第5話 「新居を貰う!」
リゼットの両親であるブランシュ村長夫妻に俺は歓待を受けた。
お父さんはジョエル、お母さんはフロランスと名乗る。
ふたりとも年齢は40歳前後、にこにこしていてとても感じの良い人達だ。
俺がケンと名乗ると、リゼットの両親からは「貴方は東方から来たのか?」と聞かれた。
後で鏡を見て知ったが、俺の顔は造作こそ変わっていたが前世同様に黒髪、黒い瞳だったのである。
良く聞けば東方にヤマトという国があるそうで、そこの人間は殆どが黒髪、黒い瞳だそうだ。
俺はやんわり否定したが、この異世界は何か俺の前世と関わりがあるのかもしれない。
そしてひと通り挨拶が終わると何が起こったか?
食事が始まる前に何とリゼットがこっぴどく叱られたのである。
俺はリゼットが厳しく怒られる事で今回、彼女が森へ薬草を取りに行ってゴブに襲われてしまった詳しい原因を知った。
今回リゼットが薬草を取りに行ったのは、病気でずっと寝込んでいる祖母の為であった。
大好きなお婆ちゃんの為に無理をするなんて……やっぱり優しい女の子なんだ、リゼットって。
元々この村の周囲は人間を捕食する魔物や、通常の獣でも熊、狼なども多数生息するという。
その為にリゼットのような女の子は、周囲の農地など近場はともかく、単独で村外から遠方に出る事を固く禁じられていたらしい。
それを破って、無断であのような遠方の森へ行った事は許さないと厳しく叱られたのである。
両親が怒ったように、確かに俺が居なければリゼットは今頃ゴブリン達の腹の中である。
リゼットは叱られてわんわん泣いていた。
両親に叱られたからだけではない。
リゼットに万が一の事があったら臥せっている祖母は喜ぶのか? と両親に問われたからである。
両親に叱られた後、べそをかきながら俺にぴったりくっつくリゼットを見て、両親は苦笑した。
ジョエルさんがにっこり笑う。
「ケン様は良い人なんですね」
「俺が……良い人ですか?」
「はい! 元々娘は男の子が苦手で子供の頃は村内の子ともあまり遊びませんでしたし、今もあまり話しません」
そうなんだ!
人見知り?
明るくて可愛いこの子が?
そうは見えないけどなぁ……
「だけど貴方には……この始末。よほど好きなんですね」
にこにこするジョエルさんとフロランスさん。
そんな両親の『突っ込み』を聞いて、とっても恥ずかしいらしくリゼットは顔が真っ赤である。
「お父さん! お母さん! もうっ!」
抗議する娘に、いきなり真面目な顔になったジョエルさんがぴしりと言う。
「もしケン様が悪人だったらお前は村へ帰って来れなかっただろう。騙されてどこかへ連れて行かれて奴隷か、娼婦にされていたかもしれない。助けてくれたのが彼で良かったな」
「う、うん!」
ぶるりと震える愛娘を見て、頷いたジョエルさん。
彼は今度、俺を真っ直ぐ見詰めた。
「それでケン様はこれからどうなさるおつもりですか?」
さあ、いよいよここで本題だ。
俺は軽く息を吐くと、ゆっくりと話し出す。
「はい! リゼットには伝えましたが、俺はのんびりどこかで暮らしたいと思って遠くから旅をして来ました。宜しければ村の仕事をしてお役に立ちますから、この村のどこかに住まわせて頂きたいのですが」
俺の言葉を受けて、リゼットも追随する。
「お父さん! お母さん! 私からもお願いっ!」
俺の希望に対して、ジョエルさんはあっさりと頷いた。
「私は構いませんよ、それにもしこちらの条件を受けて頂けるのであればこの家の隣に別宅がありますので自由に使って下さい」
「条件って何ですか?」
「はい! 条件と言うのは形式だけですが、ケン様が我がブランシュ家の従士になる事です。そうすれば私の部下として村民に対しての説明が付き、わずらわしさが無くなるのです」
従士か……
ようは村長であるジョエルさんの部下になれという事だ。
その代わり、村民に話を通して食住の手当てはしてやるぞ! という彼の意思表示であろう。
この村で静かに暮らして行けるのなら全く問題はない。
ただ、あまりにも奴隷チックな扱いならば真っ平御免である。
こんな時は確認!
