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気まぐれディアの断罪ショウ  作者: 眠氷魔氏
9/13

~ままならない今日からの~それでも日々は過ぎるもの~ 第8話

数日も経つと、仮にどうしようもなく嫌なことがあって終わった一日なんかがあるとして、あるときは無意識に忘れ去っていたり、あるいは振り返るとそんなに悪い出来事だったかなぁというふうに記憶が刷り変わっていたりもするものだった。


五月の中旬から下旬にかけて。きっとこの時期の記憶なんかも、みんな後で都合の良いものに変えてしまうに違いない。


特に、裕紀の友人なんかは。


「・・・・・・なあ、ユウちゃん~っ?」


午後のこと。社会科、日本史の授業にて。目の前でしばし数枚のプリントに見入っていた友人の仁村がやおら顔を上げ、恐る恐る尋ねてくる。


「この、点数・・・・・・って、ヤバいと思う~?」


一回、二回とプリントの上下を見返し、「何とかなるよね!?」という表情で。それをそっと、こちらに差し出してきた。裕紀はしばらくそれに目を通した後で、


「ニムラン、アウト~っ」


と某年末のお笑い番組よろしくなひと言で、裕紀は彼の問いかけに「ノー」を突き付けた。


「だあ~、だからそこは現実止めてくれって空気っ!?」


期待と違う答えを返されてグアッと頭を抱える仁村。


中間テスト・・・・・・という学生イベントがあったとさ。それの答案用紙が授業の頭に返されたとさ。


「それを~仁村が鉄砲で撃ってさ~」


「・・・・・・悪い、何言ってるか分かんね」


冗談混じりにリズム良く韻なんかを踏んでると、仁村はジドっとした目線をこちらに向けてくる。「いや、でも七割は出来てんじゃん?」と、裕紀はフォローのひと言も付け加えた。


「でもギリで保護者召喚じゃん?」


と、面倒くさそうな表情で。仁村はそっとため息をつく。


裕紀たちの二年A組は第一の進学クラス、いわゆる特進クラスのため、テストの点数も、求められる水準に平均のものよりは厳しいものがあった。


「六割が多いと、確か面談とかだった気が・・・・・・」


「いや。多分呼ばれんだろコレ~」


呼ばれるの意でそう口にし、「どうずっかなぁ~」と続ける仁村。


「はいほらソコ、席着きなさい」


と、そこで社会科担当の田町(たまち)教諭から指摘が入ってしまい、仁村は「サーセン~っ」と謝り、慌てて自分の席まで戻っていく。他にも友人同士でテストの答案を見せ合ってるクラスメイトもいて、田町教諭からあらためて「席に着きなさい」のひと言があった。


「はい。え~、今回の日本史のテストですが・・・・・・」


答案の確認。テストの後の、いつもの流れが始まった。



○○○○○○○○○○


放課後。HR(ホームルーム)が終わる。中間テストという難題が過ぎたクラスの雰囲気には、ホッと気の抜けた穏やかさがあった。教室のあちこちに気楽な笑い声が響き合い、「カラオケ行くかぁ~っ!」なんて盛り上がりを見せているグループもある。裕紀もまた帰り支度をしつつ、窓際の席の辺りで友人らとの会話に加わっていた。


「あーやっぱり保護者コースだってぇ~・・・・・・」


と、つい先ほどまで担任に声をかけられていた仁村が戻ってきて盛大にため息をつく。「あららぁ~」と、皆で仁村に同情した。


「まあでも、期末取ればオーケーなんしょ?」


仁村の隣から岸谷ーー池袋のブクロンが通称の友人ーーが、口を挟む。「つーか何でお前が安全圏いるんだよ!」と、それに反応した仁村が岸谷の首根っこに腕締めをかけた。「いや俺だってテス勉くらいするし!?」と、急に言い掛かりをつけられた岸谷は困り顔で「ギブ、ギブっ!」と(わめ)いた。さすがに見かねたらしく、「まあまあニムランその辺で」と、その脇から同じく友人の良治が仲裁に入った。


