~伏線回からの主人公回~ ゴールデンなウィークにて 第6話
文章の量的に、結構長めな話になります。やはり『断罪ショウ』はまだ先に。。。
とりあえず書きたいことだけは書いて、削れる部分は後で削ることに・・・・・・。
あ。感想下さった方、本当にありがとうございます~m(_ _)m
四月が終わり、五月に入る。世間はG.W・ゴールデンウィークの時期。四月の週末から、最大で十日間の連休。中学二年の裕紀もその連休真っ只中、普段のいそいそした日常などそっちのけ、ゆったりとした朝のスローライフを過ごしていた。
「おぉ~はぁ~・・・・・・よ」
少し凝り疲れた身体を伸びつ曲げつつし、眠気まなこな姿でリビングに入る。
午前十一時過ぎ。ちょっと、寝過ぎだろうか。
「ゴハン食べる?」
縁側の向こう、裕紀の母親が庭先の軒下から顔を覗かせつつ、声をかけてくる。洗濯物でも干していたのだろう。「んー・・・・・・」と口ごもった調子で肯定し、裕紀はソファの方にどっかり腰を下ろした。
『・・・・・・と、素材の旨味を引き立てています!』
目の前のテレビでは、若い女子アナウンサーが飲食店にて、いわゆる食リポをしている。
どうやらご当地グルメの新作紹介のコーナーで、地元産の調味料やら地魚やら野菜やらで和えた純和風パスタという・・・・・・いや、パスタの時点で″純和風″とは言えないような気が・・・・・・と、寝起きからツッコミを入れたい気分になってしまった。
「ちょっと待っててね」
庭先からリビングに入った母親はいそいそキッチンへと向かい、裕紀の朝食ーーもう昼食の時間かーーの用意を始める。
裕紀はそれをありがたいとは思いつつ、しかし思春期の少年にありがちな″うざったい″という心境が邪魔をし、『ありがとう』と、いつもそのひと言が喉の奥に引っ込んでしまっていた。
「はい、どうぞ」
それほどの時もかからず、ダイニングテーブルの上に食事が用意される。ベーコン・タマゴの二種類が挟まれたサンドイッチ、小さな器に盛られたアボカドがメインの野菜サラダ。裕紀がテーブル前のイスに腰掛けると、インスタントのコンソメスープの湯だった器が、そっとひと隅に置かれた。
「ん、りがと・・・・・・」
一応、『ありがとう』と言ったつもりである。しかしまあ、これ以上は言えない。せっかく朝食を作ってくれたというのに、どうしてか″うざったい″という気分になってしまうのだ。
「今日は、出かける?」
「ん・・・・・・」
午後から中学の友人、″りょっちー″こと良治と映画鑑賞に有楽町に行く。前々から伝えてある予定だが、まあ親子の会話のテンプレートだろう。
「夕方かな」
帰りは夕方だと、口ごもりつつ伝える。 まあ、いざ遊びに行ったりするとなかなか予定の通りにいかないものだが、とりあえず門限は守るつもりでいる。
ややのんびりした朝食を終えて、正午前には身仕度を終えて玄関で靴の履き心地を確かめている。「ってくる・・・・・・」と、″行ってきます″のひねくれた挨拶を呟き、家を出た。母の「行ってらっしゃい」の返事を背に聞きつつ、やっぱりどうしてか″うざったい″という気分になってしまう。
○○○○○○○○○○
五月の休日に相応しいカラッとした晴れ模様、JR赤羽駅まで徒歩で向かう。中学の同級生と遊びに行くわけだが、家同士はお互い離れているため(良治はJR浜松町駅が最寄りらしい。都内でも、少々遠いところからの通学になるのだろう)、現地集合の約束。JR京浜東北線に乗ってJR有楽町駅まで行く行程になる。
ブルーのラインが入ったお馴染みの電車に乗って、扉付近の手すりの位置にそっともたれる。ゴールデンウィークなこともあり、昼間でも席に座れないくらい混雑していた。
裕紀の、移動などのもて余した時間の潰し方は読書、次にウォークマンで音楽鑑賞、である。音楽は、特にアーティストや楽曲などのこだわりはなく、まあ流行りものや無難なものを聴くのみだった。今日は、そうだな・・・・・・ミスチル『CROSS ROAD』からの気分。
