~伏線からの~主人公・日常回 第2話
そろそろ主人公などの住む地名やら学校名やら出てきますが、地名は出来るだけ実在地を使い、あまりイメージ湧かない場所(作者が一度も行ったことないような)については、○□県○△市など、ぼかして書くつもりです。学校名・東趨学園東趨中学校については完全にフィクション、作者の創作による学校です。
その東趨学園東趨中学校が存在する、という設定で、文京区など東京都中心に、小説描写していくつもりです。
矛盾やデコボコした点もあるかと思いますが、あまり突っ込まないで読んで頂けると幸いですm(_ _)m
翌朝のこと。七時少し前。いつものようにスマホの目覚ましアラームで起床した少年、裕紀は、寝ぼけ眼で髪の辺りに手をやりつつ、ゆっくりベッドから身を起こす。
眠い、何かダルい、学校なんか行きたくない・・・・・・しかしそれでは中学生という身分は成立しないので、「あー」とか「はあー」とか言いつつ、名残惜しくも布団から抜け出した。中学二年、そろそろ四月も下旬に差し掛かっているため、だいぶ暖かくなりつつある点のみが幸いである。
スマホを台座型の充電器に置き、洗顔やら朝食やら、いつものルーティングを済ませるために、部屋を出ていった。
「おはよう、ユウちゃん」
洗顔を終えて一階のダイニングに入ると、裕紀の母親がいつものように挨拶をかけてくる。「ん、おは・・・・・・」と言えたんだか言えないんだか分からないくらいの小声で、裕紀は挨拶を返す。
あと、中二の男に″ユウちゃん″はそろそろやめてほしい。まあ、さすがに学校関係で同席する場合などでは使われない呼び方だから、特に困りはしないが。
朝食が出来るまでもう少しかかりそうなので(トースト、ハムエッグ等々・・・・・・今日は洋風か)、ダイニングから続くリビングに向かい、テレビ前のソファにぼすっと座り込んだ。
『--と、引き続き国会で、関連法案の審議を継続するそうです』
いつものチャンネル、見慣れたキャスターがニュースを読み上げている。政治がどうした、社会がどうした、芸能がどうしたと、今日も似たような内容。たまに意味もなく、裕紀はニュースのテロップを呟いたりもする。
だからちょうど次のニュースが読み上げられたとき、今朝もまた彼のいつものクセが始まった。
『今日の未明頃、埼玉県○△市の道路上で人らしきものが倒れているとの通報があり、警察官が駆けつけたところ、男性の死体が発見されました。身元は、埼玉県○△市に住む建設作業員、沼田昇吾さん、二十二才の男性で、近くのビルの屋上から転落したものと見られています。ビルの屋上からは、沼田さんのものと見られるスマートフォンが発見されており、また、ビルの管理会社によると、ビルの入り口は自由に出入りできますが、屋上は普段から施錠されているとのことで、なぜ沼田さんが屋上に入れたのか、警察は事件と事故の両面から捜査をする方針です』
「転落、ね・・・・・・ビルの屋上・・・・・・」
ふむふむという気持ちで、ニュースを復唱する。すぐにまた次のニュースが読まれ、やはりそれも復唱し呟く。間もなく、母が「ごはん出来たわよ」と声をかけてきたので、ソファから伸びをしつつ立ち上がり、ダイニングテーブルまで向かった。
○○○○○○○○○○
「じゃあ、行ってくる」
七時四十分頃、大体いつもの時間帯。「行ってらっしゃい」という母の挨拶を背に受け、裕紀は自宅を出る。
東京都、北区。最寄りの鉄道駅まで徒歩五分な、裕紀の自宅。そこから文京区の私立中学校まで、電車で十数分くらい。眠い、何かダルい、学校なんか・・・・・・そんなふうに愚痴りつつも、四月の終わり、だいぶ暖かくなっている分、通学は楽になってはいる。