「ユウちゃん~っ!」


「チッ!」と、軽く舌打ちなどして岸谷から離れたかと思えば、一転して裕紀の方に哀願してくる仁村。「期末、何とか良い点取りたいんだけどぉ~?」と言われ、裕紀もまた困り顔になった。


「んまあ、でもニムラン部活も忙しいしなぁ~?」


「いやいや、だから部活ない日にちょい教えてくれっと助かるよなぁ~って話っ!?」


そう言われて、裕紀は少し考え込んでから「んまあ、ニムランが疲れてシンドくなければな?」と、肯定の答えを返した。


「いよっしゃ~さすがユウちゃん助かるわサンキュ~っ!!」


それを聞いた仁村は、上機嫌に裕紀の肩やら背中やらをバシバシ叩いてくる。しばらく後に「痛いっつの」と、裕紀はやっとの思いでそれを止めさせた。


仁村は好きだが、こういう体育会系のノリはどうも苦手だった。


「んじゃあ、帰ったらLINE(ライン)するわ」


そう言って仁村は自分の席からカバンを取り上げ肩に担ぐ。


バスケの部活動。五月の辺りからバスケットボール地区大会の始まる時季らしく、中間テストなんかはバスケ部の人間にとって悩ましいイベントだったのだろう。仁村はすでに三年生に混じってレギュラーとして活躍しているらしく、「バスケより大事なことってなんだあ~っ!?」と、まあテストの点数の奮わなかった原因は明らかなわけだが・・・・・・。


「ほらハヤトぉ~、行くぞー?」


と、教室の向こう側--仁村と同じくバスケ部所属の岩附勇人--に向かって、そう声をかけた。


「・・・・・・ん。あ、おう?」


やや間が空いてから、ハッと気づいたかのように岩附が仁村の方に返事を返す。「なあ~に湿気(しけ)た顔してんだよ!?」と、仁村が彼の側まで行ってバシリと肩を叩いた。


「そうだ、部活だったな」


と、後ればせながら慌ててカバンを取り、帰り支度を始める。それが終わるのも待ちきれない仁村から「ほら行くぞ!」と催促され、彼らは教室を出ていった。


「ユウちゃん頼むわ~っ!」


廊下から間延びして聞こえてくる友人の声に「後でな~っ!」と返事を返し、良治や岸谷など、残った友人同士で何となく笑いを交わした。



○○○○○○○○○○


仁村を見送り、それから教室を出た裕紀は、校舎一階のひと気もまばらな廊下を一人歩いている。今日も図書室に寄ろうと、まあいつも通りな感じだ。


さす、さす。


少し上履きの裏を滑らすように引きずりつつ、その(こす)るような音を堪能しながら廊下を行った。


ガラガラっ。


見慣れた図書室の扉を、そっと開けた。


「あっ、ユウちゃん~っ!今日も来てくれたの~?」


ガラガラガラっ、と。


裕紀はそっと図書室の扉を閉めた。扉越しの図書室からは「ちょっとちょっと、ユウちゃん~っ!?」と女声がしてくるが、裕紀の耳にそれは聞こえていないことになっていた。


「今日は″あの人″の日かぁ~・・・・・・」


辟易(へきえき)しつつ、腹を決めてから再び扉を開けた。


「こんちは、す・・・・・・」


とりあえず挨拶を口にし、図書室に入室。気は進まなかったが、後ろ手に扉を閉めて奥へと歩んでいく。裕紀の姿を見た″その人″は、


「はい。こんにちは~!」


と、弾むような声音と仕草で迎え入れた。長めの黒髪を後ろで結った、二十代中頃の女性。東趨学園で学校司書を勤めていて、裕紀がちょい苦手にしている人。


まあ、良い人ではあるんだけれど・・・・・・。


「えっと、借りに来ました感じです・・・・・・?」


ややおかしな日本語になりつつ、そう告げる裕紀。司書を勤めるその女性は「はい。ごゆっくり~」と返事を返し、カウンター越しに腰掛けつつ、裕紀の一挙手一投足に見入ってくる。