穏やかな気分で、ウォークマンから流れる音楽に聞き入っていると、やがて電車内の案内モニターが有楽町を指す。音楽に夢中になって乗り過ごさないよう気をつけていたが、いざ目的地が近づくと少々慌てふためく。インカムサイズの携帯ヘッドフォンを取って、電車から降りるときの、あの忙しない瞬間に備えた。
『有楽町ぉ~、有楽町です。ご乗車ーー』
二十分ちょいくらいで、目的地に到着。待ち合わせは駅の改札口付近、家電のビックカメラが見える言わずもがな辺りだ。
ひとの行き交う混み合いを縫いつつ、待ち合わせの改札口付近にたどり着く。十二時三十分過ぎ。裕紀は間に合っているものの、良治はまだ来てないようだ。この友人、待ち合わせなどは適当でルーズな性格で、友人の誰かより早く待ち合わせ場所に来たことないだろうと断言出来るくらいに、ひとを待たせるのが日常茶飯事なヤツだった。
映画の上映は午後十三時過ぎからのため、現在まだ三十分くらいの猶予は残っている。
ーー ユウちゃん ーー
【今ビッカメ来たんだけどぉ~?】
と、スマホでLINEにメッセージを入れた。
ーー ニムラン ーー
【あらあらユウちゃん待ちぼうけ、ですw??】
と、すぐLINEの反応が返ってくる。待ち合わせ相手の良治でなく、″ニムラン″こと仁村からの返事だったが。
今日は部活の試合がどうとか地区大会がどうとか言ってたけど、普通にスマホ見とるやん・・・・・・w。まあ、昼メシの時間帯ではあるが。
ーー ユウちゃん ーー
【・・・・・・ヤツはどこ行った】
と一人ツッコミつつも、裕紀はマンガのセリフよろしくなひと言を書き込む。
ーー ニムラン ーー
【ああ、ほら、電車は乗ったって(焦)!】
と、仁村がフォローするようにコメントを返してくる。スマホの画面を上にスワイプしーー弾くように操作ーー、LINEの過去ログを見てみる。
ーー りょっちー ーー
【寝坊した、メシ抜き電車は乗った余裕ヨユーっ!】
って、良治よ・・・・・・まあ、映画の上映まではもうちょいあるけどさ。
裕紀は、
ーー ユウちゃん ーー
【遅れたら人質の命はないと思えw】
と冗談めいた脅迫メッセージを送信し、改札付近の、ひとの行き交いの邪魔にならない壁際辺りに待避する。時おり、上の天井から電車の発着する振動音を聞きながら、ぼんやり待ちぼうけな状況を過ごすしかない。
ーー りょっちー ーー
【っうぅおおおおおおぉいぃっ!!!!!!】
やがてのこと。ピポっと、どこかのお笑い芸人よろしくな冗談コメントがひとつ、LINEに書き込まれる。
これまた懐かしいな、っうぅおおおおおおぉいぃっ!!!!!!
「ユウちゃんユウちゃん、わりぃわりぃ!」
ふとスマホから目線を上げてみると、今しがた改札を出てきた良治が手刀しつつ、小走りにこちらに寄ってくるのが目に入った。
「待ったよな?いや、わりぃわりぃ!」
少し早口にまくし立てつつ、良治は裕紀に対しすまなそうに謝ってくる。ぶっちゃけ十分近くは待った、お前いつも遅れるよなどうしたん?くらいは言いたい気分だったが、まあ目くじらを立てるほどの″ヤラカシ″でもないし、せっかくの休日だし。
「とりあえず行くか」
特にイヤみなど口にもせず、裕紀は遅刻の友人を促し駅改札から外に出た。鉄道の高架線路沿いに、ビックカメラとは反対の方向へと歩いていく。映画館は日劇、有楽町マリオンまで。
「暑っちいな、オイ?」
「なあ?オイ」
と、道すがら軽いやり取りをしていく。
五月、だいぶ暖かくなってきた時期で、薄手とはいえ、そろそろ長袖も暑い季節かもしれない。裕紀は、衣替えで半袖の上着を引っ張り出して着てきたものの、良治はまだ春先用の、暖色系統の長袖姿だった。「衣替えとかないわ~」と、せかせか上着の袖をまくり上げたりもする。
さて。二人の話題は今日観る映画のことやら、お休み前に学校で出たごっちゃりな宿題のことやら、それについてああだこうだと言い合うところから始まる。「あと十日もあるし~!」と、宿題について良治はいつもこんな調子だ。「学校来たとき慌てるなよ?」と、茶化すように裕紀は笑う。
まあ、良治のこれまでから、これはいわゆる″フラグ″という名のお約束になるのだが。