道なりに他の学生やら通勤する社会人やらに合流しつつ徒歩五分、JR赤羽駅に到達する。JR京浜東北線に乗って王子駅に、そこから東京メトロに乗ってひと駅。まもなく、中学校の最寄り、南北線本駒込駅に到着した。
時間は八時手前、登校は八時半まで。ここから学校まで、徒歩五分もかからない。今日もいつもの通りだった。
「お~っ、裕紀ーっ!」
と、ふと後ろから、自分を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえる。いつものことだったので、振り返りつつ裕紀は返事を返した。
「″りょっちー″、お疲れ~!」
こちらに駆け寄ってくる、自分が着ているのと同じ学生服(紺色のブレザー、灰色基調な黒色チェックのズボン、ネクタイは学年色の赤色)に身を包んだ男子生徒。裕紀のクラスメイトで友人の、″りょっちー″こと大庭良治が鷹揚な様子で近づいてきた。
「さみぃーな、オイ?」
「ん。まあ、だいぶマシになってきたって感じはするけどね」
「ああ、まあなー。朝起きんのは普通にフツーになったなっつーか?」
「そう、普通にフツーって感じでね」
「だわなー」
と友人、良治の振ってきた話題に裕紀が相づちを打ち、二人並んで駅のホームからエスカレーターの方まで向かう。エスカレーターのステップに乗りつつ、いつもする似たような会話を、朝食の腹ごなし代わりにこなしていった。
「今日英語小テストだっけ?」
「うん。テキストの二十二ページから範囲だったかな」
「うわ、全然勉強してないわ~・・・・・・」
「俺も全然」
と裕紀が返したところで、良治の方が「嘘つけっ!」と言って裕紀の背中辺りをバシリと叩く。「お前がやってないなら誰もやっとらんわな」と、十代特有の若干くだけた口調で言われる。
「いやまあ、パッと見だけだって・・・・・・」
背中の辺りをさすりつつ「痛いな、もう・・・・・・」と、裕紀は軽く顔をしかめながら呟く。
「ったく、さすがは特待生様だわな~?」
ガタゴトガタゴトする地下道のステップに乗る中、聞こえよがしにイヤみを口にする良治。しかしそんな言葉には似合わず、彼の表情はいつもの通りだった。
「別に、そんなん・・・・・・よっと!」
と、裕紀の方もいつもの調子で、やられたフリをしつつお返しにと良治の肩の辺りを拳で小突く。あとはもうふざけ合いつつ、学校に着くまでそんな調子だった。
○○○○○○○○○○
私立東趨学園東趨中学校、学生の街とも称される文京区の一角に敷地を持つ、中高一貫学校。メトロの本駒込駅を出て、しばらく、なだらかだったり急だったりする坂道を下ったり、微妙に上ったりして--近くには陸上が強い、箱根駅伝の常連校の大学があるが、そちらとは別の方向に歩いていき--駅から徒歩5分で、暖色系統のコンクリート校舎が見えてくる。
真っ先に目に入ってくるのが高等部の校舎で、裕紀ら中学生が通う校舎は、少し回り込んだまた先のところに建っていた。一見すると内外装は同じで、気持ち少し高校の校舎の方が立派なのか。
とにかく、ここが彼らの学び舎だ。
○○○○○○○○○○
今日も例によって良治と連れ立って登校した裕紀は、二年A組、彼らの所属する教室で、すでにクラスメイトらと、朝のHR前の時間を騒がしく過ごしていた。
中学生が幾人か集まってすることと言えば、一にも二にもまずは会話である。学校のこと(今朝は英語の小テストの件)、昨今の流行りもの(テレビのバラエティー番組が基本か)、あとはまあ、中学生だし″そういう″年頃だからというか、つまりそう、下品系統の会話・・・・・・も多いの、かな。
「っつーか次英語じゃん。うわ、全然勉強してねーヤバいわー」
「っつーかもうすぐ中間だし。うわー、ゴールデンウィークつぶれるし~。最悪だわ~」