うーん、やっぱり帰れば良かったか・・・・・・。


「中間テスト、もう返ってくる頃だったかな~?」


「あー。はい、そろそろ」


女性に聞かれて、答える裕紀。「どうだった?」と続けてくるので、「まあまあ、でしたかね」と返す。


「ユウちゃん出来る子だからねぇ~」


うんうんと一人頷いて、したり顔などしてるその女性に、そろそろ裕紀の忍耐も限界だった。


「あの・・・・・・白田(しらた)さん。前々から言ってますけど大人、っていうか職員の方にユウちゃんって呼ばれるのは、さすがにちょっと・・・・・・」


と、その司書の女性に苦言を(てい)する。白田と呼ばれたその彼女ーー白田紗耶(しらたさや)というーーは「えっ?」と間の抜けた声を漏らし、軽く首を(かし)げてこちらを見上げてくる。


いや、そんなふうにすっとぼけられても・・・・・・。


「私じゃ、イヤ?」


となぜか艶めいた表情と声音でそう言われる。銀縁の矯正眼鏡越しに見つめる眼差しには、大人の女性ならではの色気が含まれている。普通の男子ならその女性的な魅力に参るのだろうが、裕紀は「あ~今日も面倒くさいなこの人・・・・・・」という思いがするだけだった。


「今日はコレ借ります」


聞かれたことは聞き流して、裕紀は図書室のカウンター上にいくつか書籍を置く。白田と呼ばれたその女性は「もちろん冗談よ?」などと言い訳しつつ(いつもこんな感じのやり取りなので裕紀も慣れてはいるが)、司書としての仕事に着手する。利用者カードを差し出して、彼女に貸し出し手続きをしてもらった。


「ふんふん、なるほどなるほど~。裕紀君らしい感じ」


書籍を一冊二冊と手に取って頷く白田。『司馬遼太郎』の『関ヶ原』、『江戸川乱歩』の『青銅の魔人』。どちらも既読の作品だが、何となくまた読んでみたくなったのだ。


「この間の本屋さんでは、良い本買えたの?」


「あー、はい」


司書の白田に聞かれて、そう答える裕紀。この間、つまりG.Wに良治と映画を観に行った際に、有楽町の書店で彼女と遭遇したときの話。それを思い出しつつ「流行りもののミステリーを」と続けると、「じゃあ、読み終わったら貸してくれる?」と、彼女に嬉々とした調子で言われた。


「えぇーあぁ、はい。まあ・・・・・・」


やはり内心で「面倒くさい人だな・・・・・・」と思いつつ、しかし努めて愛想悪くせずに返事をする裕紀。


何ゆえこの女性からの親愛が厚いかと言うと、まあ一年も図書室通いを続けていればそこそこ世間話などして、大人と子供のギャップこそあれそれなりに親しくなる、という理由もある。


しかしそれ以外にも、まあ親しくなったきっかけのような出来事がないわけでもないのだが。


そっか・・・・・・もう、一年も前のことになるのか。


「はい!どうぞ」


貸し出し手続きを終えた白田から、利用者カードと借りた書籍を受け取る裕紀。「ありがとです」と、礼を述べる。


「また後でメールするね~」


そう言ってひらひらと手を振る白田。「えぇーあぁ、はい。了解です~」と、言葉半分に返事をする裕紀。暗に「面倒くさいので止めて下さい」とまあ、そういうニュアンスを口調にこめたつもりなのだが、多分この人には通じてないだろう。


あー、何でこの人に連絡先教えちゃったかなぁ・・・・・・。


やはり、一年前の話になるが。


「失礼しましたー」


そう一礼して、裕紀は図書室を後にする。ひらひらと、やはり親愛厚く彼女に手を振って見送られる。


まあ、悪い人じゃないんだけど・・・・・・ね。




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