二人でそんなこんなと話しているうちに、気づくと有楽町マリオンの館内、映画のチケット販売窓口前に行き着いている。そこでチケットを購入しーー無論、料金割引の効く中学の学生証の提示は忘れずにーー、エレベーターで映画館のフロアまで上がる。
「暑っちぃ~・・・・・・」
九階、TOHOーシネマズ日劇のフロアに降り立った裕紀と良治。館内は空調のクーラーが程よく利いていて、先までの外気の暑さなど、間もなく忘れてしまうほど涼しかった。
「っつぅ~かハラ減ったわー」
と、このように良治はコンディションが悪いらしい。そういえば、朝食を抜いて待ち合わせに来たのだったか。「あるよ」と、裕紀はいつかに流行ったドラマのセリフっぽいひと言を口にし、売店のある向こうの方を指差した。
「あったなぁ!?」
と良治。おどけた調子で、いそいそ売店まで歩いていく。休日の映画館、親子連れやカップル、裕紀たちのように友人連れの学生らしきグループもいて、結構混雑している感じだった。
列に並びカウンターで注文を終えた二人は、それぞれトレーに飲食物を載っけてスクリーン館内へと向かっていく。チケットを見せて入場口をパスし、指定の劇場席まで歩いていった。
「俺とか、超お腹減ってるわ~」
と若干おかしな物言いをしつつ、チケットで指定された座席に腰を下ろした良治。「ジューシーチキンピタぁ~!」と、売店で買ってきたばかりの食事にかぶりついた。
「この辺空いててラッキーだったよな」
良治の右隣に座りつつ、裕紀もまた自分の飲食物に手をつける。ただまあ、良治と違ってそんなに空腹なわけでもないため、アイスティーをひと口飲んだりするくらいだ。
「ん。ほうあな(そうだな)」
と、口の中をモゴモゴさせつつな良治。二人の席は中央付近の左寄り、後ろ気味な位置。G.Wのお休みだと踏まえて、まあまあ良い位置取りだろう。
「ひふあほか、ふえばおかっあもいあ(仁村とか、来れば良かったのにな)?」
「ん、仁村?ああ、まあ部活だしな」
と、友人同士だからこそ通じる読唇術?で、良治との会話を成立させていく裕紀。仁村は、先ほど触れたようにバスケ部の試合。そして、もう一人の友人、岸谷はブクロ・池袋で、よく分からないが「昔の仲間とパーリィー(パーティー)してくる!」とか言って断ってきた。昔て、俺らまだ中学生だろ・・・・・・。
まあ岸谷については、いつもどおりと言えばそれまでだが。要するに、二人で来ているのにはそんな経緯があるという話。
「″ブクロン″はアホだろ」
″ジューシーチキンピタ″をひとしきり味わった頃、岸谷をLINEのハンドルネームの方で呼ぶ良治。裕紀も、多少は同じ意見だったが、「まあ、仕方ないわな」と、肩をすくめるだけにとどめる。G.Wは序盤、またみんなで集まれそうな日もあるだろう。
映画が始まるまで多少の時間があるため、良治は食事をしたり裕紀はトイレを済ませに行ったりとする。食事を終えた良治がトイレからいそいそと戻ってきたとき、二人の会話の話題は″それ″に変わった。
「よいしょ、と。いやぁ、でもさあ・・・・・・あれだよな?何か、っていうかさ・・・・・・この間の、アレ・・・・・・アレとかさぁ、ちょいヤバそうだった、よな」
「ん・・・・・・まあ、どうなんだろうな」
戻ってきた良治の、ふと段々と意味深な口調になっていくのにつられて、裕紀もまた少々神妙な面持ちに変わっていった。″アレ″と言われたら″アレ″だと分かるくらいには、二人にとっての共通事項。
「″アイツ″、大丈夫かね~?」
良治は少し深く息を吐きつつ、何かを思いやるように視線を劇場の天井の方へと向けた。
一昨日の、ことだった。四月二十七日、水曜日。午後最後の時限、体育の授業でバスケットボールをしていたときのこと。 ミニゲームのハーフタイムで、出番を終えた裕紀はコートの隅っこ、体育館の固い床で休んでいた。
コートには友人の仁村などが出ていて、タオル地のハンカチで軽く汗を拭いつつ、「頑張れよ~!」などと気楽に観戦していた。
