第58話 「女神と美少女の共通項②」
もう少しでハーブ園という位置で、俺とクッカの索敵に反応があった。
相手は……獰猛なゴブの大群だ。
距離は約1km先……
俺とクッカの索敵能力は約1km先まで把握出来る。
1kmは結構な距離だとつい考えてしまう。
だが1kmは人間なら歩いて15分もあれば走破してしまうし、ゴブの奴等の移動速度は結構速い。
あっという間にハーブ園へ近付いてしまうだろうから、ハーブ採取作業中に乱入されたら厄介である。
俺とクッカは顔を見合わせ、頷く。
『掃討しちゃおう!』
『OKでぇす! 旦那様の判断は正しいですよ』
にゃあああっ!
ここでいきなり大声で鳴いて自己主張したのが、妖精猫のジャンである。
どうやら『俺の出番』だと思ったらしい。
『ケン様! 今回こそは俺が出張ってビシッと決めますぜ』
だが、ストップを掛けたのがケルベロスである。
『ダネコ! オマエダケデ、ハタシテダイジョウブカ?』
ケルベロスはジャンに対して相変わらず言い方がきつい。
最初から喧嘩腰だ。
このような物言いではジャンが怒るのも尤もである。
『ふ、ふざけるな! 駄犬め、黙っていろぉ』
激高するジャン。
毛を逆立てて怒る猫に対して、冥界の魔犬は冷静だ。
『フザケテナドイナイ。コンカイハ、アルジト、オクサマノアンゼンヲマモルノガ、ダイイチダ。オレモイッショニタタカオウ』
確かにケルベロスの言う事は正論だ。
主である俺達の安全を最優先で考えている。
しかし言い方が不味い。
火に油を注ぐという効果しかない。
やはりジャンはムキになってしまっている。
『う、うるせ~! 駄犬の助けなんざぁ、いらね~よ』
『おいおい、ジャン。ケルベロスが嫌だったら俺が一緒に戦おうか?』
俺が助け舟を出したが、無駄であった。
やはりジャンも自分の名声を高めるには、並大抵の努力では足りないと思っているのだろう。
『駄目です! ケン様が戦えば村の猫達は全てケン様の力だって見てしまう。俺1人で充分ですぜ』
俺の顔をじっと見詰めるジャン。
気持ちは分かるよ、確かにね。
よっし!
ここはジャンの顔を立ててやろう。
『分かった! 今回はお前が男になれるチャンスなんだな』
『そうだよぉ! さっすが、ケン様は、よく分かっていらっしゃる。ちなみにひとつ確認だ』
確認?
やけに慎重だな。
何だろう?
『何?』
『ええっと……ゴブの数ってどれくらいですかね?』
『えっと、索敵の反応によればざっと300匹だな』
『…………』
『…………』
『ややや、やっぱ、俺の活躍を見届ける証人が必要かも。ケン様一緒に戦ってくれぇ』
ゴブの数が300匹と聞いて、盛大に噛んでるじゃね~かよ
……だいぶ恰好悪いぞ、ジャン。
しかしここはフォローしてやるか。
情けは人の為ならずだ。
『まあ良い、じゃあ俺も行こう……奴等との戦いでハーブ園が荒らされたらまずい。ジャンには俺からもうひとつ命じる事がある』
『俺は何をすれば良い?』
『コラッ、ダネコ。タメグチヲキクナ』
ケルベロスが怒っている。
確かにジャンの口の利き方はタメだし、フレンドリー過ぎる。
だが、俺はとりあえずケルベロスをスルーした。
『ははは、ジャンには囮役をやって貰う』
『囮役……ですか?』
『そうだ、ゴブの奴等を出来るだけハーブ園から引き離すんだ。お前の俊敏さなら大丈夫だ』
ジャンはハッとする。
リゼットが真っ直ぐに自分の事を見詰めていたのだ。
『奥様……』
しかし、俺とジャンの会話は念話だ。
このままだとジャンは、念話のスキルがないリゼットとは直接話せない。
こんな時はお助け女神クッカの出番だ。
『クッカ!』
『はい! リゼットちゃんとジャンが話す為には……旦那様がリゼットちゃんと手を繋いでください』
成る程!
了解だ!
