第31話 「村民研修しましょ! 万屋編④」
ボヌール村唯一の商店、大空屋の店内は狭い。
日本なら、ほんの10畳くらいってところだろう。
木造で渋い趣きがあって、雰囲気はノスタルジックな日本の駄菓子屋そのものだ。
左右に商品展示用のカウンター。
正面に販売と買取を行うカウンター。
都合3つの大型木製カウンターが置かれている。
「こっち!」
ミシェルが俺の手を引っ張って、店の奥へ連れて行く。
どうやら正面カウンター奥がストックヤードになっているようだ。
ああ、懐かしいな。
また店員をやるのか。
某コンビニでのバイトの思い出が鮮やかに甦るぜ。
店のオーナーさんが声が大きくて、気骨とやる気のある熱血漢。
彼の影響で凄く活気のある職場であり、フランチャイズの指導員も売上げが好成績の為か、いつもニコニコ笑顔で来ていたっけ。
そんな事を考えながらカウンター奥のストックヤードを見ると、そこには様々なものが雑多に置かれていた。
「ケン、ここに在庫があるから、まずは品出ししてくれる。商品は並べないでカウンターにとりあえず置くだけで良いよ」
「品出しって懐かしいな、 了解!」
ミシェルの指示で店の入り口から奥に向かって、右側のカウンターが食料品、左側が日用品と分けて並べる事を教えて貰う。
この村は基本的に自給自足だけど、さっきの朝の弁当のように店に対する需要は結構あるらしい。
例えば……食べるのは大好きだけど、自分では絶対に作らないレベッカへは蜂蜜が大いに売れる、とかね。
食料品で、まず目が行ったのが肉なのは、俺が肉大好きなせいもある。
ニワトリ、ブタなどの家畜系の肉を始めとして、レベッカが草原で狩って持ち込んで来る兎や雉などの野生系など多種多様。
前世で見たような綺麗で細かい肉片ではなく、ごっつい肉塊で売られている。
毛をむしった頭とか、足が付いたまま売られているのは結構シュールだ。
野菜はキャベツ、タマネギ、ジャガイモ、カブ。
洗っているわけなどなく、豪快に土がどっさり付いたまま売られている。
卵は安くてお手軽に食べられるので結構幅を利かせていた。
村でも卵料理は安くて大人気だからね。
数年前の大規模な魔物の襲撃で殺されて以来、村には牛が居ない。
代用は山羊の乳にチーズだ。
また忘れちゃいけない主食のライ麦パンとライ麦粉。
香辛料はスタミナもつくせいか、ニンニクが好まれるらしい。
嗜好品の酒に関してワインは自家生産だが、エールは外部から購入。
紅茶は安価だが種類は少ない。
そして大空屋の名物である蜂蜜だが、高さ1m以上もある巨大な壷に入っていた。
村民にはレベッカのような甘党が多いので、量り売りでかなりの量が売れるそうだ。
ミシェルとイザベルさんは農地の脇に巣箱を置き、ミツバチを飼って蜂蜜を作っている。
健気な働き者のミツバチは、花の蜜を集めるだけではなく、農地の野菜の受粉もしてくれるので一石二鳥だと好評らしい。
食料品は店に冷蔵設備がないので日持ちするもの以外は当日売り切り、それが基本である。
一方、日用品は目立つものだと、可愛い女性用の衣服が置いてある。
主に祝い事用らしいが、何とあの癒し系美少女クラリスの自作だそうだ。
ミシェルが感心したように言う。
「あの子、とても器用なの」
「へぇ、凄いな」
他にも良く見る農作業着が置いてあった。
イザベルさんも着ていたジャーキンとホーズで、いわゆる村のメインユニフォームって奴だろう。
「服はね。作る手間と時間がかかるから、エモシオンの町で仕入れて売るの」
ふ~ん。
中世西洋は大体自作なのにな、と俺は思う。
「でも……サイズは?」
気になった俺が聞くとミシェルはにっこり笑う。
「大丈夫! 村の人全員のサイズ……ほぼ頭に入っているから。どれくらいで買い換えるかという事も大体予想出来るよ」
凄い!