ゲームは終始テンポ良く進んでいき、バスケ部所属の仁村のいるチームが、まあ点を取ること取ること、前半のゲームで裕紀も出ていた側のチームだったので、気分良く応援していた。
そろそろ授業の終業近く、試合も終盤に差し掛かった頃に、それ・・・・・・″この間のアレ″は起きた。
「ラスト~、取るぞーっ!」と仁村から味方に檄が飛び、軽快なパスワークが始まる。
仁村と同じくバスケ部に所属する岩附勇人というクラスメイトがいて、その生徒にパスが回ったときのことだった。
ボールを持った岩附がドリブルで切り込み、ゴール付近で相手チームの生徒らが立ちはだかってきたときの場面。二人に囲まれ、しかしそれでも切り返し、ゴール下まで駆け込みーー
ドン、という鈍い音。ゴール右下からレイアップシュートを決めようとジャンプした岩附が、その先の着地点にいた相手チームの生徒に寸前まで気づかず、その勢いで衝突。多分、目では追えていたのだろうけど、一瞬のことで身体の動きまでは対処出来なかった・・・・・・裕紀からはそんなふうに見えた。
相手は同じくクラスメイトの森川拓哉ーー不運というかなんというか、二年A組でもあまり関わり合いにはなりたくない種類の生徒に、岩附勇人というクラスメイトがぶつかってしまったというわけだ。
「メンドくなりそうだよな、休み明け・・・・・・」
と、口元に苦いものを浮かべる良治。「どうなんだろうな」と、裕紀はやはりそう返すしかない。あの場は、とりあえず体育での接触事故という体育教師の判断で落着こそしたものの、ある意味全然落着などしてない、とも言える。
裕紀の見立てでは、森川はそういう不運で悪気のない出来事を笑って鷹揚に許すような性格ではない。良治が言ったように、ゴールデンウィーク明けは気が重いことになりそうだった。
「ったく、何で″アイツ″が特進クラスいるんだかな」
良治がそう続ける。裕紀が何か反応を返そうとしたとき、ブーッという映画館の開演ブザーが鳴り響いた。「おっ、始まるわ」と良治はさっさと映画を鑑賞する姿勢になってしまったので、若干モヤモヤしたものを抱えながらも、裕紀もまた正面のスクリーンに向き直った。
○○○○○○○○○○
映画は、最近CMなどで宣伝されてるハリウッド発のアクション、『宇宙規模の戦争を阻止するために不死身の刑事が未来から来た殺人兵器ロボットと戦って最後に地球のど真ん中で愛を叫ぶ』という作品。実に今どきな作風と言うべきか、裕紀に限らずパク・・・・・・もとい、ツッコミどころ満載だわなと思う者も多いだろう。
しかし、なかなか面白い作品だった。テレビCMでは派手な銃撃戦やら爆発やらと、迫力的なアクションシーンが推されていたものの、実際観てみると主人公の刑事を中心とした人間ドラマこそが色濃く描かれていて、気がつくと食い入るように観ていた・・・・・・という感じだった。
特に中盤から終盤にかけての、急転直下な展開はスゴかった。
「いやいや・・・・・・すげぇヤバかったな!?」
と、裕紀の隣で良治が感心して呟く。裕紀は、しばらく上映中の薄暗さに慣れた目で、終演して明るくなった劇場をゆっくり見回したりしていた。
「ヤバかったわな」
未だ映画の余韻にひたりつつ、うんと一つ伸びをする裕紀。荷物をまとめたり、トレーに飲食物などの紙ごみをひとくくりにしたりして、良治の方に目線を向ける。
「″お前の刑事としての腕を信じている。だがそれ以上に、お前の人としての心を信じている″とかさぁ」
と、裕紀。中盤から終盤にかけての展開、未来から来た殺人ロボットから、主人公の男刑事は脅迫めいた提案を受けるわけだ。他の人類は皆殺す、しかし主人公と彼の家族だけは見逃してやろう、だから自分の--殺人ロボットの--つまり、将来自分が作られる元になる研究データが入った記録機器をこちらに渡せと、まあ展開としてはありがちな場面。そこで主人公の先輩刑事の男から、電話越しにそう言われるのである。
「ああ、アソコな」
うんうんと頷く良治。
「あと、主人公のこと嫌いな同僚の刑事が裏切ってくるところとか・・・・・・!」