「いや、っつーかお前はどうせ″ブクロ(池袋)でパーリィー(パーティー)男″だろ。あ、っつーか″ユウちゃん″、英語の小テスト範囲教えてくんない?」
「ああ。だからそれ、テキストの二十二ページからで・・・・・・」
二年A組、教室の左隅。クラスメイトのいつもの顔ぶれと輪を作り、裕紀はその一端の席に座っていた。左端、一番前の座席。一つ右隣には輪の中心があり、そこからスポーティーな雰囲気の男子--仁村博也という--に問いかけられ、それに答える。
仁村は中学二年の平均を踏まえても背が高く、バスケ部所属。スポーティー、イコール、イケメン、の方程式が成り立つ容姿。女子に人気があるのは無論だが、裕紀の見立てでは硬派な性格で、バスケ一筋な級友である。裕紀にとって仲の良い友人の一人だ。
ちなみにその仁村から言われたように、裕紀はクラスの級友からも″ユウちゃん″と呼ばれる場合が多かった。まあ同じあだ名でも、家で母親に呼ばれるのとはまた違う感覚なので、″ユウちゃん″が自分の呼び名で固定されているものなのだなと、ある意味諦めている。
さて、″ユウちゃん″こと裕紀が、仁村にテストの範囲やら対策やら教えていると、間もなくHR開始の予鈴、チャイムが鳴る。
級友らがそれぞれ自分の席に戻り始める中--仁村はまだ裕紀の側でテスト対策の悪あがきをしていたが--不意に、それは起こった。
ぐしゃり、と。裕紀は、自分の頭上がいきなりグラリとし、自分の髪の毛が少々乱暴に扱われるのを認識する。何かと思って顔を上げると、それは・・・・・・。
今日もまた″いつものこと″、裕紀がクラスで一番苦手な同級生の、ゆがんでニヤけた顔がそこにあった。
「お~ぅ、″チリチリ″。出た出たじゃん!今日も」
どう見てもこちらを小バカに見下ろしている口調、態度。整髪料であちこちハネた黒髪、ブレザーからはみ出たワイシャツの裾。顔は意地の悪いニヤけにゆがんでいるが、素の表情もまた普段から悪意の滲んだ状態である。
森川拓矢・・・・・・裕紀のクラスメイト、ただし″友人″ではない。むしろ、ひと言でいうなら、そう・・・・・・″敵″だ。
「やあ、森川君・・・・・・おはよう」
敵だ、と評しつつも、裕紀は努めて級友に向ける声色で、平静に挨拶を返す。しかし向こう、森川の方が律儀にそれを返すことはなく、彼は自分の都合で、またこちらに絡んでくる。
「何だ、何だ?今日はまたいつもより″チリ″ってんぞ、コイツ。何かヤバいモンでも吸ってんじゃね?」
「だな」
「確かし」
と、森川が大げさに振り返った彼の後ろ、背後からまた、二人ほど男子が顔を覗かせてきた。この二人もまた裕紀のクラスメイト--だがしかし″友人″ではない--名前は何だったか・・・・・・田中だったか山谷だったか・・・・・・もちろんクラスメイトの苗字と名前は全員、担任が出席確認を毎朝するわけで頭の片隅には残っている。しかし裕紀にとって、コイツら三人は森川、田中、山谷、以上の何者でもない。
二年A組の排泄物、ハイセツブツ・・・・・・失礼、下品な思考をしてしまったが、裕紀にとって彼らは″そういうヤツら″なのだ。
「おい・・・・・・邪魔すんなよ」
と、裕紀がどうすべきか思案していると彼のすぐ側、裕紀に英語の小テストの対策を教わる仁村が敵意むき出しのうなり声を上げる。仁村も、″ひと言″で言うと森川たちとは″そり″が合わない。
「ハ、こわいコワいっ」
少しも恐がる素振りも見せず、森川は後ろの二名を従えるように、裕紀の側を通って自分の席--位置はここから一番遠い、廊下側の右後ろ、この三名が固まるように座っている。『伏魔殿』、と裕紀はひそかに呼んでいる--そこに戻っていく。かと思ったが、いきなりこちらを振り返り「ガオォーッ!!!」と、 不意打ちに大声を出してくる。裕紀も、仁村も、いきなりのことで驚き、思わず後ろにのけぞってしまう。