「リゼット!」
俺が手を差し出すと、リゼットは一瞬首を傾げたが、すぐしっかりと握ってくれた。
クッカが念話でジャンへ伝えてくれたので奴はすぐリゼットに話し掛ける。
『奥様、俺……戦うよ。奥様の夢を叶える為に』
今日、ハーブ園へ来た目的をジャンは分かっている。
だからいきなり直球を投げたのだ。
何だよ、恰好よすぎる事をいきなり言うなよ。
しかし女の子はこのような魂に響く言葉に滅法弱いのだ。
リゼットを見ると感激のあまり目をうるうるしている。
『ありがとう、ジャンちゃん。無理な事お願いして御免ね』
いつもは天邪鬼なジャンだが、女の涙に弱いのは男のお約束だ。
『全然無理じゃない! ケン様が俺の俊敏さを認めてくれたんだ……俺、頑張る!』
『旦那様が認めたなら絶対に大丈夫! ジャンちゃん、自信を持って』
『頑張りまっす!』
ジャンは 猫らしく尻尾をピンと垂直に立てた。
これは喜んでいる証拠だ。
『ヨシ、オレモイコウ。アルジヲ、チョクセツタタカワセルワケニハイカヌ』
『駄犬め、お前なんざ引っ込んでいろ!』
『ジャンちゃん、喧嘩しないで! 一緒に頑張って!』
ああ、リゼット。
美少女の励ましは、まじ天使の囁きだ。
『はい~っ! 頑張りまっす!』
ははは、現金な奴だ。
すぐ仲直りしやがった。
ジャンの様子を見たケルベロスは、そろそろ出撃の頃合と見たのであろう。
『ジャア、イクゾ』
『応!』
ジャンの尻尾がピンとたったまま、一気に倍の太さになった。
今度は気合が入った証拠だ。
猫の気持ちは表情は勿論、尻尾にはっきりと表れるのだ。
猛る魔犬と妖精猫はこうして共に出撃したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「旦那様、ふたりが心配です。ここから戦い振りが見えますか?」
リゼッが心配するのは当たり前だ。
ケルベロスとジャンはあんなに仲が悪かったのだから。
何せ、相手はゴブ300匹以上の大群である。
いくら喧嘩相手でも、今回は連携して戦わないと苦戦するだろう。
『クッカ!』
『うふふ、優しいな、リゼットちゃんは。お姉さん、大好きですよ』
『どうすれば良い?』
『ジャンは多分戦うのに精一杯で余裕は無いでしょう。ケルベロスに指示を出して下さい。視点を共有しろと……この前のジャンちゃんと一緒です』
成る程!
この前と同じく視点の共有か。
先日はジャンだったが、今度はケルベロスの視点で景色を見るわけだな。
『俺が見える景色をリゼットに見せるにはどうしたら良い?』
『先程と同様にリゼットちゃんと手を繋いで下さい』
そうか!
俺とリゼットの魂を繋ぐんだな。
『了解!』
「リゼット、今クッカが教えてくれた。また俺と手を繋げばケルベロスの目で景色が見える。ちなみにさっきジャンと話せた方法もクッカ直伝だ」
「ああ、女神様。クッカ様、ご加護を与えて頂いてありがとうございます」
リゼットは深く深くお辞儀した。
この異世界の女性は皆、信心深い。
俺の嫁の中ではミシェルが特に信心深いが、リゼットも素直にクッカに感謝しているようだ。
『何の、何の、お安い御用よ』
クッカはにこにこしながら、手を左右に振っている。
目尻が思い切り下がっている。
リゼットが可愛くて仕方がないという趣きだ。
「リゼット、目を回すなよ。ケルベロスの奴、凄い速度で移動するからな」
「は、はいっ」
いきなりだと目が回ってひっくり返ってしまうかもしれない
俺はカウントダウンをしてあげる事にした。
「リゼット、良いか?」
「は、はい」
「よっしゃ、3,2,1、ゼロ!」
「きゃう!」
念を押したにもかかわらず、リゼットはつい可愛い悲鳴をあげてしまう。
ケルベロスの視点は先日のジャンと一緒だ。
高速で走る為、景色が飛ぶように流れて行く。
レーシングゲームなどないこの世界では刺激が強すぎるのであろう。
俺はリゼットの手を握り直すと、気をしっかり持てと励ましたのであった。
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