荷物を手に劇場を後にしつつ、二人で映画の話題に興じる。CMの宣伝なんかに影響されて何となく観に来たのだが、これは絶対にオススメだ。
「″いつもいつも全く、冗談じゃねぇっつうー!?″」
と、良治がその裏切った同僚の声マネをして、二人で大爆笑。そのシーンの後はこれまたありきたりな展開で、裏切り者の同僚は自分が主人公を襲うために放ったエイリアンの群れが制御不能になって殺されるという・・・・・・。
まあ、アクション映画の″お約束″が、これでもかと詰まった傑作だった。
そうこう言い合いしつつ飲食物のトレーを劇場の係員に返して、二人は入場口を出る。
エレベーターの辺りにはすでに乗り降り待ちの人だかりが出来ているため、パンフレットなど売っているグッズ売り場で時間を潰すことに。文房具やら雑貨やらなど、裕紀たちが観た映画以外の作品のグッズもいくつか置いてあり、そういえばこんな作品のCMもやってたなと、あれこれ品定めして回っていく。
「ユウちゃん、これどうよ?」
隣で、良治が映画の主人公が掛けていた黒レンズのサングラスを真似して身につけ、こちらに顔を向けてくる。「アイル・ビー・バック?」と、裕紀は少し悪ノリして明らかにツッコミ待ちなひと言を返す。良治は吹き出して手を叩きつつ、「それ違う作品っ!」と大笑いした。
「これなんか良さげじゃね?」
と、しばらく店内を見繕って回っていた裕紀が、映画のロゴの刻まれたスチール製のタグ(よく映画なんかで軍人が手首なんかに着けてるっぽいやつ)を手に取り、良治に見せる。「お~、良さげじゃん?」と、良治の言葉を受けて、裕紀はタグの購入を決める。「俺も買うかな」と、良治もタグをひとつ手に取った。
「「最後には勝とう」」
映画で、主人公が口にするセリフ。売店で買ったタグを腕に付けて、二人でノリ良く拳を合わせてみたりした。
「あのシーンはヤバかったよなぁ~」
「ヤバかったわぁ~」
などと二人で言いつつ、そろそろ混雑も解けたエレベーターのところに向かった。今日は過ごしやすい一日だな・・・・・・と、裕紀は思う。しかしエレベーターで一階まで降りたところで、そういえば外は暑かったのだと思い出す羽目になったものの。
「うわ・・・・・・」
と裕紀。マリオンの玄関口が境目、そこから快適な冷気がムワッとした熱気に変わるその一瞬・・・・・・。隣で良治もまた「暑っつ・・・・・・」と、たちまちゲンナリしていた。
「ちょ、どうするどうするよ・・・・・・?」
とりあえず適当に歩きつつ、あちこち視線をキョロキョロさせる良治。どこか冷房の利いてて、なおかつ歩き回ったりしないで済む場所・・・・・・ああ、そうだな。
「向こう行くか」
と、裕紀。「本屋本屋」と続けて、有楽町駅の方へ戻るように歩いていった。ところは東京交通会館、有楽町三省堂へ。
「ふぃ~涼しぃ~」
と、再び建物内のひんやりした冷気を浴びる良治。二人で会館内に入り、三省堂の書店内をひとしきり巡ってみる。
新刊のチェック・・・・・・ふむ、最近はドラマや映画など実写化された作品の推しが多いかな。
既刊のチェック・・・・・・ふむ、やはり 『伊坂幸太郎』の作品から買いそろえるべきか、しかし『北方謙三』の『三国志』や『水滸伝』シリーズも買いそろえている途中だし。いやいや、こちらの最近出たばかりのミステリー小説も・・・・・・などと、裕紀はいつものようにウンウンとうなる。
学生の、とりわけアルバイトの出来ない中学生の財布事情は限られている。 読みたい本があっても、この本は買う、あの本は学校の図書室などで借りる、という区分けがどうしても欠かせない。読みたくても手に入れられないというこの矛盾点は、読書家なら一度はぶつかる問題だろう。
さて。一、二冊ほどの文庫本を手に取ってうなる裕紀の横で、良治は若干戸惑いながら「俺、あの辺見てて良い?」と聞いてきたので、裕紀は「あ、悪いな」と言って友人を見送った。特に本好きでもない友人に申し訳ないとは思いつつ、スポーツ雑誌のコーナーやマンガの週刊誌の置いてあるコーナーなどを巡る良治の後ろ姿を見やってから、しかし長考の状態で再び文庫本に目を戻す。うーん、どれ買うかなぁ~・・・・・・。