ぱねぇっす、偉いっす、ミシェル様。
箒、熊手が必需品だが、村で作れる人が不在。
鉄製の鍋や包丁なども一緒で鍛冶屋不在の村では共にどこかから仕入れるしか無い。
当然の事ながら店頭に置いていないのが、武器防具。
そして先程紹介した包丁などの刃物もだ。
ボヌール村の人に不埒な者など居やしないが、一応安全の為である。
意外なのが紙と筆記用具、そして創世神様の教えを書いたものや、若い女性に受けそうな恋愛小説などの古本が置いてあった。
他にリボンや髪留め、指輪など装身具も少々。
これらは女性陣に好評だという。
ボヌール村みたいな田舎だっておしゃれは必要。
嫁達が可愛くなったら俺だって嬉しいから。
色々と配置に決まりがあるらしく、俺が運んだ商品をミシェルがてきぱきと並べて行く。
瞬く間に整然と商品が並べられた。
「やっぱりふたりでやると早いね」
ミシェルは俺を見て嬉しそうに微笑む。
準備万端!
ようし、売って売って、売りまくるぞぉ。
準備が整うと俺は気合が入って来る。
「後はお客だけだな」
しかしミシェルはのんびりしたものだ。
俺が勢い込んで聞くと、さらりと躱されたのである。
「うふふ、ここはエモシオンの町と違ってせわしくないから。お客が来ない日もしょっちゅうだよ」
そうか!
……都会と違ってこの村はゆっくりゆっくり時間が流れている。
これこそ前世の俺が望んだ生活だ。
そして優しい美少女嫁候補も一杯居る。
うん、良いぞ、異世界最高! ボヌール村最高だ!
「まあ夕方に商隊が来るから、今日は忙しくなるけどね」
そうだった!
じゃあ、とりあえずはのんびりしよう。
ミシェルとイチャイチャしていよう。
俺とミシェルは店の椅子に座って顔を見合わせるとまたお互いに笑ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、その日は客がひとりしか来なかった。
村の年配男性で紅茶と蜂蜜を買っていった。
最近、紅茶に蜂蜜を入れて飲むのが村で流行っているようだ。
俺も今度やってみよう。
客が来ない間、俺はずっとミシェルと話していた。
たまに手を握って、軽いキスもした。
彼女は良く喋るし、笑う。
基本的には楽天家で、くよくよ引き摺らない性格であり、俺とは全く違うタイプだろう。
長く話していたお陰でミシェルの事は勿論、この村の事もだいぶ詳しくなった。
そして俺の秘密だが、リゼットもレベッカも詳しくは言っていないらしい。
ただ『勇者級』とは言っているらしく、ミシェルは俺を頼もしそうに見つめて来る。
ちなみにクッカは俺とのデートの約束が余程嬉しいらしく、ちんまりと空中に座って笑顔で俺達を見つめていたのだ。
そんなこんなで時間は過ぎ、店の魔導時計はあっと言う間に午後3時を回っていた。
時計を見たミシェルは小さく頷く。
頃合だという表情である。
「うん、そろそろ店仕舞いかな」
え?
まだ午後3時過ぎだぜ。
ちょっち早くないか?
俺はそう思ったのでさりげなく聞いてみる。
「ええっと、ミシェル。まだこんな時間だけど……」
「良いの、良いの。さっきも言ったけど今日は商隊が来るから宿に迎えたり、仕入れのやりとりをするからね」
「成る程……商隊が来たら来たで色々準備が要るんだな」
「そのとお~り」
ミシェルが笑って手を差し出した瞬間であった。
誰かが店の前で叫んでいる。
「大変だ~っ。正門でガストン達と商隊の奴等が睨み合って一触即発だぁ」
ななな、何ですと!?
「急ごうっ!」
「うん!」
俺とミシェルは店の戸締りをすると、急ぎ正門へ走り出したのであった。
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