第3話 「美少女を巡るゴブリンとの戦い」
「はあっ! はあっ! はあっ!」
ゴブリンに追われて来た少女は完全に息を切らしており、俺の目の前で膝を突いてしまった。
もう走れそうもない。
誰だか知らない俺でも『人間』が来た事で彼女は安堵したのだろう。
俺は少女を庇い、前面に立つ。
追って来たゴブリン達の動きは意外なほど素早かった。
群れの数も結構居る。
ざっと見て100匹は楽に超えていよう。
多分奴等は狩りのやり方を知っている。
獲物の退路を断つという考えなのか、あっと言う間に四方を囲まれたからだ。
これでは、もう簡単には逃げられない。
2対100以上……普通に考えれば絶望的だ。
俺が加わったのをゴブリン共は餌がひとつ増えたぐらいにしか思っていないだろう。
たかが人間の餓鬼2匹。
さくっと殺して喰ってやる。
奴等の眼がそう言っていた。
逃げて来た少女が何とか立ち上がる。
俺の背中にしがみついてガタガタ震えている。
はっきり言って怖い。
俺だってこの子と同じ様に怖い。
襲われた少女を夢中で助けに来たけれども、実際に見たリアルなゴブリンは予想以上に凶暴だ。
歯をむき出して凄い声で吠え、だらだらヨダレを垂らしている。
某映画に出て来る作り物の縫ぐるみを万倍くらい凶悪にした面構えなのである。
とても後悔したが、もう後戻りは出来ない。
俺はすかさず「索敵」と念じる。
敵のスペックを一応知りたいと思ったからだ。
すると!
何と、心の中にまたあの女性の声が響き、ゴブリンを説明してくれたのである。
やったぁ!
さすがレベル99!
ようし、こいつらの事を教えてくれ~!
俺の念じた心の声に応えるように、女性の声が淡々と説明する。
『ゴブリン。小型の人型魔物。体長50cmから最大1m前後。現在、半径100m以内に103匹存在。性格は残忍で陰険。雑食であり、群れて人間や家畜も襲う。普段は地下で暮らしている。身体耐久力弱し。当然物理攻撃にも弱く、魔法耐性も一切無いが、火属性の魔法が特に有効』
おおっ、すげぇ!
試験勉強の参考書みたいな模範解答だ。
俺は思わず声が出た。
「おっし! ナイスフォローだ」
『……私は大大大嫌い!!!』
何だ、これ?
心に響いた。
え? 何? 私は大大大嫌い?
索敵の説明合成音? の筈なのに今、すご~く人間臭いアナウンスが入った。
まあ、良い!
とりあえずお礼を言おう。
好き嫌いの感想含めてナビ、ありがとうってね。
『サンキュー』
『いいえ、どういたしましてっ! あ、しまったぁ!』
すかさず答える『ナビ嬢』の声。
あ、しまったぁ! じゃあないよ(笑い)
まあ事情は後で聞こう。
『後でゆっくりお話しましょうね』
『……はい』
『とりあえず、目の前のゴブリンを倒すのが先だ、どうしたら良い?』
俺は聞いたが、ナビ嬢は口篭っている。
どうやら知っていても答えられないようだ。
『ご、御免なさい! 私にそこまでの権限は……』
『分かった!』
多分、この子はさっきの神様の命令で陰ながら俺のナビをするように命じられたのだろう。
それが露見してパニクっているに違いない。
そうですか!
じゃあ、折角だからさっきの君の言葉をヒントにするよ!
奴等の弱点って、火属性だったよね!
がああああっ!
一斉にゴブリンが吠え立てた。
来る!
もう猶予はない。
俺は怯える少女を片手に抱きながらミスリルの魔法剣を抜き放つ。
その瞬間、ゴブリンが四方から突っ込んで来た。
「燃え盛る炎よ! 剣に纏えっ! 放射~っ!!!」
ごおおおおおおおっつ!!!
「大量の汚物なんか焼却だ~っ!!!」
俺の剣から放たれた紅蓮の炎が30m近くも伸び、巨大な竜の息のようにゴブリン達へ襲いかかる。
炎に包まれたゴブリンがあっと言う間に炭化し、消失した。
よっしゃ!
どんどんやっつけろ~!
ぎゃっぴー!!!
ぎゃあああ!!!
俺はまず前面のゴブリン達を焼き払うと、少女をしっかり抱いたまま身体を回転させた。
思い掛けない反撃に躊躇したせいで、俺と少女と、ゴブリン達との距離はまだ充分あった。
俺は落ち着きを取り戻して、正面に続いて側面、背面の攻撃も存分に行う事が出来たのだ。
俺にしがみついた少女は目を大きく見開き、呆然としている。
周囲を見渡した俺は、ゴブリンがまだ唸り声をあげているのを見て、彼女を抱いた腕に力を込めた。
「おいっ! まだ戦いは終わっていない、しっかり摑まっていろ」
「は、はいっ!」
ちらっと顔を見ると、肩までのさらさらな髪は綺麗な栗色。
鼻筋が通っていて瞳が鳶色をした美しい少女である。
年は今の俺と同じか、ちょい下か?
でも、やったね!
テンプレ通り、ヒロイン?との出会い決定!
