第9話 「クッカのふたつ名」
今は真夜中……
俺は幻影のクッカを伴って村からずっと西にある森の中を進んでいる。
目的地はリゼットが見つけたという森の中にある薬草の群生地。
しかし夜の森がこんなに怖いとは思わなかった。
あちこちから獣の声が聞えて来る。
がさがさと、草を鳴らす音もする。
魔物の気配が無いことが幸いではあったが、普通の人間にとってそれくらい夜の森は不気味だ。
勇気のスキルが無ければ俺はぶるって歩けなかっただろう。
暗視のスキルが無ければ、僅かな月明かりしかない森を進めやしなかっただろう。
スキルを与えてくれた管理神様、手解きしてくれたクッカ、ありがとう!
そうこう考えているうちに薬草の繁茂している場所に着いた。
先程着地した場所同様、木々が途切れ、森の中の草原という趣きである。
クッカがにこっと微笑んだ。
『リゼットちゃんが探していた薬草の採取場所はここですね』
『おおっ!!!』
凄いな、ここ!
様々な花が咲き乱れている。
近付くにつれて俺の鼻腔をくすぐる濃厚な香りが強くなっていたので分かったが、薬草とはこの世界ではハーブの一種らしい。
ハーブに関して、俺にあまり馴染みはなかったが、身体に良いというイメージはある。
だが、どれが何だろう、これ?
俺は田舎で育ったが植物関係はからきしだ。
男の子はカブト虫遊びと釣りがメインだったからね。
今、流行のガーデニングとも無縁の男だ。
まあ畑仕事は覚えたいので……そういうスキルもあるよね?
地球のハーブとは全く違うような気もするので、とりあえず俺はクッカを頼る事にした。
『どうしよう? ハーブかな、これ? 俺にはどれが何なのか分からないよ。 悪いけどクッカにお願い出来る?』
クッカは「任せろ!」というように、小さな手で胸を軽く叩く。
『えっへん! お任せ下さい! 数多居る女神達の中でも史上最強のお茶汲み係として名を馳せましたからっ! ふたつ名は、お茶汲みのクッカ!』
……あのね、ままじゃん!
それにいばるような称号でもないような……
しかしやる気が出ているクッカのモチベーションを下げるのは下策だ。
『よ、よっし! クッカ頼むぞ! リゼットのお祖母さんって熱があって身体がだるい風邪だって言ってたよ』
『了解!!!』
クッカが指差しして選んだのが、小さな白い花をつけているハーブである。
俺は早速摘んでみた。
『これは?』
『ララルーレですよ! この花を乾燥させて飲むと様々な症状に効果があると言われます。風邪以外に鎮静、発汗にも良いですね』
う~ん、全然聞いた事がない。
やはり地球のハーブとは全く違うようだ。
クッカは他にもいくつか花と葉を指し示した。
『他にも、トットコ、ラーダ、フィルなども持って行きましょう。トットコの花も風邪に良いのですよ。実はたまにララルーレが身体に合わない人が居ますので!』
詳しいなぁ!
さすが『お茶汲みのクッカ』!!!
それにやはりオールスキルというのは伊達ではなかった。
クッカが教えてくれる知識がどんどん自分の中へ入って来るのが分かる。
しかしこの場所は凄い!
クッカが選んだ以外にも周囲にはたくさんの種類のハーブが生えている。
ここは自然が創り出したハーブ園なのだ。
俺は言われた通りに結構な量の花と葉を摘み終わった。
クッカは納得したように大きく頷いている。
『成る程! リゼットちゃんが無理して来ようとしたのも分かります。この場所のハーブは結構な種類があって様々な症状に有効ですから』
『確かに!』
『加えて、村には碌にお医者さんが居ないみたい……御年を召した治癒師の女性がおひとりだけ居るだけみたいですよ』
そうか……
医者不足ね。
ボヌール村も良い所だけじゃあないな。
あ、そうだ!
良い事、思い付いたっと!
俺の頭にLED電灯が明るくぱああっと輝いたのだ。
『これ株ごと持って帰って畑や庭に植えられないかな?』
『派手にやらなければ大丈夫ですよ』
『派手?』
『はい! 派手な魔法や体術、特異なスキルを見せてしまうのと一緒です。いきなり村へすっごいハーブ園が出現すれば領主がすぐ目を付けます。ケン様はすぐお城に呼ばれてゆくゆくは……』
『うわ! そうか!』
LED電灯、即消灯!
俺はがっくりと項垂れた。
やっぱり全てにおいて、地味に目立たずやらないと駄目なんだな……
『ケン様がお持ちの魔法スキルとして強力な回復魔法もありますけど、こちらも同様ですよ。使用には細心の注意を払って下さい。治療してあげた村民の方が感激のあまり、ついつい周囲に話してそれが領主に伝わったら……ケン様はア~ウトです!』
『そう……だよな』
『はい! アウトになるのは困ります! ケン様は私と、リゼットちゃんを含めたあの村の適齢期の女子全員のモノですからね!』
『私とあの村の適齢期の女子全員のモノ? 何それ?』
『ええっと、私って今、何か言いました?』
言ったよ、確かに!
凄い事!!!
『それよりここで問題です! この薬草、どうやって持ち帰りますか?』
あ、誤魔化した!
でも今、大事なのはハーブの収納と運搬か。
それも暫く隠しておける場所……
あ!
そうだ!
『よくある魔法の収納の箱とか!』
ピンポン! ピンポン! ピンポン!
(クッカの声)
……正解か
『じゃあ言霊は収納?』
俺が何気に呟くと摘んだ花と葉が空間に吸い込まれて行く。
『うふふ、正解です! この魔法の応用で異界も創れますよ』
『異界?』
『はい! いわゆる亜空間です。おイタをした、わる~い奴をいっぱい閉じ込めておけます』
『おお、牢屋か!? それすっごく良いなっ! 俺の引きこもりにも使える?』
『使えますよぉ! 最強のひきこもり部屋になります!』
俺とクッカの話が盛り上がった瞬間であった。
ぎゃおおおおっ!!!
いきなり俺の耳に断末魔の悲鳴が聞こえたのだ。
人間ではなく動物の声である。
場所は結構離れてはいるが、どうやら聴力も異常に鋭くなっているようだ。
そして、さっき把握していた生命反応がひとつ、あっさり消えた。
『これってさっきの熊か?』
『はい! そうですね、一撃で死んだようです』
熊を一撃で倒す奴。
一体、何者だろう?
さあてクッカ、索敵は?
『むむむ、犯人はアンノウンですね』
クッカは相手の識別が不可能だという。
俺の索敵も同様だ。
と、いうことは魔族か、魔物か、それとも悪意を持つ人間なのか?
『どうしましょう、行ってみます?』
『うん。万が一、村に害を及ぼす奴だったら不味い。……行こう!』
幸い勇気のスキルのお陰で、相手が誰だろうと怖くはない。
俺はクッカと共に、森の奥へ駆け出したのであった。
※この話はフィクションです。ハーブの名前は仮のもので実際のものと一切関係ありません。
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