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番外:昔に帰ろう編⑨「弾む気持ち:前編」

 ボヌール村先代村長が定めた規則によって、他地区から訪れる商隊は村の人達へ直接は商品を売れない仕組みとなっている。

 ミシェルの実家というか、今やユウキ家の所有店である大空屋に一旦卸されてから小売されるのだ。

 独占販売を認める代わりに大空屋の売上げの中から村は手数料を取り、運営費の一部を賄っている。

 全村民も認めており、いわば持ちつ持たれつなのだ。


 ある夏の日……

 ボヌール村へ訪れた、とある商隊が持ち込んだ商品がきっかけとなり、その遊びは始まった。


 当日、北から訪れた商人が広げた商品を俺とミシェル、そして商売に目覚めたクラリスがチェックしていた。

 様々な日用品、嗜好品が並べられているが、需要性と値段の兼ね合いがある。

 エモシオンの町でも手に入らないもので必需品が一番優先順位が高い。

 値段があまりにも高ければパスだが、基本的には購入しておく。


 次に大事なのはエモシオンでも手に入るが安い物。

 当然、商品の質も見る。

 安物買いの銭失いでは目もあてられないからだ。


 次はエモシオンの町でも手に入る物。

 購入は値段次第である。


 俺の内緒な転移魔法でお手軽に行けるといっても、エモシオンへ行って帰って来るには、やはり手間がかかるから、商品が安く買えるなら商隊から買うのは全然『あり』なのだ。


 敷布の上に広げられ、並べられた商品の中でやけに目立つ物があった。

 やたら異彩を放っている。


 それは革製のボールらしきものであった。

 

 大きさはサッカーボールを少し小さくしたくらいだろうか?

 俺が見た所、素材は鹿皮。

 ふたつの皮を張り合わせて、中に空気を入れて膨らませてあると思われた。


 俺は目の前に居る商人へ問う。


「これって何?」


「ボールでさぁ」


 予想した通りの答えが返って来る。

 俺は思わずにやりと笑う。


「ボールって何をする道具なのかな」


「ええとね、これは遊び道具らしいですぜ。鹿皮を張り合わせたもので投げたり、蹴ったりするようなんだ。まあ俺も詳しい事は知らないね」


 ああ!

 商人として、商品知識がないものを売るのはいかがな事か?

