた親方……親方はなぜか呼び出されていた……が戻ってきた。

「はい、親方の分のご飯ですよ」

俺は取り置きをしていたご飯を差し出した。

親方は空いていた俺の脇の席に座り、がつがつと食事を始める。そしてテールスープを飲んでいった。

「くそ、ほっとする」

「どうしたんでしょうか、親方」

マリアさんが問いかける。

「今日の昼に、牛の細切れの野菜炒めを出しただろう」

「はい」

「あれは何の肉なんだ、という話が殺到したらしい」

「昨日も牛のお肉は食べていましたよね」

「あの脂のうまみが、城勤めの人間にとって衝撃だったらしい。俺たちがそうだったように」

「そうですよね」

ワートさんがしみじみ頷く。

「しばらくあの肉を出せと言ってきた」

「それって無理じゃないですか、あの肉だけなんて」

牛コマはたくさん採れるけれど、一頭丸々買いだすこの世界の基準で言えば、それだけを出すなんて無理だ。

「そうだ。ったく、無茶ばかり言いやがる。仕入れの都合でできません。で押し通しといたが」

そこで親方が、ちらっと俺を見る。

「リン、あとで牛を丸々利用するお前の国の話を聞かせろ」

「はい」

「まったく。牛は魔獣ですらないというのに。それで魔素が足りないと苦情を出してきても、俺は知らんぞ」

「親方」

「なんだ」

「今度、魔獣のお肉を食べてみたいです、俺、食べた事なくて……」

俺の言葉に、料理人たちは絶句した。

「ちびちゃん、今いくつ……?」

「その歳で一度も?! よく元気に成長してるな……」

「ちび助のいた地方ってそんな感じなのか?」

皆が口々に言う。

俺はアハハとあいまいに笑って返した。

「リン、ちょっと来い」

そんな俺を見かねたのか、親方が俺の首根っこを掴んで持ち上げた。ほんと俺小さくていやだわ。親方でかいし。

「なんでしょう?」

「お前の服だ。その格好は悪目立ちし過ぎているからな」


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