それに尽きる。
一種の契約なんだから。
「成る程! それくらいであれば俺の方は問題ありません。命令には絶対服従の奴隷とかじゃなければ」
「奴隷!? ははは、まさか! それに従士と言っても、貴方はいわば客分ですので基本的には日々振る舞い自由となりますね」
振る舞い自由?
それはありがたい。
でも従士仲間って居るのだろうか?
「ちなみにジョエルさんの従士って他に誰が居るのですか?」
「ほら例えばさっき一緒に来たガストン、そしてジャコブ。村の門番の2人がそうですよ」
成る程!
リゼットにこの両親と、あの男らしい門番の2人となら、まずは上手くやれそうだ。
後は他の村民達とも親交を深めて行けば良い。
俺はリゼットの父ジョエル村長へ了解の握手をするべく、右手を差し出したのである。
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この村の建築様式は平屋オンリーの「方形住居」だ。
方形住居は木造で壁は泥塗り、屋根はわらぶきという仕様だ。
一間という雰囲気の家は余り無く、殆どが大家族が暮らしていそうな結構大きな家々である。
驚いたのは床が土間ではなく板張りだという事。
素朴なフローリングという趣なのだ。
ジョエルさんの言う別宅というのはこのブランシェ家の隣にある中規模な家屋であった。
建ててから若干年月は経っているが、そんなに古いという雰囲気はない。
3つの部屋(居間、ベッド付き寝室、物置)と狭い厨房、汲み取り式トイレが付いている。
俺が前世で住む筈だった家に近いかもしれない。
しかし風呂は無い。
村の他の家も裏の井戸で水を汲んで身体を洗う習慣なのだ。
この世界において、風呂というのは上流階級のみの特権というのが常識らしい。
まあ俺が魔法でお湯を作れるかどうかだが、風呂に関しては少しずつ改善して行けば良いだろう。
ちなみに、俺の案内にすっごく気合が入っているのがリゼットである。
まるで嫁のようにかいがいしく俺の世話をしてくれる。
別宅の設備の説明をしてくれて、生活用品も率先して運び込んでくれるのだ。
俺は嬉しいし、とてもありがたいのだが……もう夜も遅くなって来たし果たして良いのだろうか?
それに……変だぞ?
何故か、リゼットが自分用らしい女物の服とか生活用品とかも運んでいる。
「リゼット!」
ぴしりと鋭い声が掛かる。
これは一緒に別宅の片付けをして貰っているリゼットの母フロランスさんだ。
そんな娘の行動を母はしっかりチェックしていたらしい。
母の声に、リゼットは思わず直立不動のポーズを取る。
「は、はいっ!」
フロランスさんはそんな愛娘へ優しく話し掛ける。
「お前の気持ちはよ~く分かりますよ。でも今夜ケン様と一緒に過ごすのはまだ早すぎます。それに長旅で疲れていらっしゃるケン様には今夜はゆっくりお休みして頂きましょう」
「は、はい……」
リゼットって、やっぱりいじらしいし、そんなに俺の事を気に入ってくれたんだ。
俺も胸が熱くなる。
「今日はありがとう! リゼット! ……また、明日」
礼を言った俺の顔を見て、リゼットはふるふると首を横に振った。
「とんでもないっ、私こそ! ではケン様、また明日7時に伺います」
「失礼致します、ケン様」
こうしてリゼット母娘はブランシェ家別宅=俺の自宅から引き上げて行った。
――15分後
1人になった俺はたらいに汲んであった水にタオルをひたす。
濡れたタオルで身体を拭うと漸く落ち着いた。
寝室へ行ってベッドに横になる。
「はぁ~、漸く落ち着いた……さあて」
俺は深呼吸した。
そして……呼び掛けてみる。
相手は……色々と助けてくれた『あの子』だ。
『ナ~ビちゃん!』
『…………』
『あれ、返事が無い。ただの屍のようだ』
『屍じゃあありません!』
『あ、居るじゃない?』
『もう! あ、居るじゃない? じゃあないです! ず~っと放置して! それに私、ナビちゃんじゃあありませんし』
何か、すごい怒りの波動が伝わって来る。
ここは素直に謝った方がいいだろう。
『御免! 申し訳ない、今からゆっくりと話そうよ』
『分かりました、約束です! ゆっくりじっくり……ですよ!』
機嫌を直したナビ嬢の声を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろしていたのであった。
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