「ビぃビってんじゃんっ?」
まるで、鬼の首でも討ったような勝ち誇った表情を浮かべて、いたく満足げに、今度こそ自分の席に帰っていった。後ろの二名も、森川にならって「ガオーッ!」「ガオーッ!」と、バカ丸出しな表情で同じことをやって、やはり自分たちの席に帰っていった。
「・・・・・・くそゴミどもが」
その様子を目の端で見届けつつ、仁村が小声で、吐き捨てるように呟く。「まあまあ」と裕紀は反射的にそれをなだめつつ(もちろん、裕紀も同意見だったが)、「先生来るまでココの解こうか」と、開いた英語の問題集を指差した。
「・・・・・・ああ、そうだった」
裕紀の方を見て、一拍、息を吸って吐くだけの間を置いてから、仁村はようやくそう返事をしてくれた。
ちょっと気まずい雰囲気のまま、しばらく二人で問題集を解いてると、ガラッと教室の扉が開いて、担任の平野政幸教諭が、中年(四十代だったか)特有の気だるそうな様子で入室してきた。
良くも悪くも、ほどほどな先生、という感じ。
「くっ、ここまでか・・・・・・っ!」
と、それまで英語の問題に関することしか口にしなかった仁村が一転、バトル系漫画でお馴染みなセリフを、芝居がかった調子で口にする。それでようやく、二人ともいつもの雰囲気に戻ることが出来た。
「フッ。最後の問題は次回への伏線、生かすも殺すもお前次第だろう・・・・・・!」
と、裕紀の方もその調子に合わせて、いつもより、ちょっと悪ノリしてみせる。いわゆる中二病的なノリで、端から見れば痛々しいかもしれない。だが、そんなことは気にしない。なぜなら、裕紀らは現役の?中学二年生なのだから。「サンキューな!」と、仁村はいつもの口調でトンと、裕紀の肩を軽く叩いた。
「何かあったら言えよ」
と、少し離れた自分の席に戻りつつ、ひと言そう言う仁村。何が言いたいのかは、さっきの「ゴミ」発言を聞けば、まあ分かった。
「大丈夫だよ」
努めていつもの調子で、裕紀はそう返す。仁村はこちらを振り返って、頷きつつ笑顔で、ここから二列ほど離れた自分の席に座った。
「起立ーっ」
と、クラス委員の生徒--柳井誠一という男子--がいつものように号令をかけて、クラスメイトらが席から立ち上がる。「礼」のひと言で、今日もまた平日の一日が始まった。
「何もないさ・・・・・・」
そっと小声で、そう呟く裕紀。仁村の「ゴミ」発言の件は、まあいつものこと。″いじめ″と言うほど、森川たちからひどい目に遭っているわけではない。
ココは私立学校、問題を起こしたらそれ相応の処分が待っている。だから森川たちも、あれ以上の″ムカつくこと″は、今のところしてこない。
昨今では、公立学校でも少しずつ、停学などの謹慎処分も制度化しつつあった。″いじめ″には退学処分を、という機運も日に日に高まっている。だから森川たちがこの学校の生徒を辞めない限りは、あれ以上のことはない。
まあ、やや不安な点は否めず、いざというときに、何かしらの備えは必要かもしれないと、近頃思うようにはなったものの。
もっとも、彼らは裕紀だけに限らず、気の弱そうな、裕紀の見立てでは好感の持てる、そんな生徒を見つけてはちょっかいを出している、というクズっぷりを発揮する連中だったが。
「何もないさ・・・・・・」
もう一度、そう呟く。呟くことで、今日もまた平穏無事な一日を過ごせますようにと、何かに祈って安心したいような、そんな思いで。
嫌なことなんか、一切起こるべきじゃない。
そもそも″自分たち″は、ひどい目に遭わなければならないほどの悪いことなど、″何ひとつしていない″のだから。