第35話 「正門での攻防④」
俺が腹に一発入れるとガエルは苦悶し、胃の中の内容物を「げえっ」と吐いて気を失ってしまった。
俺が本気でやると即死だろうから、だいぶ手加減はしておいた。
さすがに、こいつを殺すつもりはないからね。
「ケン様~っ」
レベッカがVサインを出しながら駆け寄って来る。
約束通り『仇』を討ってやったのでとっても嬉しそうだ。
「いぇ~い、やったね」
俺に抱きつくレベッカは満面の笑みだ。
親分も倒れて、クラン大狼が全員戦闘不能になったと知ったガストンさんが、我慢し切れないという感じで正門を開くと、一目散に飛び出して来た。
ダッシュで駆けつけると、レベッカごと俺を抱き締めてバンバン背中を叩く。
あはは、ほんの少~しだけ痛いや。
「お~い、ケン。お前、やるなぁ、改めて惚れ直したぞ、我が息子よ」
ははっ、くすぐったい。
我が息子だって、さ。
父娘揃って気が早過ぎるんじゃあないの?
でも俺は何故か、すっごく嬉しくなってしまった。
嬉しそうな俺を見て、ガストンさんはにやっと笑う。
「危なかったら、すぐに助けてやろうと思っていたが……不要だったな」
ガストンさんの俺を見る目は「頼もしいぞ」って褒める気持ちと、優しい慈愛に満ち溢れていた。
こうしてガエル率いる悪の組織、クラン大狼の野望は脆くも崩れ去った。
まあ、大袈裟に言えばそういう事だ。
本人へこう言うと絶対に殺されるだろうが、レベッカの尻を触るくらいならまだ可愛い。
しかしあのガエルと若い『ちゃら男』の会話にはそれを超えるどろどろとした邪な嫌らしい気配がプンプンしていた。
多分、村へ入ったら夜に宿屋を抜け出して女の子達に悪さしまくるつもりだったのだろう。
ガストンさんが先に失神した3人に容赦なく水をぶっかけると彼等は意識を取り戻した。
だが俺を見ると「ひいっ」と悲鳴をあげ、まだ失神して倒れているガエルを抱えるとあっと言う間に逃亡してしまった。
その様子を見た俺はちょっと心配になる。
ついついクッカに尋ねてしまった。
『おいおい……あいつら、大丈夫? 忘却の魔法で記憶を消したんだよ、な』
『うふふ、大丈夫。単にケン様を畏怖して怯えただけですから』
クッカは澄まし顔で言う。
ホントかなぁ……
まあ、いいや。
何か凄い力を振るったわけでもないし、いざとなれば惚ければ良い。
うん!
そうしよう。
その時である。
「あの……あんた、困った事をしてくれたな」
言葉通り困りきった表情で俺に声かけて来たのは商隊のリーダーと思しき年かさの男であった。
他の3人の商人達も腕組みをして俺を見詰めていた。
皆、俺を非難するような表情である。
俺は一瞬、意味が理解出来なかった。
「困った事?」
「クラン大狼を懲らしめ過ぎて、あいつら逃げちまった。私達商隊の護衛が居なくなってしまったじゃないか」
「はぁ?」
何だ、こいつ!
そもそも雇い主であるこのおっさんが、クラン大狼の事ををうまく仕切れてないからこうなったんだぜ。
それを言うに事欠いて、俺が困った事をしただとぉ?
俺の口から思わず怒りがほとばしる。
「おっさん、ふざけるなよ?」
「は?」
俺の思わぬ反撃に商人親爺は驚き顔だ。
でも、この流れはそうだろ。
いい年したおっさんが常識も知らないのか?
それに他人の気持ちを察して仕事をするのが商人だろうよ。
「おめぇらが雇ったゴロツキ共が村の決まりを守らず、挙句の果てに俺の可愛い嫁の尻を触ったんだ。こっちが賠償金を貰いたいくらいだ」
俺の言葉を尤もだというように、ガストンさんもレベッカも頷いている。
「だ、だが……これでは……こうなっては私達はエモシオンの町どころか、ジェトレ村へ帰る事も出来ない」
何だ、それ。
こんな時には、はっきりこう言うに限る。
「はぁ? 自業自得だろ? それ」
「そんなぁ……」
泣きそうになる商人の親爺。
美少女の泣き顔はそそるが、こんなむさいおっさんの泣き顔など要らない。
丸めてゴミ箱にぽいっと捨ててしまえ。
「ケン! いえ、ケン様。ちょっと相談があるんだけど……」
気配でこっちに来たのは分かっていたが、ここで声を掛けて来たのがミシェルであった。
俺への呼び方が変わったのは彼女の魂の中に変化が生じたらしい。
多分理由はレベッカと同じだ。
「ガストンおじさんとレベッカも一緒に……ちょっとあっちで話さない?」
こうして俺達はミシェルと少し離れた場所へ行き、密談って奴をしたのである。
「ねぇ……こういうふうにしない?」
ミシェルの提案とは……
俺達がクラン大狼の代わりに護衛役として商隊を守る事。
当然商隊から対価は頂くし、どちらにしろミシェルもエモシオンの町へ『仕入れ』に行く必要があるから一石二鳥だという。
ミシェルの提案を聞いたレベッカは目を輝かせた。
「私は構わないわ、面白そうだし一緒に行くよ」
しかし苦々しい表情のガストンさんは手を左右に振った。
「う~ん、俺は反対だな。お前達だけでは心配だし、無理に仕入れに行かなくても村で自給出来る品で生活は可能だから」
だが、ミシェルが猛犬のように喰いついた。
「おじさん! 分かってる? この前エモシオンの町へ行ったのって、もう半年も前。だからもう色々なものが無くて難儀していたのよ、それともおじさんが一緒に町まで行ってくれるの?」
「あ、ああ……わ、分かったよ」
どうやらガストンさんは村の守り役なので自分はエモシオンの町まで同行出来ないらしい。
そんな事情もあり、先日のレベッカだけでなく今度はミシェルにまで押し切られてしまった。
レベッカもミシェルも、そしてイザベルさんなんか典型だが、やっぱりこの村の女性は強い。
強くそう思う。
「でもお前達だけで大丈夫か?」
納得させられたもののガストンさんはまだ心配らしい。
そりゃそうだ。
街道沿いには魔物&強盗がお出ましになるのだから。
しかしミシェルは事も無げに言う。
「平気だよ、ケン様はご覧の通りの強さだし、レベッカの弓は達人級。そして私は……」
ミシェルはそう言うと無造作に左手で、真下に転がっていた大き目の石ころを拾う。
ええっと……
何をするおつもりですか、ミシェル様。
「はあっ」
ミシェルが息を吐いて真上に軽く放った石は……
「たおおおっ!」
ばしゅっ!
裂帛の気合と共に、彼女の右拳で粉々に打ち砕かれていたのである。
呆然!
今度は俺が目を丸くして、阿呆のように口を開けその場に突っ立っていた。
「うふふ、これは死んだ父さん直伝の拳法さ。自分の身を守るくらいは出来るよ」
俺に向かってにっこり笑うミシェル。
そうか……
こうやって俺の家の扉をあっさりと破壊したんだ。
漸く納得した俺はぎこちない笑顔を浮かべて、黙って頷いたのであった。
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