第4話 「小栗鼠みたいな彼女」
俺との別離を嫌がって、わんわん泣いたリゼット。
そんな健気な子と、俺は手を繋いで仲良く街道を歩いている。
リゼットが手を差し出して繋ぐ事を望んだので、俺としては敢えて断わる理由はなかったのだ。
例の頼み事の件であるが、ややこしい状況をすぐに理解したリゼットが素直に聞き入れてくれたので、結局は俺のお願い通りになる。
リゼットはやはり聡明な女の子だ。
救出話は極めて平凡なものにした。
森へ薬草を採りに行ったリゼットが総勢5匹のゴブリンに襲われて、たまたま通りかかった俺が駆けつけゴブリン2匹を炎の魔法で倒したという地味な話にしたのだ。
証拠は焼け焦げたゴブリンの頭と腕。
まあこれくらいのスケールなら感謝はされるが「領主様へ、ご注進!」みたいに報告されるような大感謝はされないというところだ。
「うふふ、でもこれってケン様と私、2人だけの秘密ですよね」
「ああ、秘密さ」
彼とふたりだけの秘密……
何て甘美で背徳的な響きだろうか。
年頃の女の子にとっては、悪魔の誘惑に近い言葉かもしれない。
「ケン様。貴方はどちらへ向かおうとされていたのですか?」
首を傾げるリゼットはまるで可愛い小動物のようだ。
例えれば……多分、小栗鼠。
俺は、この世界で初めて出来た可憐なガールフレンドに笑顔で答える。
「あては無いのさ。実は俺、ここからとても遠い国の出身でね。暮らしていた街がわずらわしくなって、どこか違う静かな場所で暮らしたいと旅をして来た」
「そうなんですか? ボヌール村は決して豊かとは言えませんが、村民の皆は気持ちが優しく働き者ばかりの村なんです」
リゼットは優しく微笑むと、俺の手をきゅっと握って来た。
先程ゴブリンと戦った西の地平線の彼方に、真っ赤に燃える大きな太陽が沈もうとしていた。
俺とリゼットは夕陽を浴びて歩いて行く。
何だか幼い頃の記憶が甦る。
おままごとをして遊んだ女の子と、土手の道を仲良く手を繋いでウチへ帰る……
そんな甘酸っぱい懐かしい景色のような気がした。
約30分程度、暮れなずむ街道を歩いただろうか、俺達は街道の脇から延びる草を踏み固めたような横道に入る。
どうやらボヌール村は、街道に隣接していないらしい。
俺は念の為聞いてみる。
「結構、奥へ行くの?」
「今、ケン様と私が通っている道、これは村道なんです」
村道か……
俺は記憶を呼び覚ます。
地球の中世西洋では耕作面積の確保と余所者の入村阻止の為に街道附近に村がある事が少なかったのである。
ボヌール村が街道から奥まった場所にあるのもそれが原因であろう。
俺とリゼットが更に10分程度歩いて行くと、武骨な丸太を組んだ簡素な防護柵に囲まれたボヌール村が見えて来た。
「ゴブリンとか、人間を餌にするオークなんかがしょっちゅう村を襲撃します。あの柵と正門に居る門番さんが皆を守ってくれるんです」
そうか……
奴等、森の奥からここまで出て来て人間を襲うんだ。
派手にやり過ぎてばれないように、後で適度に討伐しておこう。
俺がそんな事を考えている間に俺達はボヌール村の入り口の前に着いたのである。
門の中、村内にこれも木製の物見櫓が備えられており、ふたりの門番らしい男が辺りを睥睨していた。
彼等も村の人間であろうか。
つぎはぎだらけの使い古した革鎧を纏い、大きなメイスを腰に提げて武装した男の方が俺達に声を掛けて来た。
背は少年になってしまった俺よりはずっと大きい。
190cmをゆうに超えているだろう。
髪の毛は茶髪で短髪。
がっちりした体格で真っ黒に日焼けしており精悍な風貌をした40代後半くらいの男だ。
彼の野太い声が俺達へ降って来た。
「リゼット、今戻ったのか? ん? そいつは見ない顔だけど誰かな?」
「ガストン! 私ね、ゴブに襲われたの!」
「何っ! 大丈夫か!? ってもしかして!」
「ええ、幸い彼に助けて貰ったの! 5匹も出たのよ!」
「成る程! しかしよそ者に対する村の慣例だ。一応、彼の武器を預かってお前が先に村へ入れ。お兄さん、その腰に下げている剣をリゼットに渡したら、15mほど下がってくれ」
ガストンと呼ばれた門番の男はもうひとりの男へ指示を出す。
「ジャコブ! 門を開くぞ、お前はリゼットを迎えろ。リゼット、先に村へ入れ! 俺が彼と話す」
「御免なさい、ケン様。怒らないで! これは村の規則なの、2回めからはこんな事無いわ」
俺はリゼットにミスリルの魔剣を渡した。
申し訳無さそうに受け取ったリゼットは、門が開いて現れたジャコブと共に村内へ消える。
再び門が閉められて、俺は物見櫓に居るガストンと正対した。
「少年、悪いな! 恩人に対してこんな無礼な仕打ちをして、謝る」
ガストンは深く頭を下げた。
彼は中々礼儀正しい男のようだ。
だから俺も笑顔を返してやった。
「いや、気にするな。俺があんたの立場だったら同じようにするよ」
「ははは、結構! では経緯を話してくれ」
「ああ、まずこれが証拠だ」
俺は、焼け焦げたゴブリンの頭と腕を目の前の地面に置いた。
続いてさっきリゼットと打ち合わせした通りの内容を話す。
ふむふむと相槌を打ちながら聞くガストン。
どうやら納得してくれたようだ。
「分かった! 武器を素直に渡してくれたし、証拠もある。ジャコブがリゼットに話を聞いたが、本当のようだ。今、門を開ける」
ガストンはにっこり笑うと村の正門を再び開けてくれたのである。
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こういった辺境の村の人間は警戒心が強い。
しかし一旦打ち解ければ、仲良くなるのは早い。
俺が門を開けて貰って村内に入ると、リゼットが剣を抱えて飛んで来た。
「御免なさい!」
リゼットは俺に剣を返すと、両手を合わせた。
申し訳ないと思っているらしい。
俺は気にするな、と微笑む。
こんな時は笑顔が一番だろう。
俺の笑顔と引き換えに、安心したリゼットはまた手を差し出して来る。
彼女の温かく小さな手を、俺は確り掴んでやった。
「ははは、王子様はモテモテだな」
ジャコブに見張りを任せ、物見櫓を降りて来たガストンが笑う。
どうやらリゼットと共に彼女の父親である村長の下へ連れて行ってくれるらしい。
「こっちだ!」
手を繋いだ俺とリゼットを従える形でガストンが先導する。
こうして俺はボヌール村村長の自宅=リゼットの家へ着いたのであった。
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