第73話 「魔王軍侵攻せり③」
バルカンは幻影のクッカを見る事が出来た。
何故だろう?
謎は残るが、それは最も知りたい事ではない。
他に聞きたい事は山ほどあったからだ。
クッカのアドバイスで魔法行使を封じたバルカンを座らせ、俺は尋問を続けている。
しかしバルカンは簡単には口を割らなかった。
不死者という事もあって死への恐怖が希薄なのかもしれない。
『仕方ありません。自白強要のスキルを使いましょう』
自白強要?
そりゃ怖ろしいスキルだ。
喋りたくない秘密まで一切明かしそうで俺は御免蒙る。
何か不穏な気配を察したのであろう。
バルカンは落ち着いた口調で言う。
「今度は拷問するのか? やるが良い、儂は絶対に喋らんぞ。それにこの不死の身体には魔法も碌に効かぬわ」
おお、すっげぇ自信だ。
それに、こいつはふてぶてしくてムカツク。
俺は困った顔で思わずクッカを見た。
『大丈夫です。旦那様に使って頂くのは神界で使用される魔法、この地上では禁呪扱いです。効かないわけありません』
クッカは怖ろしく真剣な表情であった。
そりゃそうだろう。
敵の幹部からいきなり首魁である魔王にそっくりと指摘されたのだから。
『りょ、了解!』
『ええと、詠唱と発動はこうです』
クッカは手短にしかし丁寧に教えてくれた。
以前ならいざ知らず、今の俺なら発動の手順を覚えるのは楽勝だ。
「く! 無駄だぞ、無駄ぁ!」
バルカンは、やばそうな気配を察して叫んでいるが……無視だ。
クッカが空中に浮かんで腕を組み、バルカンをキッと睨んでいる。
『貴方には私の声が聞こえないでしょうが……そこまで抵抗するなら致し方ありません』
クッカはバルカンに声が聞えないのを承知で言い放った。
『バルカンとやら、普通の尋問なら単なるお喋りの魔法で充分なのですが……私達の知りたい事はお前の魂の奥深く隠れていると見ましたので。もしも素直に答えないのなら直接お前の魂に聞くとしましょう」
「な、何だ!? や、やめろ!」
『さあ、旦那様。存分に!』
『了解!』
「う、うわぁ」
バルカンが叫ぶのを無視して、俺は詠唱を開始する。
「ひとつは嘘、ひとつは真実、ひとつは狂気、3つの鍵よ、今こそ我が力により全て解放され、そなたの魂は、ここに開かれん!」
「くわああああっ、やや、やめろ~っ!」
バルカンは自分が何をされるか、本能的に感じたようだ。
今迄の澄ました態度など捨て去ったように取り乱している。
「全て!」
俺の言霊から独特の波状をした魔力波がバルカンを包む。
白光に包まれたバルカンの全身から力が抜け、ぴりぴりした気配が一切消えた。
『うふふ、こうなったらもうお終い、今のこいつは全く無防備な状態なのです』
『おお、すっげ~な。発動する時に魔力も結構使いそうだ』
『はい! MP10,000くらいは使います。けど、旦那様は1分経てばMP999,999満タンですから』
『あはは、……やっぱ俺ってすげ~や』
『ここからの奴との会話は一切念話です。私も尋問に参加出来ますからビシバシ行きますよ』
『…………』
クッカの容赦ない口調に、俺は強張った表情で頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の魔法を受けた後のバルカンは、ぽけっとして座り込んでいる。
クッカの言う通り、全く無防備な感じだ。
さあ……尋問を始めよう。
『お前の名は?』
『バルカン』
おお、こいつ名前は偽名じゃなく、まんまなんだ。
じゃあ、いきなり直球勝負!
だって、クッカがとても気にしているから。
『バルカン! お前の言う魔王クーガーがここに居る女性に似ているというのは本当か?』
『似ている! そっくりだ。まるで双子のようだ』
ああ、やっぱり……
クッカがもう我慢出来ないとばかりに俺を押し退ける。
『バルカン! 魔王が私に似ているって? 何故? どうしてなの?』
『…………』
クッカが身を乗り出して迫るが、バルカンは無表情だ。
まあ骸骨に近い顔のリッチだから、表情を読むのは難しいが反応が無いのは確かである。
『こらっ! 早く言え!』
『……分からない』
痺れを切らして再度問うクッカに対して告げられたのは無情な答え。
『分からない!? こらっ、ふざけるなぁっ!』
クッカは興奮のあまりバルカンの肩を掴み、揺さぶった。
実際にはすり抜けて無駄なのだが、今のクッカは怖くて声を掛ける雰囲気ではないのだ。
本当に怖い!
鬼気迫る表情と言って良い。
『クッカ、落ち着け。もう少し話を聞こう』
『はぁはぁ……わ、分かりました』
クッカは凄い目でバルカンを睨んでいるが、奴は相変わらず放心状態だ。
今度はまた俺から質問を続ける。
『そもそも魔王というのはどんな奴なんだ』
『魔王クーガー様はいきなりこの世界に現れた。そしてそれまで居た魔王をあっさり倒すと、悪魔騎士エリゴスを召喚して右腕とし、新たな魔王軍を編成し始めた』
魔王がいきなり降臨?
俺は魔王の出現理由が何なのか全然分からないから、いきなり現れても「そんなものです」と言われたら「成る程」と答えるしかない。
そして悪魔騎士エリゴスか……
多分、そいつがナンバーツーなのだろう。
まあ良い。
とりあえずこいつに話をさせるように誘導しよう。
『魔王クーガー様は冷酷無比の女魔王じゃ。凄まじい魔力を誇り、高い攻撃力を持っている』
『その女魔王が何故、このボヌール村に執着する。メリット……無いだろうが』
『それも分からない』
『はぁ!? こらっ!』
傍らで興奮するクッカであったが、俺は手を挙げて制止する。
バルカンが何か言い掛けようとしたからだ。
『ただ……』
『ただ?』
『この村に居る勇者に対して固執していた、何故か異常なほどに、な』
俺に……固執?
異常なほど?
何故?
『偵察に出したライカンが行方不明になり、捜索と偵察に出した弟のリカントまでも連絡が取れなくなった』
ライカンとリカント?
ああ、あの変態狼男兄弟か。
『業を煮やした魔王クーガー様は村を一気に攻め取る為の橋頭堡を、儂に造るよう命じた。儂は基地完成の報告をしたから、まもなくエリゴスと共に、この地へいらっしゃるだろう』
は?
魔王が直接ここへ来る?
と、言う事は……
『そう、魔王軍が村を攻めるのだ』
『『えええっ!』』
俺とクッカの声が重なった。
『か、数は!?』
『オーガ1万、ゴブリン10万という所だな』
は!?
はああっ!?
何、それ!!!
『いくら何でも大袈裟だろう? それ……』
そんな数の軍勢なら、王都だって楽に攻められるのに……
『いや……大袈裟ではない。勇者……お前を倒して生け捕りにする為に魔王軍の全てを繰り出すと仰っていた』
俺が……目的なの?
全魔王軍11万の軍勢を出すのが?
クッカが呆れて俺を見ている。
『旦那様……以前その魔王と付き合って……まさか、一方的に捨てたとかじゃないでしょうね?』
『ねぇよ! そんなの!』
俺はきっぱりと否定しながらも、これから起こるであろう魔王軍の進撃にげんなりとしていたのであった。
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