これ、お約束って事だ。
俺は心の中でガッツポーズをして、剣から猛炎を放射させたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
襲って来たゴブリン共は俺の炎攻撃により半分以上が炭化して、残りは逃げて行った。
ゴブリンの身体はメチャクチャ安いが一応は売れるらしい。
だが、これだけ炭化しては話にならないので結局放置した。
ギリギリの所で命が助かったと知って、逃げて来た少女は俺に抱きついてわんわん泣いた。
そりゃ100匹を超えるゴブリンに追われればそうなるのは分かる。
もう少しで頭からボリボリ喰われるところだったのだから。
「助けて頂いて本当にありがとうございます! 私はリゼット、ボヌール村の村長の娘です」
ふうん。
やっぱり村の娘さん、それも村長の娘さんか!
そしてボヌール村って言うんだ、これから俺が行く村って。
そこへ!
『コホン! 盛り上がっているところをお邪魔して悪いのですが、そういうのって私に聞いて下さいよぉ』
あ! 忘れてた!
ナビ嬢の事。
俺はすかさず呼びかける。
『でも良いの? こうあからさまに俺へ喋って』
俺はちょっと心配したが、ナビ嬢はもう開き直ってしまったらしい。
『ここまで来たら良いのです。その代わりケン様も管理神様にお願いして下さいね』
『お願いって何を?……まあ良いや。後でね』
『もう!』
ナビ嬢のふくれっ面が目に浮かぶが、ここは目の前の美少女リゼットへのケアが先だ。
時間も遅くなって来たので俺はリゼットを連れて神様が言っていたボヌール村へ向かう事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は今、そのリゼットと並んで街道を歩いている。
彼女は熱く俺を見詰めているし、白い歯を見せて良く喋る。
「そうですか! ケン様と仰るのですね」
俺の名前を知ったリゼットは更に嬉しそうにしている。
命が助かった安堵感もあるのだろうし、俺が恩人という事で完全に心を許してくれたらしい。
色々と村の事も話してくれる。
しかしここで俺はしっかり『例の件』をお願いしておかなくてはならない。
「あのさ……頼みがあるのだけれど」
「はいっ! 何でしょうか? 何でも仰って下さい」
はきはきと元気が良い。
可憐なリゼットは爽やか系健康美少女である。
「俺が倒したゴブリンなんだけど……ほんの2、3匹って事にしてくれない。総勢5匹くらいで襲って来たのを撃退してリゼットを何とか助けたって事にしてさ」
案の定リゼットは、驚いて目を丸くした。
「え? どうしてですか? たったおひとりで、あんなに大群のゴブを魔法で圧倒して残りを蹴散らす! 凄い事だと思いますが……」
ここで俺は自分の意図を伝える。
「いや……あまり目立ちたくないんだ、俺。出来れば……ボヌール村でこれから静かにのんびり暮らしたいんだよ」
「え? ボヌール村は静かでのんびりしていますよ」
駄目だ。
さすがに込み入っているから、リゼットに俺の意図はすぐ理解して貰えない。
「だ~か~ら~村は静かでも……そんな事言ったら大騒ぎになるだろう?」
「ええ、私の恩人として父は村をあげてもてなしますし、領主のオベール様からも絶対にお呼びがかかると思います」
「そうなると、どうなる?」
「ええと……オベール様から王都の国王様へ報告が行くでしょうね。ゆくゆくは王都に招かれるかと……あ!?」
リゼットも漸く俺の考えに気付いたようだ。
勇者のシステムは分からなくても、俺が王都へ呼ばれるのが確実だという事が。
「だろう? 俺は王都へなんか行きたくない、のんびり暮らしたいんだ。……リゼットみたいな可愛い子とね」
ここで俺は変化球を投げた。
実は半分以上、本音だ。
リゼット……すっごく可愛いもの。
今、15歳の俺には相応しすぎる『彼女』だ。
リゼットは驚いて顔を赤くしてしまう。
「えええええっ!? わわわ、私みたいな可愛い子?」
「ああ、リゼットはとっても可愛いぞ。君みたいな可愛い子とボヌール村でのんびり暮らしたいんだ。農作業したり狩りをしていろいろと村の人を手伝ってね」
そう、それこそが俺が思い描いていた理想。
可愛い彼女のあてだけはなかったが、もう本当の故郷で暮らすのは果たせぬ夢……
「わわわ、私と暮らす? もしかしてふたりで、ですか?」
「そう出来ればふたりきりで!」
「ええっ!? ふたりきりでって、よよ、夜はどうなるのかしら? って……ああなって、こうなって、ケン様が私を? いやっ、えええっ、は、恥ずかしいっ!」
顔をトマトのように真っ赤にしたリゼットは完全にひとつのシーンに囚われているようだ。
彼女は想像力がと~っても豊かな少女なのだろう。
ここで俺はこの問題のクロージングに入る。
「ああ、でもさ。もし正直に報告するのなら俺はリゼットを送った後、一晩だけ泊まって翌朝、そのまま村を出る。さよならだ」
「さ、さ、さよなら!? ケン様と?」
いきなりの別離を告げられて驚き、縋るような眼差しのリゼット。
鳶色の瞳が潤んでいる。
「ああ、そうなる」
「…………い、嫌!!! ケン様、行っちゃ駄目!」
リゼットはそう叫ぶと俺に取り縋ってまたも泣き出してしまったのであった。
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