 俺はそう思ったが、そんなツッコミをして場の雰囲気が悪くなっても双方にメリットはない。

 だからやめておく。


 俺が商人とやりとりをしていると、横からミシェルとクラリスが覗き込んで来る。


「旦那様、何か面白いものあった?」


「それ……何ですか?」


 俺のオタクな知識と記憶では地球の中世西洋では既にボールを使った遊びがあったらしい。

 日本では蹴鞠けまりという大昔の貴族達の遊びも有名だ。


 ボヌール村ではボールという存在が、まだ知られていないようだ。

 だから、すかさず解説してやる。


「ああ、これはボールといって遊び道具なんだ。投げたり、蹴ったりして遊ぶ道具さ、多分・・楽しいぜ」


 俺の思わせ振りな言葉を聞いたふたりは興味を示す。

 勘が良いから、すぐに何かあると気付いたらしい。


「へぇ! 売れるかな、これ」

「触るとパンとしていて結構硬いですね」


 目の前のボールを商人として見るミシェルに、触って製作者として確かめるクラリス。

 ここで俺にまたぴかっと良い考えが浮かんだ。


「おっちゃん、これ何個あるの?」


 俺は商人に再び問う。


「3つかな?」


「じゃあさ、纏めて買うからおまけしてくれないかな。ひとついくら?」


「ええっと金貨1枚」


「ええっ!? 高い!」

「暴利です!」


 商人の出し値を聞いたミシェルとクラリスが目を丸くした。


 辺境の田舎ボヌール村では物価が安い。

 大きな買い物さえしなければ、金貨1枚で約一ヶ月は暮らせる。


「そんな! 良く見てくれ! 精巧な造りだろう? ボールって奴は作るのにやたら手間がかかるんだってさ」


「おっちゃん、それは分かるけど……これいくらで仕入れた?」


「……それ聞くのは商人として掟破りだろう、大空屋の若旦那よぉ」


「ふふふ、言わないのなら俺がズバリ当ててやろうか?」


「や、やめて下さいよ」


 ミシェルの夫として俺には商店主人の顔もある。

 殆どの業務はミシェルとクラリスが行うがたまに出張って、必殺のディベート術と神ってる勘の鋭さで近隣の商隊連中からは恐れられていた。


「じゃあ負けて!」


「くうう……若旦那には口ではまったく敵わないし、仕入れ値を全部暴露されても困るからなぁ……わ、分かった! ボール3つで金貨1枚と大銀貨5枚でどうだ」


 成る程!

 一気に半額だ。

 普通ならこれでOKだが、俺はまだ手綱を緩めない。


「あとひと声!」


「う~っ、じゃあ蜂蜜特大瓶ひとつ付けてくれたら金貨1枚と大銀貨2枚」


「OK乗った! じゃあさ金貨1枚と大銀貨5枚プラス蜂蜜で良いから、ボールの他にあんたの手持ちのリネン布と糸を全部くれない?」


「おおおっ! 全部だって!? そりゃちょっと酷い!」


 唸る商人に、俺はちょっと譲歩してやる。


「蜂蜜を、もうひと瓶サービスで付けてやるよ」


「くうう、分かった! 分かりましたよ!」


 俺が手を差し出すと、商人は苦笑しながら応えて握手する。

 多分、商人だってある程度の利益は出るだろう。

 これで交渉成立だ。


 俺が目で合図をしておいたので、ミシェルとクラリスはにこにこしながら見守っていた。

 ふたりとも好奇心で目がキラキラしている。

 大空屋は「さあ、何かが始まるぞ」っという予感に満ち溢れていたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 商人との仕入れ交渉が終わった後、俺達は大空屋の開店準備をする。

 俺達家族は持ち回りで様々な仕事をしているのだ。

 さっきも言ったが今日の俺は大空屋の若旦那なのである。


 ミシェルもクラリスもさっきのボールに興味津々だが、やはり仕事が優先だ。

 しかし今回は約束はさせられた。

 

 ミシェルがこう言うのだ。


「旦那様、今回は私が遊びの仕掛け人になりたい」


「仕掛け人?」


「うん! いつも旦那様とクーガーが新しい遊びを教えてくれるでしょう? 凄く楽しくて幸せなんだけどたまには私が教えて、シャルロットの前でいい恰好したいんだもの」


「ああ、分かります! ミシェル姉の気持ち」


 クラリスは『福笑い』を啓蒙する際に、家族の似顔絵を描いて仕掛け人の片棒を担いでくれた。


「すっごく楽しかったし、家族の笑顔が嬉しかったですもの」


「おっし、分かった! だけどミシェル、今回はまたクラリスの協力が必要だから3人で仕掛けるってのはどうだ?」


「OK!」


「私も参加して良いんですか?」


 クラリスがにっこり笑う。


「もちのろん!」


 ミシェルが笑顔で返事をした、その瞬間である。


「おはよう! え? どうしたの?」


 丁度約束の時間になり、店の手伝いをするソフィが店内へ入って来たのだ。

 俺達の雰囲気を見て、何かあったのかと首を傾げている。

 ちょっと可愛そうだが、他の嫁ズに暫くは内緒だ。


「いいや何でもない」


 俺が首を振って否定すると、ミシェルとクラリスも追随する。


「そうそう」


「ソフィ姉、売る商品の相談をしていたのですよ」


 俺は素早く目配せし、ミシェルとクラリスも惚けると悪戯っぽく笑ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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