突然ですが、恋に落ちました
突然ですが、恋に落ちました。
「へぇ」
と、それを聞いてわたしの友達の園上ヒナちゃんは、いかにも面倒くさそうにそう返します。因みに学校の休み時間、教室での事です。彼女は退屈そうに雑誌をパラパラと斜め読みし続けていて、そのわたしの刺激的な話題にはあまり反応を示しませんでした。ですがわたしは知っているのです。彼女は表面上は関心なさそうに取り繕っていますが、内心ではわたしの恋の相手に興味津々なのです。だから絶対にもう一度口を開くはずなのです。なんて思っていたら、
「で、その相手は……」
と、やっぱり案の定彼女は口を開きました。“にししっ”とわたしは笑います。わたしはどう彼女にわたしの恋の相手を明かそうかと考えました。だって、普通に言ったんじゃ面白くありませんから。彼女は続けます。
「……どこの稲塚君?」
「待て」
と、わたしは言います。
「待ちましょう」
「どうして、稲塚君限定なの?」
「稲塚君じゃないの?」
「稲塚君だけどさ!」
それを聞くとヒナちゃんは「声が少し大きいわよ~」と言いながら辺りに目をやりました。なんだろう?とわたしも釣られて見てみると、周りの席のクラスメート達がわたし達に注目しまくっています。わたしは言います。
「単に稲塚君の名前を言っただけだもん。だから何にも分からないもん」
ヒナちゃんは呆れた声でこう返しました。
「いや、バレバレだと思うけどね。あんたの表情で」
うんうんと、クラスメート達が頷いたような気がしましたが、気にしません。わたしは小さな声でこう訊きました。
「どうして、分かったの?」
「あんたの態度を見ていてなんとなく。分かり易いのよ、あんたは」
それを聞いてわたしは「ふふん」と笑いました。なるほど、確かにヒナちゃんの洞察力の高さと勘の鋭さは称揚に値するかもしれません。ですが、その彼女をしても、わたしがここでこんな話をし始めた真の目的を見抜けているはずはないのです。実は稲塚君はわたしにとって恋する相手であると同時に、なんと敵でもあるのです。その敵である稲塚君をなんとかする方法を相談する為に、わたしは彼女にこんな話をしたのでした。
「何を言っているのよ、あんたは? 頭は大丈夫?」
と、そう言ったらそう馬鹿にされましたが気にしません。
「敵って言い方があれだったら、あれよ、あれ! なんてーか、人生の障害物!」
「いや、分からんって」
「まぁ、聞きなさい」
「まぁ、聞くけどさ」
わたしは一呼吸の間を置くと、それからこう語り始めました。
「ほら、わたしってば、人生は収入の多そうな男を見つけて、楽に生きてくのがベストって見切っているじゃない?」
「初耳だがな」
「ところがどっこい、稲塚君は、将来あまりお金を稼ぐようにはならなそう」
「失礼な女ね、あんたは」
「つまり、稲塚君と恋仲になるのは、わたしの人生設計を崩すようなもんなのよ。だから稲塚君はわたしの人生の障害!ってワケ。どう? 分かった?」
聞き終えると、ヒナちゃんはうんうんと数度頷いてから応えました。
「高校時代の恋愛で、結婚まで考えているあんたが恐いってのが、まず一つ」
わたしは腕組みをすると、こう返します。
「ほぅ。“まず一つ”ってことは、二つ目があるのかね」
「あるわ。稲塚君は女の子に自分を好きなのかと勘違いをさせる常習犯なのよ。それがもう一つ。被害に遭った子が何人かいるの。例えば、委員長の市川さん」
「ああ、あのジャンケンで負けて委員長になったのに、そのいかにも委員長的な風貌のお蔭で、“運命が導いた”とか言われている市川さん」
「そう。その市川さん。なんでも彼女が委員長になってから、それまで接点のなかった稲塚君が、何かとその仕事を手伝ってくれるようになったそうなのよ……」
「どうでもいいけど、どうして怪談を語る時の口調なの?」
「いいから聞きなさいな。手伝ってくれるって事は、自分に気があるんだとつい思ってしまうのが女の子。ところがどっこい、なんと稲塚君にはその気なし。彼曰く、“ジャンケンで負けて委員長をやらされて可哀想だから”だそうよ。それを知って、本気で悩んでいた委員長は唖然… 他にも何人か被害者がいるから、これはわざとやっているんじゃないかってことで調査チームが組織されたのだけど、なんとチームの報告によると白。つまり彼は天然って事よ」