「・・・・・・ま、今日はコレで」
と、しばらくの後に裕紀が選んだのは新刊のミステリー小説。パラッと見た印象だが、文章の書き方やセリフの言い回しなどが何となく気になった感じだ。作者は最近名前の出てきた人らしいので、これを機にチェックしておくべきだろう。
もう一度「コレにしよう」と小声で呟き、会計のカウンターまで向かおうとする。G.Wのため、本屋もやはり多少混み合っていた。そんな人混みを縫って行くと、ふとすれ違う一人の女性と目が合う。
「あれ、裕紀君?」
と、声をかけられる。見知った顏、聞き慣れた声。裕紀は内心「うわ・・・・・・」と面食らったものの、努めて平静な態度で「あ。こんちはです」と、挨拶をした。
「え~、学校の外で会うなんて珍しいよねぇ?」
「そう、で、すよ、ね」
しかしやはり多少の動揺もしつつ、身綺麗な外見をしたその女性のことも見つつ、人混みを避けたりやり過ごしたりもしつつ、返事を返す裕紀。女性に「ちょっと避けよっか」と言われて、店内の隅の方に移動する。
「あれ、買い物とかかな?」
「あー、まあ」
問いかけに頷く裕紀。「友だちと」と、そう一言を付け加える。するとその女性は何かを合点した表情で「ああ!」と言い、こう続けた。
「デートの最中だったかぁ!」
「は、は、は」
いきなりの的外れな発言に、裕紀は只々苦笑い。「ソンナワケナイデス」と、無機質な声音で続けた。
「じゃあ、私と同じかな」
と、女性は冗談半分な口調で軽く後ろを見やった。 少し離れたところから、女性の連れであろう二十代中頃くらいのスマートな印象の男性が見守るようにこちらを見ていて、裕紀と目が合うと軽く会釈をしてくるので、裕紀もそれを返した。
「大学の同級生よ」
と、女性。「心配しなくても、″そういうの″じゃないから!」と続けて、バシリと裕紀の肩を叩いてくる。いや、何のフォローをされたのか、裕紀にはヨクワカラナイ。
「じゃ、裕紀君。また学校でね」
ひとしきり近況の話題なんかをやり取りした後で、間もなく女性は裕紀に別れを告げて、その連れの男性のところに戻っていった。去り際の女性に軽く手を振られたので、裕紀も振り返す。
全く、陽気だが過分に陽気過ぎる人だな。だから・・・・・・自分は、″あの人″が苦手なのだ。
「・・・・・・で、ユウちゃん。誰よあの人?」
書店から出ていく女性を見送っていると不意に後ろから声をかけられて、裕紀はほとんど仰天しそうな勢いでそちらを振り返る。振り返るといつの間にか友人の良治がそこにいて、書店を後にする女性と裕紀とを見比べ、いぶかしそうにそう尋ねてきた。
「いや、誰って言われても・・・・・・」
驚かすなよと胸を撫で下ろし、どう説明したものかと苦笑する。
「ってか、お前も知ってるはずなんだけどなぁ~」と続ければ、良治の表情は益々いぶかしげなものになる。
「図書室行けば、三日に一度は会える人」
と、とりあえず簡潔に伝える。伝わるかなぁと思っていたが、幸いなことに良治はそのひと言で察したようだ。
「え、職員の人!?ウチの!?」
今度は良治が仰天し、「はあ~。あんな美人さんとか、ウチにいたっけなぁ~???」と、信じられないという口ぶりで言う。
「まあ、普段は違う格好してるからな」
「だ、だよなあ!?やっぱ!」
良治の大げさな反応を聞きつつ、しかし裕紀は間もなくここが書店の中であることを思い出し、「あ、買ってくるわ・・・・・・」と、小声に切り替えてそう告げた。「あ、おう」と、良治もそれを思い出したようで、恥じ入ったように小声に変わる。
裕紀が本を買って、それからは二人でビックカメラで家電を見て回ったり、 あとは電車で秋葉原に移動してゲーセン巡りをーー意外と言うべきか、イメージ通りと言うべきか、有楽町駅周辺にはほとんどゲーセンがない!ーーしたりして、めいっぱい時間を遊びに費やした感じだった。
はい、新しい登場人物が。。。名前など、詳細は次以降にて。執筆練習なので人物相関図などは作らず、文章の流れで把握出来るように力を尽くす予定です・・・・・・。