「ふむ……」と、それを聞くとわたしは返します。
「それがどうかしたの?」
「“どうかしたの?”じゃなくて、だからあんたのもあんたの勘違いなんじゃないかって私は言ってるのよ」
「はは、そんな馬鹿な」
「どっからその自信が沸いて来るのか」
それからヒナちゃんは軽くため息を漏らすとこう言いました。
「分かったわ。なら、あんたと稲塚君のエピソードを語ってみなさいな。どれだけ説得力があるのか」
わたしは「いいわよ」と頷くと、「聞いて驚け」と語り始めました。
「こないだ美術の先生に言われて、美術で使う道具を運んでいたのだけどね」
「うん」
「その時に、稲塚君が“重そうだね”って言って手伝ってくれたのよ。荷物を3分の2くらい持ってくれた」
ヒナちゃんはそれにまた頷きます。
「なるほど。で?」
わたしは首を傾げます。
「“で?”って?」
「だから、まだあるんでしょう?」
「ないけど?」
それを聞いてヒナちゃんは変な顔をしました。それから眉間をギュッと手でつまむようにして押さえるとこう言います。
「なんで、たったそれだけの事で、自信満々になれるのよ? あんたは! 本当に聞いて驚いたわ!」
わたしは心外だとばかりにこう返します。
「なに言ってるんだよ、ヒナちゃん! 荷物を3分の2持ってくれたんだよ? 3分の1じゃないんだよ? 稲塚君の方が多かったんだよ?」
「それがどうした? 縦しんばそれで稲塚君に気がるのだとしても、防御力弱過ぎよ! それだけで惚れるか! 普通!」
「はぁ? わたしの防御力はメタ○スライム並なんですけど?!」
「ヒットポイント少ないじゃない!」
間。
それから「ふぅ」と息を吐き出すと、自分を落ち着けるような口調でヒナちゃんは言いました。なんでかうんうんと頷きながら。
「まぁ、これで確信したわ。さっき言ってたあなたの人生設計が崩れる心配はないわ。まぁ、はじめから築けてすらいないようなもんだけど」
首を傾げつつ、わたしはこう尋ねます。
「ん? どうして? どうせ高校生の恋愛なんて、大人になるまで続かないから?」
「違う。ほぼ、100%。あなたの勘違いだからよ!」
「はぁ? ヒナちゃんたら、また変な事を言った」
「変な事じゃないでしょうよ!? あんたみたいなちんちくりんな女の子に惚れる奴なんて重度のロリコンくらいよ」
「ふふーん。わたしはまだ若いから、これから成長するんですけど?」
「いや、このクラスにいる女はみんな、あんたと同い年だから」
そう言うと、ヒナちゃんは目を細めます。それから「はぁ」と息を吐き出すとこう続けました。
「まぁ、そんなに言うならあれね。これから稲塚君に告白してきてみなさいな。十中八九フラれるから」
そんな事を言われてしまったらわたしも引き下がれません。
「分かったわよ。告白してみる」
そう返すと、席を立ち、稲塚君に向かって歩き始めました。歩きながらわたしは思います。園上ヒナちゃんは、見た目は性格が悪そうだったりするのですが、実は本当に性格が悪かったりするのです。だからよく誰かをそそのかして弄ぶのですが、もしかしたら、今回もそれなのかもしれません。わたしはそそのかされて、弄ばれているのかも。わたしの人生設計を狂わせる為に。そもそもそんな性格の悪いヒナちゃんに相談した時点で間違っていると後悔しないでもないですが、既に後悔しても遅いところまで来ているようなので、わたしは進みます。わたしの視線の先には稲塚君がいます。わたしに気が付くと、不思議そうな表情を見せました。きっと、わたしがいつもとは違った様子だからでしょう。わたしは告白するべく口を開きました。
「あのね、稲塚君。ちょっと来て欲しいんだけど……」
――で。
「うわーん。ヒナちゃん。フラレタ~」
フラれました。ヒナちゃんは言います。一人妙に納得しながら。
「まぁ、そうでしょう。そうでしょう。よしよし。私の胸で泣きなさいな。あ、涙とか鼻水とかつけないでね」
「つけるぅ~」
「つけんな!」
まぁ、何にせよ、そのようにしてわたしの人生設計は守られたのでした。